Jimmelle & Rayman I

あにらむあみにむ

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10.Lack of Manner

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 その日、閉場間近になってやってきたその人には、なんだか見覚えがある気がした。見覚えはあるが、メディア、メーカー関係者、同業者、その他取引先――どの繋がりかすらも、とんと覚えがない。ただ、間違いなく自分を視認してこちらへ近付いてくる。展示品ではなくデザイナー本人が目当ての場合、多くは間違いなく“知り合い”だ。
 ただ、自分が覚えていないということは浅い繋がりのことが多い。おそらく一度か二度あったことがある程度の。そのような場合は相手から名乗ってくれることがほとんどであるし、そうでなくとも話の中で素性を知れるだろう。
 そう考えながら目の前に立った男性に微笑む。『こんにちは』
 『久しぶり』
 ――それは久しぶりに聞く男の声だった。
 心臓が大きく脈打つ。頭が揺れて血の気が引く。それらを瞬時に感じて、密かに細く長く息を吐き出す。
 『なんだ、君か。気付かなかったよ』『10年くらい経ってるからね』『なんでこんなところに?』『たまたま開催を知って、近くまで来る用事があったから、ついでに来てみた』
 『元気にしてるかなと思って』と付け加えられて、一笑して答える。『ご覧のとおり。この時間だから疲れてるけど、元気にやってるよ』
 居心地の悪さと、焦燥感、動悸と緊張。心臓が警鐘を鳴らし、胃に焼き鏝を当てられたかのような不快感を覚えていながら、脳の中心は凍った血が流れるかのように冷えて感じた。身体を保つために、自然を繕い、努めて深く息を吐く。
 まだ、トラウマだというのか。
 緊張している感情とは別に、冷静に分析している自分はうんざり、自己嫌悪していた。
 そうして他愛もなく話して間もなく、目の前の男の動揺した表情に気付くと同時、ふいにいつもの匂いを鼻に感じた。
 「レイ」
 振り返るとほぼ同時に耳元で声をかけてきたのは、ジム。不意の距離感にわずかに驚き一歩下がろうとして、そつなく背後に添えられていた手に体を支えられた。慣れないヒールを履いているから気遣ってくれたのだろう。よろめいたと思われたかもしれない。
 “格好良いデザイナー”として、不格好な様は見せられない。練習の成果たる自信の微笑を向け、スマートに礼を言う。
 しかし、発せられた次の言葉。
 『時間』
 目を見開いた。この頼れる相棒が口にしたのは、この国に来る前に教えた付け焼刃の、こちらの言語。――しかも相手に聞こえるように、はっきりと。
 「――ジム、言うべきではない、お客様の目の前で、帰してしまうようなことは」
 「事実だ。閉場時間は過ぎた。お前の仕事も終わり。ギャラリーを閉じなければならない」
 「おい――」
 こちらがわざわざ言語を変えて小声で話しているのに、あえて明瞭で、しかも明らかに易しい言葉選びで話している。それは自分と話していながら明らかに目の前の来客に向けられていて――。
 『俺が遅い時間に来ちゃったから、ごめん、今日は帰るよ』
 ……効果は抜群だ。
 ただし、ジムの言っていることは、事実でもある。失礼を詫びながら、その人を出口まで見送る。あきらかに、見送りの場にまでついて来たこの不愛想な大男に委縮した様子だった。
 扉を閉じて、溜息を吐く。
 「ジム、なんのつもりだ」
 「お前、嫌がってたろうが。それに疲れてる。どうせ頭痛もしてんだろ」
 「…………」
 全てが事実であり、しかもこちらを気遣っての行動であるなら強くは言えなくなってしまう。実際、自分はジムの登場に安堵した。だが、それと先程の言動の是非はまた少し別だ。
 スタッフ以外に誰もいなくなった会場のバックヤードに入り、机を挟んで二人で椅子に座る。ジムがくれた頭痛薬を水で胃に流し込んでから、話しかける。大事な話だ。
 「ジム、君があの場で言ったことは、マナーに欠けていた。僕を助けてくれたことは知っているし、それには礼を言う。けれどお客様の前で取るべき態度ではなかった、君の――」
 「悪い。それでありゃ誰だよ」
 「…………」
 大事な話なのに。謝られたが本当に解っているのか、いないのか、あるいはこの男にとっては関係がないとでも言うのか。
 話を切られたことに不満を表しつつも、答える。
 「知り合いだよ、昔の。もう10年くらい前だ」
 「呼んでたのか?」
 「いや……多分、どこかで告知を見て来たんだと思う」
 「へえ」
 「…………」
 探ってくるような目つきに、「それ以上は答えたくない」と目と態度で訴える。呆れたように大きく息を吐かれて、それが気に食わずまた眉間にしわが寄った。
 「はいはい、コーヒー買ってくる」
 「コーヒー? 僕、黄色と茶色のラベルの!」
 「了解」
 ――しまった。飲料の魅惑に抗えずにまんまと離席を許してしまった。
 そもそも、どんなお客であっても――明らかな問題行動がない限り――あのように追い出すような態度は取るべきではない、プロとして――そのように言い聞かせるつもりだったのに、馬耳東風のようだ。
 ……否、本当は、解っている。そうしたマナー違反は承知の上で、ああやって追い返してくれたのだ。彼が本来、非常識な態度を取るような人間でないことは、自分がよく解っている。
 『……変に気を遣わせてしまったな……』
 机に突っ伏し、自分の情けなさと相棒の優しさに溜息を吐いた。
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