Jimmelle & Rayman I

あにらむあみにむ

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 目が覚めてすぐ、体の不自由感――痛みに気付く。全身の筋肉痛。強い疲労。
 『うぅ……』
 うつぶせに寝返って、腕に頭を預ける。ちらりと一瞥した部屋の中に、ジムの姿はない。今は、何時だろうか。
 途中で切れた記憶を、思い返してみる。
 触れるようなキスをした。鳥が啄むような。付き合いたての少年少女がするような。それから、まるで深く愛し合う恋人同士がするような。
 そのあとは、意識が飛ぶほど気持ち良かったのを覚えている。逆に言えば、途切れ途切れの記憶で気持ち良かったことしか覚えていない。ジムは怒る獣のように息を荒くしながら、それでもずっと、優しく触れ続けてくれていた。壊れ物でも扱うかのように。それが、脳を溶かす程気持ちが良かったのを覚えている。
 あれが、没入という感覚だろうか。
 「なんだ……お前、いつまで寝てんだ」
 悪くなかった――などと考えていると、ジムが部屋にやってきたのを聞く。その言い方に、眉を寄せる。
 「おはよう。言わせてもらうけど、僕は一度起きたんだ、君より先に。シャワーを浴びたかったのに、眠っている君が“馬鹿みたいな”力で僕を抱えてずっと離さなかったんだ」
 「…………」
 「だからまた寝るしかなかった。わかる?」
 「……飯、持ってきたぞ」
 「…………食べる」
 絶対思い当たるところがある癖に、目も話も逸らされた。ただ、お腹はすごく空いているので、ここはお礼を言って大人しく牙を引っ込める。
 「おい、ベッドで食うのか?」
 「動けないんだ……昨晩言ったじゃないか」
 「昨晩……? ……何て言ってた?」
 訊かれながら、目の前にサンドウィッチが乗った皿が置かれるのを見る。
 「僕はもう動けないって。疲労と、それに今は筋肉痛も。だから、君に動いてもらったんじゃないか」
 皿に盛られたそれを一つ取り上げて口にして、返答がないことに気付く。
 見上げると、酷い顰め面が向けられていた。
 「お前、動けないって言ったのは……」
 「だから、疲れてたんだって。気付いた? 僕の太腿、途中からすごく震えてたよ」
 「筋肉疲労かよ……」
 ただ、あの状態では実際に自分が動くことは無理だったろうなと思う。強い――それも陶酔的な快楽は、殆ど身体の制御を利かなくさせることを知った。
 ジムの呆れたような「あれだけの動きで……?」という呟きは、聞かなかったことにする。
 「――うっ」
 突然の不快感に、太腿をきつく閉じ合わせる。下腹部から太腿に感じる、液体が流れる感触。眉を寄せて、食べていたのを皿に置く。
 「ジム、なにか、拭くものが欲しい」
 「あ? どこに溢した」
 「僕じゃない。君だ」
 苦々しく告げながら体勢を崩さないように布団を捲る。それを見たジムが気付く。
 「あー……悪い、まだ残ってたな。俺が拭くよ」
 「…………“まだ残ってた”?」
 漏れ出た体液を、慣れた手つきで拭われた。
 「……君、僕が寝てる間に」
 「……しょうがねぇだろ。お前、“そういうの”嫌なんだろ」
 言いながら、布団をかけ直される。
 「…………」
 “そういうの”が、自分が「体液が嫌だ」と話したことを指しているのを察してしまう。
 その通りであるし、その点を気遣われていると思うと、言えなくなる。だから、食べることを再開する。
 食べている横で、ベッドに腰掛けてコーヒーを飲んでいるジムを横目に見る。こちらを見ていたらしく目が合ったが、互いに何も言うことがなかったので再び皿に視線を移す。
 だが、ふと思い付いて言う。
 「ねえ、ジム、今度、甘いコーヒー作ってよ。ミルクの」
 「それは……カフェオレじゃねぇか」
 「展示会の時に飲んでたあのコーヒー、こっちでは売っていなかったんだ。レシピを再現しよう」
 「あんなもん飲んでたら病気になる」
 「甘いものは脳に良い働きをもたらすんだ」
 「なら食い物で摂れ。食事をサボるな」
 「た、食べてるよ……」
 突然食らったカウンターパンチにすごすごと引き下がる。引き下がって、笑う。それをジムに如何にも怪しまれた。
 「……なんだよ」
 「ねえ、僕の“試み”は“成功”したと、思わない?」
 体勢を横向きに直して、ジムに笑って聞く。
 「……何で楽しそうなんだよ」
 「僕は“成功”したと思っているから」
 感情を自分から逸脱させず、行いを省みて、自ら引き受ける。一度逸脱をし、自覚し、それから自己を取り直した者は、繰り返さない。そう、確信している。だからこの男にも、確信している。
 これもまた、この男の内側に自分と同じ思考を見ているだけなのかもしれないと疑いながら。
 「……それと」
 しかし、それでも思うのは――。
 「君が、最後まで僕の話を聞いてくれたから」
 喜びに笑んで、目の前にあった手を取る。
 「言い忘れてた。僕、君の大きくて骨ばった手も好きだよ。作品を傷付けないように、ちょっとだけ深めに切られた爪も。薄い古傷も良い味を出してる」
 手に取った指先に、唇を当てる。触れているその手のひらが、徐々に熱く、そして汗をかいてくるのが分かった。
 「……お前の、言ってることは、いちいち、難しいんだよ」
 言いながら向けられるそれは、これまでもたまに見てきた、こちらを睨んでくるような、不満げな目。
 「……ジム、君……照れてる?」
 いつもは手で隠されるその表情が今は露で、何より身体の反応に触れて、ようやっと知る。
 「うるせぇな……。……何だその顔……なんでお前が照れてんだよ」
 「……僕、今、すごくどきどきしてる……。……デザインを描きたいな」
 まるで恋みたいな高揚。創造の喜び。今、目の前にいるこの人と共に在れることに対する幸福感。
 差し出された紙束とペンを受け取って、心のままに線を描き始めた。
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