異世界帰りの元陰キャ、今は淫キャ

下城米雪

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2-09.ギャル皇女vsエロトラップダンジョン 後編

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「たった今、カリン皇女がエロトラップダンジョンに侵入しました」

 店内は静寂に包まれ、アーシュラの声が聞き取り易い。
 誰もが強い緊張感を持ってカリンを見守っているようだ。

「ジン団長、エロトラップという言葉ですが、どのような意味を想像しますか?」
「……破滅」
「なるほど。確かに重厚な響きがありますよね」

 流石はジン団長だ。
 確かに、このダンジョンでは多くの者が破滅している。

 そして重厚な響きという表現も素晴らしい。
 実際には濃厚な声が響き渡るダンジョンだが、似たようなものだろう。

「どうやら明かりが無いタイプのダンジョンみたいですね。カリン皇女の魔法により辛うじて近辺は見えますが……」
「……不味い」
「どういうことでしょうか?」
「……常に魔力を消費する。そして闇に慣れたダンジョンの住人に居場所がバレる」
「確かに。冥界のダンジョンでも深層域には似たような危険がありますね。つまり、このダンジョンの危険度は深層に匹敵するということでしょうか?」
「……知らん」
「そうですか」

 人は未知を恐れる生き物である。
 その性質は、冥界でも変わらないらしい。

「ところで、こちらからは現在配信を見ている人の数が分かるのですが、なんと四百万人を突破しました。すごいですね」
「……足りん」
「どういうことでしょうか?」
「……全ての帝国民が見るべきだ」
「そうですね」

 二人が年末の笑ってはいけない番組のような雰囲気で実況と解説をする中、カリンはゆっくりとダンジョンを進み続けている。

 ネタバレをする。
 このダンジョンの最深部は108層であり、第1層には宝箱がひとつあるだけだ。

 宝箱の中身は帰還の札。
 この札を破ることで出入口にワープできる。言ってしまえば救済処置だ。

 カリンには札の存在を教えてある。
 その他には、検討を祈るとだけ伝えた。

「おっと、宝箱ですね」
「……素晴らしい!」

 カリンが宝箱を見つけた。
 ダンジョンの雰囲気から考えると、明らかに異質な色合いだが、冥界人は不自然に思わないようだ。むしろ歓声を上げている人も居る。

「……紙でしょうか?」
「……紙だな」

 飲食店はガッカリするような雰囲気に包まれた。
 カリンは札をスカートのポケットに入れると、移動を再開した。

 慎重な動きだが、1層には何も無い。
 彼女は問題なく最初の階段に辿り着いた。

「カリン皇女が階段を発見しました!」
「……素晴らしい」
「次は第2層ということになりますね。第1層には何も現れませんでしたが……」
「……油断はできぬ」
「そうですね」

 カリンは階段の前で深呼吸をした。
 それから、ゆっくりと足を踏み出す。

 一歩、また一歩、感触を確かめるようにして下る。
 そして第2層に到達した瞬間──

『きゃっ!?』

 薄桃色のガスがカリンに襲い掛かった!

「今のは、なんでしょうか!?」

 催淫ガスだ。
 
「カリン皇女、苦しそうに肩を抱いています!」

 あれは恐らく胸部を弄ぼうとする手を理性で抑えているのだろう。

「移動しました! 不自然な内股ですが、大丈夫でしょうか?」
「……なるほど、そういうことか」
「ジン団長、何か分かったのですか?」
「……うむ」

 彼は言う。

「麻痺毒だ」

 違う。

「カリン皇女は魔法抵抗力が高い。常人ならば、一歩も動けなくなっているだろう。あの不自然な動きは、魔法による治癒を試みながら進んでいるからに違いない」
「なるほど、流石カリン皇女です。しかし、そのような状況ならば階段を上って引き返した方が良いのは?」

 ジン団長は溜息を吐いた。

「現場でしか分からぬこともある」
「なるほど。カリン皇女は、進むことが最善だと考えたわけですね」
「……うむ」

 店内にカリンを賞賛するような雰囲気が生まれた。
 あの恍惚とした表情を見て喘ぎ声を聞けば、ピンク色の空気が生まれても不思議に思わない場面だが、店内はシリアスを維持している。ジン団長の解説のおかげか過酷なダンジョン探索という先入観に支配されているようだ。

「モンスターです!」

 カリンの前に現れたのは、やられスライム。
 醜悪な外見だが、こちらから攻撃しない限り無害な存在だ。

「あれは、なんでしょうか? とても不気味ですね」
「……先手必勝」

 ジン団長の言葉通り、カリンは攻撃を仕掛けた。
 俺を攻撃した時と同じ紫色の雷が、やられスライムに直撃する。

 やられスライムは一撃で砕け散った。

「粉砕! カリン皇女の魔法が敵を粉砕しました!」

 店内は湧き上がる。
 その直後、カリンの短い悲鳴が響いた。

「今の声は……」

 ──服だけ溶かす液体。

「カリン皇女の制服が、溶けています!?」

 その事実に気が付いたアーシュラが悲鳴をあげた。
 配信を見守る観客達も同じように不安そうな声を出す。

「おや? 体は無傷でしょうか?」
「……なるほど、そういうことか!」

 ジン団長による解説が始まる。

「魔力障壁だ」

 違う。

「幻界の制服という装備、きっと頑丈な鎧に違いない。それをいとも簡単に溶かした液体が、人体を溶かさない理由は何か。そんなもの、カリン皇女の魔法以外に無い」
「なるほど! 常人ならば骨も残らないような消化液も、カリン皇女には通用しないということですね!」
「……うむ」

 店内で歓声があがった。
 カリンは両手で胸と股間を隠し、羞恥の表情を見せる。

「苦悶の表情ですね」
「……くっ、見ていることしかできないのか」

 ジン団長が机を強く叩いた。
 その音と共に店内の緊張感が増す。

 それを見て俺は思った。
 計画通りだ。

 普通に考えれば分かる。
 ダンジョンとは命懸けで挑む場所なのだ。

 激しい戦闘をすれば服が溶けることくらいある。
 それを見て劣情を催すのは、最初からそういう目的で見ている者だけだ。

 皇女が命懸けで未知のダンジョンに挑む。
 そして騎士団のトップが真剣に実況する。

 多少「エロくね?」と思ったとしても、それを声に出せるわけがない。

 結果、何が起こる?
 ──カリン皇女の支持率が上昇する。

「おっと、カリン皇女の体に何か……」

 モザイクである。
 エロトラップという言葉を理解している彼女は、それはもう恥ずかしそうな表情をしていた。

「恐らく、魔法に乱れが生じているのだろう」
「危険な状態ですね。大丈夫でしょうか?」
「……信じるしかあるまい」

 ジン団長による神サポートは続く。

「わっ、今度は複数のモンスターです!」

 やられスライムが二匹現れた。

「おっと、カリン皇女、直ぐには仕掛けません」
「……先程は不意を突かれた。警戒するのは当然だ」

 ほんの僅かな静寂。
 しかし、店内には質量を感じる程の緊張感が漂った。

「仕掛けました!」

 結局、カリンはモンスターを攻撃した。
 その結果、二度目の消化液によって彼女の服は完全に溶けた。

「カリンの皇女の体が、完全に見えなくなりました」
「……怪我がないことを祈る」

 カリンは開き直った表情で探索を再開した。

「カリン皇女、笑みを浮かべています!」

 彼女は全裸である。モザイクがあるとはいえ、ほぼ全国民が見ている。しかし彼女は進み続けることを選択した。その心意気、あっぱれだ。
 
『きゃっ!?』

 カリンが悲鳴をあげた。

「今度は何でしょうか!?」

 拘束トラップ。
 無警戒に罠を踏み抜いたカリンは、Wを描く形で拘束された。

「あの格好は一体……?」
「……恐らく、罠に掛かったのだろう」

 ジン団長の解説が珍しく正解だった。
 
「くっ、何も見えぬ!」

 うむ、俺にもモザイクしか見えない。

「……何か聞こえませんか?」

 アーシュラが言った。
 その直後、カリンの表情が恐怖に歪む。

 カメラの角度が変わった。
 映し出されたのは、高速で回転しながら向かってくる何かだった。

「刃物!? カリン皇女ッ、逃げて!」

 アーシュラが叫んだ。
 店内からも悲鳴のような声があがる。

 あの罠の正体は──クリ攻め大回転丸。
 その名の通り、下半身の一部分を的確に攻める装置だ。

『ングギギギギギギィィィィ──!?』

 カリンが苦痛と快楽の入り混じった悲鳴をあげた。

「カリン皇女!」
「……くっ、今からでも救援に向かうことはできんのか!?」

 実況と解説のボルテージも上がる。

「何か飛び散っています。……あれは、血でしょうか?」

 違う。何とは言わないが違う。

「……しかし、耐えている」

 ジン団長は言う。

「……薄皮一枚、というわけかっ!」
「どういうことでしょうか?」

 アーシュラが解説を求めた。
 ジン団長は深く呼吸をして言った。

「魔力障壁だ」

 出た。

「カリン皇女を襲っているのは、見ての通り刃物だろう。並の魔法師ならば、一瞬で真っ二つにされているはずだ」
「……そのようですね」

 違う。

「カリン皇女は耐えている。だがそれは敵も同じだ。魔力障壁に触れ続ければ、消耗しないわけがない」
「つまり、まだ助かる見込みがあるということですか!?」
「……うむ。我慢比べだ」

 ジン団長が謎理論を展開する。

「カリン皇女の限界が先か、敵の限界が先か!?」

 奇跡的に正解。

『……んも、むりぃ』

 カリンの手が動いた。
 そして──

(……流石に、札を使ったか)

 以上、第一回エロトラップダンジョン探索。

 最高到達階層:第2層。
 討伐魔物数:3。
 宝箱獲得数:1。
 備考。
 拘束トラップに掛かった後、クリ攻め大回転丸の攻撃に耐えられず札を使用した。
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