日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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最初の一歩

昔のこと(2)

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 これは俺にとって最も古い記憶だ。
 みさきよりも幼かった頃。
 2歳か3歳の頃の話。

 みさきと同じように、俺は何も知らなかった。
 そして俺の母親は、今の俺と同じように、俺の世話をしていた。
 食事を与え、トイレや風呂に付き合い、最低限の知識を教えた。
 人を困らせてはいけないとか、挨拶は大切だとか、そんな感じのことを教わった。

 ふと思うのだ。
 親とは、なんなのだろうと。

 母は俺に常識を教えた。
 衣食住を与えた。

 その頃、俺が知っている大人は親か教師くらいのものだ。

 では教師は?
 俺に何かを教える存在だ。

 そういう意味では、親も教師も変わらない。
 違いがあるとするならば、俺の為に金を使っているか否か、それだけだ。

 なら、子供の為に金を出すのが親なのか?
 ……よく分からない。

 ただ、俺にとって親とはそういうものだった。
 物心ついた頃には習い事が始まり、親と顔を合わせる機会は極端に減った。
 月に一度だけ食事の席で会うか会わないか、それくらいだ。

 何かが違うと思った。

 そう思い始めたのは、あいつと話すようになったのがきっかけだ。
 そう確信したのは、公立の中学校に通うようになったのがきっかけだ。

 暴力事件を起こした俺は、いわゆるエリート街道から叩き出され、公立の中学校に入学した。そこには、同じ人間なのかと疑わしくなるような連中が居た。
 
 授業中に騒ぐ。
 人の話を聞かない。
 理性を持たない獣のように、本能に従って生きている連中が居た。

 もちろん、まともな連中も居た。
 そういう人達は、あいつに似ていた。
 そこで俺は、あいつが特別なのではなく、自分がおかしかったのだと気が付いた。

 時折、会話に家族の話題が出る。それは家柄がどうとかいう話ではなくて、一緒に何かをしたとか、門限がどうとか、そういう話だった。

 一度、質問したことがある。
 親とは毎日話しているのかと。

 まぁ、挨拶程度なら。

 なるほど、彼らは毎日親と会っているらしい。
 それが当たり前らしい。

 中学2年の時、作文を書かされた。
 テーマは、あなたの家族について。

 俺は何も書けなかった。
 自分の名前だけを書いて提出したのは、俺だけだった。

 何かあるだろ、と教師は言う。
 何かって何ですか、と俺は問う。
 どんな話をしたとか、どんな家族構成だとか……と教師の口からスラスラと言葉が出る。

 なるほど、そういうことを書けばいいのか。


 天童家は、父と母、そして自分の三人家族です。
 家族と最後に会話したのは、暴力事件を起こした後です。
 どうしてこんなことをしたの? 母は言いました。
 分からない。返事をしました。
 母はしつこく問いかけてくるのですが、本当に分からなかったので、他には何も言えませんでした。
 やがて母はとても疲れた顔で溜息を吐いて、こう言いました。
 最低ね、本当に。やっぱり、産まなければよかった。


 果たして、俺は小学生が書いたような箇条書きの文章を提出した。
 それを読んだ教師が何を思ったかは知らないが、以後、彼が俺の家族について触れることはなかった。

 この文章には、少しだけ意味があった。
 人に家族のことを聞かれた時に「産まなければよかったって言われて以来、一度も話していない」と返事が出来るようになった。そして一度この返事をすれば、二度と同じ質問をされることは無い。

 そういえば、怒った奴が一人いたな。
 最低、許せない、勝手すぎる、そんなことを言った人が居た。

 俺は適当に返事をしたような気がする。
 べつに、そんなの自由だ。
 子供を産むのも、産まなければよかったと思うのも、本人の自由だ。
 そういうことを言った気がする。

 だけど、不平等だとは思う。
 大人は自由だけど、子供は不自由だからだ。
 何も知らないから、必死に覚えることしか出来ない。
 
 幸いなことに、俺は勉強の仕方だけは教わっていた。
 だから、それすら教わっていなかったらと思うとゾッとする。
 
 さてさて。
 そんなわけで、俺は親が分からない。
 一般常識として、立派な親という知識はあるけれど、それが何かは分からない。例えるなら、見たことの無い物質について描写された文章を見た時のような感覚だ。

 どうすればいいのだろう。
 立派な親になって、みさきを幸せにする。それが目標だ。
 だが俺は立派な親も、幸せも、知らない。
 知らない物を、いったいどうやって実現すれば良いのだろう。

 みさきを見ながら、考えていた。
 眉を寄せて、手を動かして、ノートを睨み付けて、笑ったり、ガッカリしたり……。

「なぁ、みさき」
「……ん?」
「楽しいか?」
「……ん」

 楽しいなんて言葉を使ったのは、いつ以来だろう。

 ……らしくねぇ。

 まったく、やめだ。
 こんなの俺らしくねぇ。
 なにバカみたいなことで悩んでるんだよ。

 俺は、俺の生きたいように生きる。そう決めたじゃねぇか。
 何の柵も無い。俺は自由だ。

 自由?
 そうだ、とりあえず、こういうのはどうだろう。

 親には、産まなければよかったって言う自由がある。なら子供にも、生まれてきてよかったって言う自由があるはずだ。

 そうだな、これがいい。
 立派な親とか、そういう意味不明なのは保留だ。
 
 みさきに生まれてきてよかったって思わせる。

 よし、これなら分かりやすい。
 あいつが喜ぶことを、これでもかってくらいやればいいんだ。

 ……その為には、もっと金がいるよな。

 ああクソ、なんだこれ。
 目標があるのって、こんなにワクワクするのな。こんなことなら、もっと早くから何かしてればよかったぜ。

「みさき」
「……ん?」
「……いや、なんでもない」

 ありがとう、その一言は少しばかり恥ずかしくて言えなかった。

 不思議そうに首を傾けるみさきを見て、俺は小さく頬を緩めた。
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