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38.拘置
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最悪、最悪、最悪。死にたくなる気分だった。
それでも体に染みついた習慣――仕事をする手は止まらない。いつかのように手に付かなくなるよりは幸いだった。少なくとも“まだ何かをやれる自分”でいられる。
欲を言えばもっと過密に、何もかも考えられないくらいに忙殺されたかった。今になって新スタッフ――アツシにいくつかの仕事を引き継いで仕事量が減ってしまったことがもどかしい。あまりにも、適度な仕事量。
――ノックの音に気付いて顔を上げた。オフィスのガラス戸越しに、制作スタッフの――チコと目が合う。
「ジンメルさん、ちょっといい?」ドアを開けて訊かれる。
「ああ」
「今度展開するキットの内訳、材料を変更したから、確認してデータを直してもらってもいい?」
「ああ、預かるよ」
渡された資料を受け取り、赤に書かれた修正箇所を確認する。
資料に目を通していると、ふとチコがそのまま居続けていることに気付く。目線を上げて見ると、何かを言いたげな顔と目が合った。
「あのねぇ……その、ジンメルさん、最近、なんか疲れてない?」
「……俺が? そう見えるか?」
言いながら、「やっちまった」と思った。まさかスタッフに指摘されるほど表に出ていたとは、頭が回っていなかった。
「そうだな、展示会と新人教育が続いて、疲れてるかもな」
当たり障りなく言うと、言葉を選んでいるかのような曖昧な相槌を打たれる。こいつはそこまで主張してこないが、長く働いているだけあって色々と気付きやすい奴だとは思っていた。今は、それが厄介だ。
「うーん……そうだね。長期休業中に、しっかり休めるといいね」
――長期休業。日付を確認する。
「……そうか、もうそんな時期だったか」
「そうだよ。レイさんはともかく、ジンメルさんが忘れるのは珍しいね」
「やっぱり疲れてるんだよ」と続けるチコの言葉を受けて、背もたれに体重を預けて口元を押さえ、考える。
スケジュールには組んでいたのに、まるで自分には実感が無かった、アトリエの長期連休。世間一般のオフシーズンに合わせ、このアトリエも休業期間を取る。スタッフの中には帰省する者もいるが、俺とレイはいつもどちらも国に帰らず、アトリエに残って休暇を消費していた。
「いっそどこかに旅行とかしてみるのも、リフレッシュになるんじゃない?」
どこかに――。
「……そうだな……」
どこか、遠くに。
思い描いてみると、今の自分にはそれがしっくりくるような気がした。
いっそ休暇中に、消えちまおうか――。
「ヘイ、ジム――あれ、チコさん?」
思っていたところ、ひょいと覗いた姿と、声にびびる。
「やあ、レイさん。私の話は終わってるよ。どうしたの?」
「ちょっとジムに確認――ジム、今度の休暇の中日あたり、予定作れる? 話したいことがある」
「……あー…………空いてる……けど……」
「オーケー、アトリエにいてね。ありがとう」
軽い言い方で念を押して、それだけ言い残して――チコにも礼を言いながら――さっさと去っていく。
――何なんだ。
眉を顰める。それから、チコがこちらを見ていることに気付いた。
「ジンメルさん、よかったね」
笑いながらそう言って、チコもまたオフィスから出ていく。
……何なんだ。
やりきれない思いに顔を覆い、天井を仰いだ。
スタッフに気付かれるほど取り繕えなくなっていて、アトリエを出ようと思って、それを間接的に止められて、レイからは話があって――……“話”。
溜息と共に唸り声が上がる。
審判を待つ罪人か、執行を控える死刑囚にでもなった気分だった。
それでも体に染みついた習慣――仕事をする手は止まらない。いつかのように手に付かなくなるよりは幸いだった。少なくとも“まだ何かをやれる自分”でいられる。
欲を言えばもっと過密に、何もかも考えられないくらいに忙殺されたかった。今になって新スタッフ――アツシにいくつかの仕事を引き継いで仕事量が減ってしまったことがもどかしい。あまりにも、適度な仕事量。
――ノックの音に気付いて顔を上げた。オフィスのガラス戸越しに、制作スタッフの――チコと目が合う。
「ジンメルさん、ちょっといい?」ドアを開けて訊かれる。
「ああ」
「今度展開するキットの内訳、材料を変更したから、確認してデータを直してもらってもいい?」
「ああ、預かるよ」
渡された資料を受け取り、赤に書かれた修正箇所を確認する。
資料に目を通していると、ふとチコがそのまま居続けていることに気付く。目線を上げて見ると、何かを言いたげな顔と目が合った。
「あのねぇ……その、ジンメルさん、最近、なんか疲れてない?」
「……俺が? そう見えるか?」
言いながら、「やっちまった」と思った。まさかスタッフに指摘されるほど表に出ていたとは、頭が回っていなかった。
「そうだな、展示会と新人教育が続いて、疲れてるかもな」
当たり障りなく言うと、言葉を選んでいるかのような曖昧な相槌を打たれる。こいつはそこまで主張してこないが、長く働いているだけあって色々と気付きやすい奴だとは思っていた。今は、それが厄介だ。
「うーん……そうだね。長期休業中に、しっかり休めるといいね」
――長期休業。日付を確認する。
「……そうか、もうそんな時期だったか」
「そうだよ。レイさんはともかく、ジンメルさんが忘れるのは珍しいね」
「やっぱり疲れてるんだよ」と続けるチコの言葉を受けて、背もたれに体重を預けて口元を押さえ、考える。
スケジュールには組んでいたのに、まるで自分には実感が無かった、アトリエの長期連休。世間一般のオフシーズンに合わせ、このアトリエも休業期間を取る。スタッフの中には帰省する者もいるが、俺とレイはいつもどちらも国に帰らず、アトリエに残って休暇を消費していた。
「いっそどこかに旅行とかしてみるのも、リフレッシュになるんじゃない?」
どこかに――。
「……そうだな……」
どこか、遠くに。
思い描いてみると、今の自分にはそれがしっくりくるような気がした。
いっそ休暇中に、消えちまおうか――。
「ヘイ、ジム――あれ、チコさん?」
思っていたところ、ひょいと覗いた姿と、声にびびる。
「やあ、レイさん。私の話は終わってるよ。どうしたの?」
「ちょっとジムに確認――ジム、今度の休暇の中日あたり、予定作れる? 話したいことがある」
「……あー…………空いてる……けど……」
「オーケー、アトリエにいてね。ありがとう」
軽い言い方で念を押して、それだけ言い残して――チコにも礼を言いながら――さっさと去っていく。
――何なんだ。
眉を顰める。それから、チコがこちらを見ていることに気付いた。
「ジンメルさん、よかったね」
笑いながらそう言って、チコもまたオフィスから出ていく。
……何なんだ。
やりきれない思いに顔を覆い、天井を仰いだ。
スタッフに気付かれるほど取り繕えなくなっていて、アトリエを出ようと思って、それを間接的に止められて、レイからは話があって――……“話”。
溜息と共に唸り声が上がる。
審判を待つ罪人か、執行を控える死刑囚にでもなった気分だった。
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