日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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最初の一歩

いろいろ記念日

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「みさき、もうちょいだ、頑張れ」

 人生ゲームを完成させた日の昼。
 みさきもまた、やり遂げようとしていた。

「……ん」

 牛丼ミニ。みさきの前に立ちはだかるタンパク質の塊は、あと一口というところまで減っていた。

 小さな深呼吸を繰り返すみさき。やがて覚悟を決めた目をして、残っている牛丼を子供用のスプーンに乗せた。そして、スプーンを震わせながら口に近付ける。

 ……いけ、あとは口に入れるだけだ!

「……」

 スプーンを口に入れる直前、みさきは目を閉じた。そうしてまた、少し荒い呼吸を繰り返す。

 ……みさき頑張れ。あと一口、あと一口!

 ごくりと、みさきが何かを飲み込んだ。
 その瞬間、俺の目に映る世界がスローモーションになった。何もかもが止まってしまったかのような世界で、ただ一人みさきだけが動いている。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと、みさきはスプーンを口に入れた。

「いぃぃよし!」

 そして、みさきは小さな口元を可愛らしく動かす。一回、二回、三回……ゆっくりと、しかし確実に咀嚼していた。

「……ごちそうさま」

 それは初めての「ごちそうさま」だった。

「やったなみさき! ついに完食だ!」
「ん!」

 満面の笑みを浮かべたみさきは、嬉しそうな声と共に小さな手をグッと握り締めた。だが直後、口を一の字にして下を向く。

「お、落ち着けみさき。大丈夫だ、慌てるな」
「……ん」

 青い顔をしたみさき、頷いて上を向く。
 数秒後、顔を正面に戻したみさきは、ほっと息を吐いた。思わず俺も安堵の息を吐く。

「やったな、ついにミニ完食だ」
「……ん」

 あらためて、声をかける。
 直前の悲劇で学習したみさきは、少し控えめに喜んだ。



 夜。俺とみさきと小日向さんの三人で銭湯に向かった。今日も一人で男湯に向かった俺は、ちょっとした寂寥感を押し殺しながらロリコンの姿を探している。

 腰にタオルを巻いて脱衣所を徘徊すること数分、ちょうど湯船へ向かおうとしていたロリコンとバッチリ目が合った。

「よう、一週間振りだなロリコン」
「出会って早々ロリコン呼ばわりしないでくれる!? まだ今日は何もしてないから!!」
「まだ?」
「き、聞き間違いじゃないかなぁ……」

 やはり、みさきを小日向さんに任せたのは正解だったようだ。

「それで、どうする? まずは風呂か?」
「……はぁ、そうだな。そうしよう。ところで娘さんは?」
「知り合いに頼んで女風呂だ」
「……さいですか」

 このロリコン全然反省してねぇな。やっぱ一発だけでも殴っとくか? 今ならみさきも見てねぇし……。

「ど、どうしたんだよ天童龍誠、僕は未だ何もしてないだろ……」

 チッ、殺気を読まれちまったか。

「と、とりあえず風呂! 風呂に入って温まろう!」

 もう十分に温まっているんだが……まぁいい。仮にも俺は雇われる側だから、今だけは見逃してやろう。それで、もしもこいつの会社がクソみたいな会社だったら、その時に改めて殴ろう。このクソロリコン野郎の会社がまともな可能性を考えたら、ほぼ百パーセント殴る事になるだろうがな。

「……あの、さっきから背中がチリチリするんですが、気のせいですか? 大丈夫ですか?」
「気にするな、さっさと歩け」
「……はい、分かりました」

 少し前、俺はみさきに自己紹介が大切だと話した。
 人の関係はほとんど第一印象で決まる。
 俺と彼の上下関係は、ここに決した。



「で、ゲームは?」
「愚問だな、完成させたに決まってんだろ」
「またまたぁ……強がらなくてもいいんだぜ?」

 軽く体を洗った後、俺達は保温効果の高い湯とかいうやる気の無い命名をされた湯船に並んで浸かっていた。

「確かにテメェのふざけた本には苦戦させられたがな」
「名著だっただろ!? 独学の入門として、あれ以上に簡潔で分かりやすい本は無いと断言出来る!」

 力強く言って立ち上がるロリコン。暑苦しいなこいつ。

「あんな舐めた本ねぇよ。ほぼコマンドが書いてあるだけじゃねぇか」
「未経験者に理屈を教えても無意味だから! やりながら覚えるものだから! だいたい、そういうことばかり言ってるから情報科が無能の巣窟になるんだよ! ほんっと授業料返せよ高橋!」

 誰だよ高橋。

「とりあえず落ち着け、何を言ってるのか全然わからん」
「クッ……それで、本当はどうなんだ?」

 脱力しながら座ったロリコンが、溜息まじりに言った。
 何が言いたかったのか分からず眉をしかめる。

「人生ゲームだよ、人生ゲーム」
「完成したって言っただろ」
「だから嘘を吐くなって。パソコンも持ってないヤツが一週間で出来るわけ無いだろ。あの本には独学の補助をする為の基礎しか書いてないんだから」
「パソコンならテメェから借りたじゃねぇか」

 じーっと俺の目を見るロリコン。
 何度か瞬きを繰り返し、ぽっかりと口を開けた間抜けな表情で呟いた。

「……嘘だろ?」
「本当だ、あとで確認すればいい」
「……仕様を説明しろって言われたら、出来る?」
「仕様? ゲームの説明書みたいなことを言えばいいのか?」
「うん、そう」
「このゲームは一人用です。イベントは固定です。一歩ずつしか進めません」
「……マジで作ったの?」

 ロリコンは明らかに態度を変えて言った。経験者には今の説明で伝わるようだ。

「百聞は一見に如かず。ちゃんとパソコン持ってきてるから、後で見て驚きやがれ」
「…………了解」

 長い間の後、拍子抜けするほど素直に頷いたロリコンは、顔を半分だけ湯船に沈めて少し上を向いた。それから風呂を出るまで、一言も喋らなかった。
 俺は直前まで馬鹿みたいに騒いでいたヤツが静かになったことに不気味さを感じつつ、同じように漫然と立ち上る湯気を眺めていた。

 そして湯船から出た後、俺達は着替えをして休憩所へ向かった。
 約束通り持ってきたパソコンと本をロリコンへ返すと、彼は直ぐにパソコンを開いて、目にも留まらぬ速さで操作を開始した。どうやったのかは分からないが、彼は何の説明も受けずに俺が作ったプログラムを見つけ出し、その中身を確認した。

「……ははっ、なんだよこの下手なプログラムスパゲッティ

 暫く真剣な表情でプログラムを睨んでいたロリコンは、急に表情を綻ばせて言った。そのあと一度もゲームを起動しないままパソコンを閉じて、俺に目を向ける。

「約束は守る、僕はそういう男だ……合格だ、天童龍誠」

 不敵な笑みを浮かべて、手を伸ばす。
 俺は少し遅れて、握手に応じた。

 今日はきっと、記念すべき日だ。
 俺はきっと初めて何かをやり遂げ、就職した。
 みさきは初めて牛丼のミニを完食した。
 
 記念すべきことがいくつも起こった日……今日は、いろいろ記念日だ。
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