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34.“Always Loved”
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自分の内に、耐え難い怒りを感じた。
目の前の男をぶん殴って、口汚く罵ってやりたい自分と――同じくらい強く、それをさせない自分がいた。
幸いにも、今の自分は、とても静かだ。
両腕を掴んでいたその手は、今や力無く緩められ、最早添えられているだけに過ぎない。
静かに――嗚咽している背中に、手を添える。
いつもは大きな体が、今はひどく、弱く見えた。
頭は力なく僕の膝に伏せて埋められ、腕は再び縋るように腰に回されていた。ゆるく、頼りなく。手だけが強く、服を掴んでいるのを感じた。
振り払って立ち去ることも出来たが――それをする気には、ならなかった。
――見誤っていた。
この男は――ジムは、既に限界にあったのだと、気付かなかった。
否、気付こうとすら、していなかったのだろう。
それが自分のするところであったかどうかは解らない。ただ、気付けていたら、何か変わっていただろうかと思う。
崩れ落ちた大きな背中。添える自分の手の小ささに覚える、これは、無力感というものだろうか。
伏せられたジムの横顔に、少し白髪の混ざった髪が乱れて張り付いているのを見付けて――指で掬い取って、退かす。
――その手を、掴まれた。
「好きだ」
震えた声。
驚く間も無く――緩慢に、頭が上がると同時に、次に掴まれたのは肩だった。
「ずっと好きだった。好きなんだ、レイ。
お前を、大切に思っていた。何からも守って、大切にしたいと思っていたのに、俺は、お前を、ずっと――」
「ジ――」
キスをされた――呼び戻そうとして、口を開いた途端。
冷えて、乾いた唇。
体重のままに、押し倒され――。
「っ……」
――床に打つかと思った頭は、大きな手に支えられていた。
深く唇を重ねられたまま、支えられた手に頭を逸らすことも出来ず、口元に無精ひげが当たる。
掴まれていない方の手でジムの肩に触れて――止まる。
――どうすればいい?
押し返すのか、服を掴んで引き離すか、いずれにしても全力で――今の、ジムを?
こんな状態になった人間の扱い方を、自分は知らない。どう扱えばいいのかわからない。
――同時に、意思など関係なく湧き上がる、苛立ち。
いっそ舌を噛んでやろうか――そう考えが過ったとき、床に付いていた手に何かが触れて――
「――ぅぐっ!?」
鳩尾に膝を入れて、呻き声と共にようやく唇が離れた。そんなことよりも。
「――デザイン画!」
倒れ込んだ際に台から落ちたのであろう、手に触れたデザイン画を拾い上げる。
気付かなかったが、よく見れば傍に何枚も落ちていたそれらを、体で潰さずに済んだことに安堵した。
それから、自分が反射的にやってしまったことに気付く。
「……あ、ごめんジム」
鳩尾――思いのほか強く、良いところに入ったらしい――を押さえて亀のように体を折り畳んだままの相棒に声をかける。
「…………悪ィ」
やや苦し気に、小さな謝罪が返ってきた。いつもの、彼の声。
その様子を見て、知らずの内に張り詰めていた気が、一気に抜けた。
手早く拾い上げたデザイン画を、ひとまずまとめてデスクに置く。
そうしていると、ジムが作業台に手を付きながら頼りげなく立ち上がっていた。
「……頭冷やしてくる」
こちらの返事も聞かぬまま後ろ姿がそう言って、ふらふらと作業部屋から出ていく。
階段で転ぶんじゃないかと懸念し、部屋から顔を覗かせて去る背中を見るが――手すりに頼りながらも、問題なく歩くことは出来ていた。
どこへ向かうのか――まさか出ていくんじゃないだろうなと眉を寄せたのも束の間、バスルームへ続く廊下へ行くのを見て、深く息を吐いた。
明日が休みで良かったと、ひどい疲れを感じていた。
目の前の男をぶん殴って、口汚く罵ってやりたい自分と――同じくらい強く、それをさせない自分がいた。
幸いにも、今の自分は、とても静かだ。
両腕を掴んでいたその手は、今や力無く緩められ、最早添えられているだけに過ぎない。
静かに――嗚咽している背中に、手を添える。
いつもは大きな体が、今はひどく、弱く見えた。
頭は力なく僕の膝に伏せて埋められ、腕は再び縋るように腰に回されていた。ゆるく、頼りなく。手だけが強く、服を掴んでいるのを感じた。
振り払って立ち去ることも出来たが――それをする気には、ならなかった。
――見誤っていた。
この男は――ジムは、既に限界にあったのだと、気付かなかった。
否、気付こうとすら、していなかったのだろう。
それが自分のするところであったかどうかは解らない。ただ、気付けていたら、何か変わっていただろうかと思う。
崩れ落ちた大きな背中。添える自分の手の小ささに覚える、これは、無力感というものだろうか。
伏せられたジムの横顔に、少し白髪の混ざった髪が乱れて張り付いているのを見付けて――指で掬い取って、退かす。
――その手を、掴まれた。
「好きだ」
震えた声。
驚く間も無く――緩慢に、頭が上がると同時に、次に掴まれたのは肩だった。
「ずっと好きだった。好きなんだ、レイ。
お前を、大切に思っていた。何からも守って、大切にしたいと思っていたのに、俺は、お前を、ずっと――」
「ジ――」
キスをされた――呼び戻そうとして、口を開いた途端。
冷えて、乾いた唇。
体重のままに、押し倒され――。
「っ……」
――床に打つかと思った頭は、大きな手に支えられていた。
深く唇を重ねられたまま、支えられた手に頭を逸らすことも出来ず、口元に無精ひげが当たる。
掴まれていない方の手でジムの肩に触れて――止まる。
――どうすればいい?
押し返すのか、服を掴んで引き離すか、いずれにしても全力で――今の、ジムを?
こんな状態になった人間の扱い方を、自分は知らない。どう扱えばいいのかわからない。
――同時に、意思など関係なく湧き上がる、苛立ち。
いっそ舌を噛んでやろうか――そう考えが過ったとき、床に付いていた手に何かが触れて――
「――ぅぐっ!?」
鳩尾に膝を入れて、呻き声と共にようやく唇が離れた。そんなことよりも。
「――デザイン画!」
倒れ込んだ際に台から落ちたのであろう、手に触れたデザイン画を拾い上げる。
気付かなかったが、よく見れば傍に何枚も落ちていたそれらを、体で潰さずに済んだことに安堵した。
それから、自分が反射的にやってしまったことに気付く。
「……あ、ごめんジム」
鳩尾――思いのほか強く、良いところに入ったらしい――を押さえて亀のように体を折り畳んだままの相棒に声をかける。
「…………悪ィ」
やや苦し気に、小さな謝罪が返ってきた。いつもの、彼の声。
その様子を見て、知らずの内に張り詰めていた気が、一気に抜けた。
手早く拾い上げたデザイン画を、ひとまずまとめてデスクに置く。
そうしていると、ジムが作業台に手を付きながら頼りげなく立ち上がっていた。
「……頭冷やしてくる」
こちらの返事も聞かぬまま後ろ姿がそう言って、ふらふらと作業部屋から出ていく。
階段で転ぶんじゃないかと懸念し、部屋から顔を覗かせて去る背中を見るが――手すりに頼りながらも、問題なく歩くことは出来ていた。
どこへ向かうのか――まさか出ていくんじゃないだろうなと眉を寄せたのも束の間、バスルームへ続く廊下へ行くのを見て、深く息を吐いた。
明日が休みで良かったと、ひどい疲れを感じていた。
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