銀鷲と銀の腕章

河原巽

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47.再び王城の食堂にて(終)

 昼時の食堂は今日も慌ただしい。
 行き交う利用者は各団の制服を纏った騎士や文官で見慣れた顔ぶれが主だが、近頃はそこに華やかさが加わっていた。

「カレン殿、こちらの料理はもしや」
「はい、クイナビアです。料理長がアレアノイアからレシピを取り寄せられたそうです」
「有り難いお心遣いですね」

 すっかり食堂の空気に慣れたゼーラがカウンターの向こうで嬉しそうに微笑む。トレーの上では赤いスープで煮込まれたすじ肉がほくほくと湯気を立てて訪れる者の食欲を掻き立てていた。

「カレン、配達の依頼が入ったから少し外してもいいかしら?」
「えぇ、大丈夫よ」

 ホールで動き回っていたソフィアが布巾を手に戻ってきた。

「こんにちは、ソフィア嬢」
「ゼーラさん、こんにちは。そのお料理、アレアノイアの皆さんにすごく好評ですよ!」
「それは楽しみですね。では、いただいてきます」

 トレーを手にしたゼーラは軽い会釈を残してテーブルへと向かう。ホールでは彼女と同じ薄紫色の制服を身に着けた女騎士たちがちらほらと散見され、ジグランカの騎士たちに混じって大盛りの食事を楽しむという、以前とは一風変わった景色が広がっていた。

「皆さん、自立されていて素敵よね」

 配達用のバスケットを取り出しながらソフィアが小さく呟く。彼女の指す『皆さん』がアレアノイアの女騎士であることはすぐに察した。
 国内の騎士に女性は採用されていないため、隣国から護衛任務に帯同した女騎士の存在は人目を引いており、ソフィアも彼女たちの動向に一喜一憂している一人だ。

 「対等に話せるのが羨ましいわ」と、そんな風に漏らしていたのは数日前のことだっただろうか。その理由は察しているものの、だからといってカレンが適切な助言をすることも出来ず、ただ見守るだけに徹する身がもどかしかった。
 苦い気持ちを思い出していると食堂の入り口から赤い頭の巨躯が現れる。その隣にはアレアノイア女性騎士団長の姿。ソフィアの表情が僅かに曇った。

「カレンにはがあるから安心よね」

 ちらりとカレンの頭部を見てから気を取り直したように笑顔を浮かべるソフィアは「じゃあ行ってくるわね」とバスケットを持ち上げてカウンターを出ていった。すれ違いざまにカッツェと二言三言交わして食堂からその姿を消す。

「よぉ、カレン」
「こんにちは、カッツェ団長。お一人ですか?」
「ん? あぁ、あちらさんの団長のことか。ゼーラ嬢を捜しに来たらしいから俺にはわからん」

 カウンターまでやって来たのはカッツェ一人だった。彼の口ぶりから偶然居合わせただけのようで、ひとまずソフィアの不安が杞憂で終わったことに安堵しつつ、ふたつのトレーをカッツェの方へと滑らせた。

「見慣れない料理だな」
「アレアノイアで人気の料理だそうです。辛味があって美味しいと評判です」
「そうか。ところでソフィアはどうした?」
「え?」

 配達に出ました、という返事が適切でないことはわかる。では、どういう意図での質問なのかと考える前にカッツェが言葉を継いだ。

「随分覇気がないように感じたが、体調不良というわけではないんだな?」
「はい、問題ないと思いますが……」

 護衛対象だけあってか、すれ違うひとときにソフィアの様子を見抜いたようだ。うっすらと理由を理解しているカレンにはなかなか答え辛い話題であるが、親友の弱った様子を見るのも忍びない。だから意を決して切り出してみた。

「私も気に掛けてみますが、カッツェ団長の方からもソフィアに声を掛けていただけませんか?」
「あぁ、そうするか。あいつが大人しいのは気に掛かる」

 ソフィアの胸に巣食う不安感はきっと彼女自身では取り除けないだろう。それは親友のカレンにだって同じことで、どんなに励まそうとも元気付けようともきっと解決には至らない。誰かを想って引け目を感じているならば、その誰かの言葉が一番の特効薬になる。それはカレン自身が身を以て経験したことだ。

(ごめんね、ソフィア。お節介かもしれないけれど)

 だからカッツェを頼ることにした。彼の気遣いを利用しているようで申し訳なくもあるし、ソフィアの心が晴れるとも限らない。人の気持ちを動かそうだなんておこがましいとも感じるが、やはりソフィアには笑顔でいて欲しかった。
 ふたつのトレーを悠々と持ち上げたカッツェがカウンターを離れようとして、思い出したように足を止めた。にやりと笑った目がカレンの頭部を見下ろしている。

「派手にやらかしたな」

 思い当たる場所を咄嗟に手で覆って隠すカレンを後目しりめに、今度こそカッツェはホールへ足を向けた。一人残され、赤く火照った頬でそっと腕を下ろす。その折りに指先に触れて離れる感触。
 訪れる客――主に騎士たちの視線がに注がれていたことに気付いてはいたけれど、こうもはっきり指摘されると何ともいたたまれない。
 平常心を取り返そうと深呼吸するカレンの視界に見慣れたチョコレート色が飛び込んできたので、落ち着かせるはずの鼓動がまた暴れてしまった。

「こんにちは、カレン」
「こんにちは。ドノ……いえっ、レグデンバー副団長」
「訂正しなくても構わないのに」

 くすくすと笑われて、また顔が紅潮してしまう。名前で呼ぶように努力していると職務中にその癖が出てしまうのでなかなかに厄介だ。羞恥を振り切るようにトレーを引き寄せ、パンをふたつ追加した。

「これはクイナビアですか?」
「はい、料理長がレシピをわざわざ取り寄せられたそうです」
「現地で食したものをまたいただけるのは嬉しいですね」

 今日何度目かの説明を繰り返す。ありふれた会話であるはずなのに人目がどうしても気になってしまうし、事実二人のやり取りを窺う視線を食堂内から感じる。
 レグデンバーが立ち去るまではこの衆目に耐えるつもりでいたが、湯気立つトレーを眼前にしても尚動こうとしない彼は目元を甘く緩く細めている。カレンの瞳を熱く見つめ、かと思えば頭部を熟視し、再び藍色の双眸にカレンの灰色の瞳を映し出す。

「素晴らしい仕上がりですね。とても美しい」

 また上げてしまいそうになる腕と、顔を覆って隠したい衝動をぐっと堪えた。

「ありがとう、ございます」
「こちらこそありがとう、カレン。我が儘を聞いてくれて」

 が誰の意思によるものかを匂わせる。
 二人の関係性は周囲に、いや国中に知られていてもおかしくない。だというのにそれ以上の何かを彼は言外に含ませているのだ。
 誰が見ても特別だとわかる笑みを浮かべて「また後で」と言い残したレグデンバーは広い背中を見せてホールに向かう。
 
(我が儘だとは思わないわ。でも……)

 数日前、彼の『我が儘』を叶えるべく連れ立って訪れたのは、かつてカレンの頭を悩ませた職人街の手芸用品店。目当ての品はあの日と同じ刺繍糸の棚にあった。
 まだしっかりと記憶に焼き付いているその糸束はレグデンバーの手によって購入され、退店後にはそっくりそのままカレンの手元に渡った。それからの数日をずっと作業に費やして、満足のいく形になったのは昨晩のこと。

 レグデンバーの『お願い』が我が儘だとは思わない。思わないが、でも。

『いずれあなたのものにもなるのですよ』

 そう言われはしたけれど、今は正真正銘彼だけのもので。
 を冠することで遠回しに『彼のもの』に属していると示唆されていることを、カレンだって気付いている。

(注目を集めるような言い方は意地悪だわ……)

 誰かに対して抱いたことのない拗ねた感情が顔を覗かせる。
 視線を感じてホールの一角に目を泳がせると、カッツェと同じテーブルについたレグデンバーと目が合った。遠目からでもわかる、にこりと人好きのする笑顔。
 カッツェや周囲の騎士たちがつられてカレンを見るものだから、羞恥に耐えきれずに顔を伏せた。

 拍子にさらりと衣擦れを起こす、頭部を覆う三角巾。
 いつか青い糸で蔦模様を刺繍したその三角巾には、銀糸の鷲が羽ばたいている。


 後に銀鷲と称される家紋を掲げたその人が、王城の食堂にて長きに渡り勤め上げるのはまだ先の話。

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