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15.匡正
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ことのきっかけは、俺が作った。
「お前、なんで飲めないんだったっけ。アレルギー?」
買ってきた酒をテーブルに並べながら聞く。
「いや、そうじゃないんだけど……成人したばかりのときに飲み過ぎて、派手に吐いちゃったことがあって、それ以降飲んでない。今だったら、飲めるのかもしれないけど」
「あー……」
もっと深刻な理由かと思っていたが、典型的な若気の過ちに曖昧な声が出た。こいつもそんなことをしていたのかと、意外に思う気持ちもある。
「まあ……そういうことなら……、……少し、試してみたらどうだ?」
興味深そうに酒を眺める様子に、そう声をかける。適当に飲みやすそうな物の缶を開け、差し出して言った。
「吐きそうになっても介抱してやるよ」
本心だが、他意がなかったと言えば嘘になる。ただ、せいぜいちょっとした悪戯心のようなものだった。上手くいけば酔っ払いをからかえる――そのくらいの。
――だから今は後悔をしている。
一口飲んで間もなく顔が赤くなり、三口で脱力まで行くほど弱いとは完全に思ってもみなかった。
「僕、けっこう飲めるかも!」
しかも面倒な酔い方だ。
「……おい、吐きはしないんだよな?」
「えっへへ」
「気持ちよくはなってるのかよ……」
とりあえずは安心して缶を取り上げ――文句は言われた――、それを自分で飲み進める。はじめだからと度数の低い酒を渡したのは正解だった。次は無い。
「ジム!」
「なんだよ」
「ジムぅー」
「…………」
「ねむい」
こいつに酒を飲ませたのは誰だと問う。俺だ。
「寝ろ。ベッドまで運ぶぞ」
「嫌だね! 僕は君と話したい」
「こんなへろへろの酔っ払いと話すことなんてねぇよ」
「酔ってないよ! まだ三口しか飲んでない」
「そこはしっかりしてんのかよ……」
腕をつかんで力の抜けた身体を、椅子から引き倒すようにしてそのまま抱える。一切の抵抗なくけらけらと笑う姿に自然と出る、溜息と呆れ。
横抱きにして立ち上がると、小柄な体格のとおりの軽さで更に不安を覚えた。
「力持ちだねぇ」
「健康体男性の平均的な筋肉量だ」
無遠慮に顔や体を触られて辟易する。いつものスキンシップはちゃんとした気遣いのもとに行われていたのだと、今気付くことができた。そう考え至りながらベッド――もとい、布団にそいつを転がす。楽し気な悲鳴を上げて、何が面白いのか再びへらへらと笑っていた。
「お前、今日は俺が悪かったから、もう酒は飲むな」
「いいや、僕はわかったんだ。一杯ならいける」
「駄目だ。少なくとも外では絶対に飲むな」
「なんでー!」
「クソ危ないからだ、ばか!」
『はあ!?』
聞きなれない音で食いつかれる。俺との会話では母国語は滅多に発さないのに、こうして咄嗟に出てくるようでは、はっきりした受け答えの割にやはりかなり酔っているのだと思う。
「よく聞け。このクソ平和ボケ国出身のお前にはわからないだろうが、向こうに戻ったときにこんな状態で外を歩いてたら何されても文句言えねぇぞ」
「何って何さ」
「スリ、強盗、傷害、強姦、誘拐、殺人……」
『はー、こっわ!』
「お前なあ」
なおも可笑しく笑う姿に、呆れを通り越して少しイラついてきた。そんな俺の顔を見てレイは楽しそうに笑う。
「からかってないよ、ジム。わかってる。スタッフの前でしか飲まない」
「スタッフも駄目だ」
「はあ? 彼らが何をするのさ?」
肘で上体を支え起こして、心外といった様子で抗議してくる。こいつとしては、一緒に働く仲間を疑われている気持ちになったのだろう。意識の差にまた呆れる。
「ジム、前から思ってた。もうすこし、彼らに心を開いてみないか。スタッフにとって、君は頼れる存在だ。君も、もっと彼らを頼って良い。アツシ君だって――」
また、その話か。頭を抱えて溜息を吐く。
「お前、もう酒は飲むな」
「えぇ……? ……もう、わかったよ。君としか飲まない」
「俺も駄目だ」
「なんだよ、まさか君も危険だって言うのか?」
「……そうだよ」
酒を飲んだこいつは、いつもと違って考えなしにこちらに踏み込んでくる。こんな状態で聞きたくもない話をされたら、苛立ってしょうがない。
それなのに、こいつは笑う。
「あは、君が、僕に何をできるのさ?」
――へらへらと笑いながら、仰向けに寝転がる、舐め腐った態度に腹が立って、気に食わなかった。からかって、黙らせて、解らせてやろうという悪い考えが、咄嗟に働いた。
どうせ酔っ払いなんだから、少しのことくらい良いだろう。
「お前、なんで飲めないんだったっけ。アレルギー?」
買ってきた酒をテーブルに並べながら聞く。
「いや、そうじゃないんだけど……成人したばかりのときに飲み過ぎて、派手に吐いちゃったことがあって、それ以降飲んでない。今だったら、飲めるのかもしれないけど」
「あー……」
もっと深刻な理由かと思っていたが、典型的な若気の過ちに曖昧な声が出た。こいつもそんなことをしていたのかと、意外に思う気持ちもある。
「まあ……そういうことなら……、……少し、試してみたらどうだ?」
興味深そうに酒を眺める様子に、そう声をかける。適当に飲みやすそうな物の缶を開け、差し出して言った。
「吐きそうになっても介抱してやるよ」
本心だが、他意がなかったと言えば嘘になる。ただ、せいぜいちょっとした悪戯心のようなものだった。上手くいけば酔っ払いをからかえる――そのくらいの。
――だから今は後悔をしている。
一口飲んで間もなく顔が赤くなり、三口で脱力まで行くほど弱いとは完全に思ってもみなかった。
「僕、けっこう飲めるかも!」
しかも面倒な酔い方だ。
「……おい、吐きはしないんだよな?」
「えっへへ」
「気持ちよくはなってるのかよ……」
とりあえずは安心して缶を取り上げ――文句は言われた――、それを自分で飲み進める。はじめだからと度数の低い酒を渡したのは正解だった。次は無い。
「ジム!」
「なんだよ」
「ジムぅー」
「…………」
「ねむい」
こいつに酒を飲ませたのは誰だと問う。俺だ。
「寝ろ。ベッドまで運ぶぞ」
「嫌だね! 僕は君と話したい」
「こんなへろへろの酔っ払いと話すことなんてねぇよ」
「酔ってないよ! まだ三口しか飲んでない」
「そこはしっかりしてんのかよ……」
腕をつかんで力の抜けた身体を、椅子から引き倒すようにしてそのまま抱える。一切の抵抗なくけらけらと笑う姿に自然と出る、溜息と呆れ。
横抱きにして立ち上がると、小柄な体格のとおりの軽さで更に不安を覚えた。
「力持ちだねぇ」
「健康体男性の平均的な筋肉量だ」
無遠慮に顔や体を触られて辟易する。いつものスキンシップはちゃんとした気遣いのもとに行われていたのだと、今気付くことができた。そう考え至りながらベッド――もとい、布団にそいつを転がす。楽し気な悲鳴を上げて、何が面白いのか再びへらへらと笑っていた。
「お前、今日は俺が悪かったから、もう酒は飲むな」
「いいや、僕はわかったんだ。一杯ならいける」
「駄目だ。少なくとも外では絶対に飲むな」
「なんでー!」
「クソ危ないからだ、ばか!」
『はあ!?』
聞きなれない音で食いつかれる。俺との会話では母国語は滅多に発さないのに、こうして咄嗟に出てくるようでは、はっきりした受け答えの割にやはりかなり酔っているのだと思う。
「よく聞け。このクソ平和ボケ国出身のお前にはわからないだろうが、向こうに戻ったときにこんな状態で外を歩いてたら何されても文句言えねぇぞ」
「何って何さ」
「スリ、強盗、傷害、強姦、誘拐、殺人……」
『はー、こっわ!』
「お前なあ」
なおも可笑しく笑う姿に、呆れを通り越して少しイラついてきた。そんな俺の顔を見てレイは楽しそうに笑う。
「からかってないよ、ジム。わかってる。スタッフの前でしか飲まない」
「スタッフも駄目だ」
「はあ? 彼らが何をするのさ?」
肘で上体を支え起こして、心外といった様子で抗議してくる。こいつとしては、一緒に働く仲間を疑われている気持ちになったのだろう。意識の差にまた呆れる。
「ジム、前から思ってた。もうすこし、彼らに心を開いてみないか。スタッフにとって、君は頼れる存在だ。君も、もっと彼らを頼って良い。アツシ君だって――」
また、その話か。頭を抱えて溜息を吐く。
「お前、もう酒は飲むな」
「えぇ……? ……もう、わかったよ。君としか飲まない」
「俺も駄目だ」
「なんだよ、まさか君も危険だって言うのか?」
「……そうだよ」
酒を飲んだこいつは、いつもと違って考えなしにこちらに踏み込んでくる。こんな状態で聞きたくもない話をされたら、苛立ってしょうがない。
それなのに、こいつは笑う。
「あは、君が、僕に何をできるのさ?」
――へらへらと笑いながら、仰向けに寝転がる、舐め腐った態度に腹が立って、気に食わなかった。からかって、黙らせて、解らせてやろうという悪い考えが、咄嗟に働いた。
どうせ酔っ払いなんだから、少しのことくらい良いだろう。
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