マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

文字の大きさ
7 / 68

第7話 ミーコの武器

しおりを挟む
 反省会を行った翌日。
 あるいは、同じ日の夜中。

 彼女は兄に顔を見せた。

「……」

 兄は驚いた顔をした。
 どうした? とでも言いたげだが、何も言わない。

 なんでも言ってくれ。
 それを態度で示し、妹の言葉を静かに待つ。

 妹には深刻な人間恐怖症がある。
 それは兄も例外ではなく、声をかけるだけで、強いストレスを与えてしまう。

 だから兄は何も言わなかった。
 その気遣いを感じ取りながら、妹は呼吸を整える。

 それから約五分後。
 やっと最初の言葉が声に出た。

「……ご飯、一緒に」

 兄は席を立ち、キッチンに向かった。
 それから火をつけ、もともと妹の為に用意していた料理を再加熱する。

 彼女は兄の反応を見て席に着いた。
 そのまま俯き、子供みたいに足を揺らして兄を待つ。

 やがて目の前に温かな料理が提供された。
 彼女はスプーンを握り締め、掠れた声で「頂きます」と口にする。

 玉子とマカロニが交ざったマヨネーズたっぷりのポテトサラダ。
 白米と味噌汁からは、一人の時には見られない湯気が出ている。
 
 兄はさらに追加で料理を置いた。
 小さな魚、惣菜、そして妹が大好きな甘いココア。

 料理の品目は多いけれど、どれも小さい。
 それは妹の少ない食事量を元に、しっかりと栄養を考えたメニューだった。

「……」

 彼女は何も言わず食事を始めた。
 兄も何も言わず、のんびりした様子で紙の本を読み始めた。

 本当はノートパソコンを開き、副業に勤しみたい。だが忙しそうな様子を見せれば妹が遠慮をして何も言わないかもしれない。

 妹はゆっくりと食事をする。
 時たま何か言いたげな様子で兄をチラと見る。

 兄はその視線に気が付いていた。
 しかし、妹のタイミングに任せ、何も言わなかった。

「……ごちそさま」

 一時間後、完食。
 兄は本を机に置き、柔らかい笑みを見せた。

「……美味しかった」

 とても小さく、ぼそぼそとした声。
 もしもミーコを知る者がその声を聞けば、決して同一人物とは思わないであろう。

「そうか。良かった」

 兄は返事をした。
 妹は俯き、呼吸を整える。

 兄は何も言わずに待った。
 そして数分後、ようやく会話が始まる。

「……私の、個性って、何、かな?」

 兄は顎に手を当て、思考する。
 その発言の意図は直ぐに分かった。きっと千人のフォロワーを集める為に、どんなキャラを作るべきか悩んでいる。

 この返事はとても重要だ。
 確実に、その方向性を決めることになる。

 やりたいようにやれば良い。
 パッと頭に浮かんだ言葉を呑み込む。それは答えているようで何も答えていない。逃げの言葉だ。
 
 しかし、不用意な発言によって妹の可能性を狭めてしまったら……そんな風に兄が悩んでいると、妹はぽつりと呟いた。

「……やっぱり、無い、よね。
 こんなヒキニートに、武器なんて」

 とても自虐的な言葉だった。

「……ずっと、逃げてた、だけだから」
「喜怒哀楽とは、共感である」

 兄は、妹が始めた自虐を打ち消すようにして言った。

「ヒトは、外界から受けた刺激に共感することで、感情を生む」

 とても難しい言い回し。
 それを聞いた妹は、ぽかんとした様子で顔を上げた。

 今、彼女の思考には空白が生まれている。
 それを狙って生み出した兄は、彼女に横顔を向けたまま語りかける。

「そして個性とは、未知である」
「……未知?」

 妹は兄の言葉を復唱した。
 兄は頷き、やはり横顔を見せたまま言う。

「楽しいことを、楽しいと言えば良い」

 今度は、あえて分かりやすい言葉を使った。

「その気持ちは共感を生み、相手を楽しませる」

 妹に負荷をかけないように、男性らしい低い声を意識して、ゆっくりと言う。

「しかし、他人の言葉には、必ずズレが生まれる。それが未知であり、個性となる」
「……でも、私は」
「十年間のヒキニートを経験した人なんて、そうは居ない」

 兄は初めて妹に顔を向けた。

「個性は未知だ。皆と違うことが、武器になる」
「……私の、武器?」
「そうだ」
「……欠点、じゃなくて?」
「物は言いようだな」

 兄は澄ました顔で言って、再び横顔を見せた。
 妹はしばらく考えた後、自分に言い聞かせるようにして呟く。

「……個性は、未知。……皆と違うは、武器」

 兄は何も言わない。
 ただ静かに、彼女のことを信じて、応援していた。

「……ツール」

 妹は別の話題を口にする。

「……つく、って?」
「任せろ」

 そして翌日。
 ミーコは「フォロワー数を見なくても良いSNS運用ツール」を手に入れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...