日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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最初の一歩

人生ゲームを作った日(7)

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 日曜日の深夜、俺は兄貴の店でカタカタとパソコンを弄っていた。

 ……あと一歩、あと一歩なんだ。

 残り時間は24時間を切っている。みさきが起きている間は作業が出来ないことを考えると、実質的にはこれが最後のチャンスだ。

 あと一歩といっても、あと少しで人生ゲームが完成するというわけではない。だけど頭の中にはパーツが揃っていて、あとひとつ、何かきっかけがあれば一気に完成するという確信がある。そのきっかけが、どうしても掴めない。

 どうする? 愚問だ、考えるしかない。
 きっとみさきが同じ立場だったら自力で答えを見付けられる。みさきの親になろうってのに、みさきに出来ることが出来なくてどうするんだよ。

 考えろ、絶対に正解がある。
 それを見付けるだけだ。

 ボードは文字で表現して、プレイヤーの位置とか所持金とかは適当な箱を用意して突っ込んだ。それから止まったマス毎に発生するイベントも、マスの数だけ鍵を作って解決した。ただし現状では各パーツがバラバラだから、どうにかしてまとめる必要がある。その作業は、あと一時間もあれば終わりそうだ。

 だが、これが解決したとしてもラスボスが待っている。

 数字をランダムに表現する方法……なんだそれ、どんな数式を作ったって答えは一定の値になるだろ、ふざけんなよ。

 あのふざけた本の何処かにヒントは無かったか……? いや、数字をランダムに表す方法なんて書いて無かった。なら別の方法は無いのか? 別ってなんだよルーレットはルーレットだろ……。

 ああクソっ……考えろ、考えるんだ。

「……っ、なんだよ」

 不意に額を叩かれて仰け反った。見ると、硬い表情をした兄貴が俺に手を伸ばしていた。状況から察するに指で突かれた直後なのだろう。

「なんだよじゃねぇよ、話しかけてんのに無視しやがって」
「……そうか、わりぃな気付かなくて」
「たく、読書家みてぇなこといいやがって。そんなに勉強が好きなタイプだったとは驚きだ」

 好きなワケねぇだろ、必死なだけだよ。

「で、何の用だ?」
「差し入れだ、腹に入れとけ」

 兄貴の視線を追ってパソコンの横を見ると、一杯の白米とコロッケみたいな食べ物が温かそうな湯気を出していた。

「何か食わねぇと、ただでさえ鈍い頭がさらに鈍くなっちまうぞ」
「……助かるよ」

 兄貴の言う通りだった。昼にみさきと牛丼を食ってから他には何も食べてない。そういや、みさき今日は9割くらい食ってたな。あと一歩でミニ完食だ。

「ついでに、口が砕け散ってるぞ」
「……わりぃ、ちょっと余計なこと考える余裕ないんだ」
「なら、なおさら休め。そんな状態で良いアイデアなんて浮かばねぇよ」
「……そうだな」

 ふっと笑って、パソコンを睨みながら兄貴が作った飯を口に運ぶ。口の中が冷えていたからか、温かい飯を飲み込むのに少しだけ苦戦した。

「他所事しながら俺の飯を食うとはいい度胸じゃねぇか。休めって言っただろ」
「うるせ、時間が無いんだ、です」
「たく……あんたも何か言ってやれ」
「へっ、わ、わた、私ですか?」

 直前までの雰囲気に合わない間の抜けた声に目を向けると、そこにはエロ漫画家さんが居た。というか飯を食っていた。

「……全然気が付かなかった」
「ふ、ふひひ、よく言われます。ステルス性能高杉ィって。そんなにステルスしてますかね、私」

 相変わらず専門用語の多い人だな。何言ってるのか全然分からない。

「えとぉ、何をしているのでせう?」

 眼鏡をクイっとしながら俺のパソコンを覗き込むエロ漫画家さん。

「うひっ、ウインドーズさんじゃない」

 お、今のは分かるぞ。確かOSとかいう話で、本に書いてあった。OSってのは……アレだ、パソコンを作ってる会社の違いだよ、多分。

「こいつはUbuntuうぶんつっていうらしい。本に書いてあった」
「ほえぇ、これリナックスとかいうのですよね? すごいです、私ウインドーズさんしか使えませんです、はい」
「俺も良く分かってないが、本に書いてあった通りに動かしたら、なんか動いた」
「どんな本を読んだんですか?」
「猿でも分かるC言語」
「シーって……プログラミングですか?」
「もしかして知ってるのか?」
「いえいえ名前だけです。私グラマーというよりゲンガーですので、はい」

 大袈裟に手を振って否定するエロ漫画家さん。
 グラマー?

「……って、どこ見てるんですかぁ!? グラマーってそうじゃなくてプログラマーの略ですよぉ!」
「誤解だ、貧乳はみさきで間に合ってる」
「分かるって事は見てたんじゃないですかぁ!」
「見てない」
「ムキィ!」

 やべ、なんか怒らせちまった。
 みさきより子供っぽいな、この人。

「はてさて、どうしてプログラムを?」

 立ち直りの早さは流石に年齢相応……って、年齢とか知らないけどな。

「就職試験だ」
「ふへへ、いっつも簡潔ですよね、憧れます。私なんて、無駄に話が長くて……同人誌もコマ割りが苦手で……はぁ」

 小回り? ドライブとか趣味なのか?

「ええと、就活してたんですね。あ、別に悪い意味ではなくですね、純粋な反応というか、そんな感じです、はい」
「別に気にしてないぞ。まぁアレだ、なりゆきだ」
「ふひひ、なんですか、なりゆきで就活って」

 楽しそうだな、この人。
 今の話そんなに面白かったか?

 ふと兄貴の反応が気になって目を向けると、澄ました表情で皿を拭いていた。我関せずといった態度だ。

「あの、どんな試験なのか聞いてもいいですか?」
「一週間で人生ゲームを作れ」
「ほぇぇ、人生ゲーム……ゲームですか。昔サークルで同人ゲーを作ろうってなった時も思ったんですけど、グラ、プログラマーの人達ってすごいですよね。私、画面を見ても全然分かりませんでした。えっと、しょうゆ、じゃなくてソースコードでしたっけ? そういうのです、はい……人生ゲームかぁ、ふひひ、昔よく遊んだなぁ」

 そして思い出話が始まった。この人、一度話始めると止まらないタイプらしい……しかも、途中で止めるのが躊躇《ためら》われるくらいに目がキラキラしてやがる。

 ……あれ、この目ってどこかで見たような気がする。どこだっけ?

 そうだ、不審者さんだ。あとロリコン……共通点は、変なヤツ? 

「はっ、すみません私、また自分の話ばかりしてしまって……」
「気にするな、続けてくれてもいいぞ」
「……ふへへ、そういうのは、ちょっと、照れちゃいますね」

 机に腕を乗せて体を横に向けると、逆に彼女は横に向けていた体を正面に戻して、言葉通り照れた様子で俯いた。

 本当におかしな人だ。
 悪い気はしないけどな。

「そういえば、お名前を聞いていませんでしたような気がしまする」
「名前? 天童だ、天童龍誠りょうせい。好きに呼んでくれ」
「では、天童さんと……」
「そうか。エロ漫画家さんは、ああいや、あんたは名前なんだっけ?」
「私エロ漫画家さんって呼ばれてたんですか!?」
「小粋な冗談だ。で、名前なんだっけ?」
「小日向《こひなた》檀《まゆみ》です。覚えてなかったんですね……」

 しょんぼりするエロ、小日向さん。
 すまん、エロ漫画家さんってインパクトが強すぎて忘れていた。
 心の中で謝りつつ、別の話題を探す。

「そういや、みさきの件では世話になってるな」
「へ?」
「風呂だよ、風呂。助かってる」
「あれなら私こそ。みさきちゃん可愛いですよね、ふひひひ」
「ああ、みさきは世界一可愛い。だが可愛いだけじゃないぞ、あいつアレで半端なく頭がいいんだ」
「あー、少し分かります。身体の洗い方とか、教えたら直ぐに覚えました」

 洗い方? ゴシゴシするだけじゃないのか?

「そ、そうか」
「小さな手で一生懸命に洗ってる姿とか見ると、もう、きゅんきゅんします」
「それは良かった……」
「私も幼女だった頃は、あんな感じだったのかなぁって思っちゃいます。あ、あんなに可愛くはなかったかも知れないですけど……でもお母さんには、きっとアレくらい可愛く見えたんだろうな……はぁ、どうしてこうなった」

 ……。

「小日向さんの、お母さんって、どんな感じだった?」
「私ですか? ……普通、ですかね。どこにでも居るお母さんって感じの人です」

 普通、普通か……。

「天童さんはどうでした?」
「俺? 俺は……」

 最低ね、本当に――

「よく覚えてない。長いこと会ってないからな」
「そう、ですか……」

 無意識に含みのある言い回しになってしまった。そこから何かを感じ取ったのか、小日向さんは口を閉じた。

 妙な沈黙を埋める術は無く、俺は兄貴の作った飯に手を付ける。まだそれほど時間は経っていないはずなのに、最初に食べた時よりもずっと冷たく感じた。

「……それにしても人生ゲームですか」

 ふと、小日向さんが呟いた。

「私が作れって言われて、もし出来たとして……きっとイベントは完全に固定で、アイテム無し、移動も一歩ずつって感じのクソゲーにしかならないだろうなぁ……」

 ……。

「もう一回、もう一回言ってくれ!」
「え? えぇと、イベント完全固定でアイテム無し、移動は一歩ずつのクソゲーしか作れないだろうなーって……はい」

 一歩ずつ……そうだ、ランダムにしなくたって十分にゲームとして成立する!

「……へ、あれ、うわ、ブラインドタッチ。意外です。いえ、悪い意味ではなく……あれ、聞こえてない?」

 クソっ、どうして気付かなかったんだ! そもそもマス毎に起こるイベントを固定している時点でランダムもクソも無いだろ、素人が無理に質を上げようとしてどうするんだって話だよ。

「助かった、おかげでどうにかなりそうだ」
「へっ、あ、いえいえ、私は何も……」

 少し前までの停滞が嘘だったかのように手が動く。面白いくらいにアイデアが浮かんでくる。なんだこれ、楽しい、楽しいぞ……ああクソっ、もっと早く動けよ俺の指。もう終わりまで見えてるんだ。後は書くだけなんだ。早く、もっと早く、早く……っ!

「これ、で……どうだ! ――エラーかよ!? ここで出るのかよチクショウ! ああぁぁぁぁ!」
「……ぉ、ぉぉお、落ち着いてぇ……」

 チクショウどこだ! 今度はどこが間違ってるんだよ!?
 ええと、コンパイラさんによると間違ってるのは82行目……はぁ!? どこが違うんだよコラ!

「……わわぁ、これ天童さんが書いたんですか? しゅごい」
「あ? 何してんだ?」
「はっ、す、すみませんっ、私にも何か手伝えないかなって思いまして!」
「手伝う? なんで?」
「へ? ええと……何でと言われましても」

 ……まただ。俺に手を貸したって何の得もないのに、頼まれたならまだしも、どうして自分から手を貸そうなんて思えるんだ……?

「どれ、ちょっと俺にも見せてみろよ」

 ……兄貴?

「うわ、こんな小さい字よく読めるなテメェら……こりゃ俺には無理だ」
「ふへへ、歳ですね」
「あん? ツケに利子つけるぞ」
「あひっ、すみません! 調子に乗りました!」

 誰かに手を貸すのって、見返りを求めているからじゃないのか? なのに、この二人からは少しも下心が感じられない。なら、みさきを育てているお前はどうなんだって話だけど、これはちゃんと見返りを貰っているし、もともと善意なんかじゃなくて自分の為に始めたことだ。

 ……そうか、ならきっとこれが底辺《おれたち》との違いなんだ。

 誰かが困っていたら無条件で手を差し伸べる。それが立派な大人ふつうのひとってことなんだ。

「……助かるよ。なんか思い付いたら、なんでも言ってくれ」
「は、はひ。分かりました」

 少し体をズラして小日向さんに画面を譲りながら、コンパイラさんに指摘された部分を穴が開くくらいに見る……が、どうしても間違っているようには思えなかった。

「あのぉ……」
「なにか分かったのか!?」
「い、いえ、あの、なに言ってんだこいつって思うかも知れないんですけど……他の所は所持金《syozikin》なのに、ここだけ所持品《syozihin》になってるなぁって」

 小日向さんが指した部分を見ると、確かに指摘された通りだった。すぐさま訂正して、コンパイラさんにエラーチェックをお願いする。

「……ええと、どうなったのでしょう?」

 俺がコマンドを打ち込んでから数秒経って、小日向さんが控えめに言った。そりゃそうだ、未経験者に分かるわけが無い。だって、画面上には俺がコマンドを打ち込んで以降は何も表示されていないんだから。

「……出来た」

 つまり、何もエラーが無かったって意味だ。

「待て、まだ起動してみねぇと……」

 興奮を抑えて、ゲームを起動する。
 ここでコンパイラがエラーを出さなかった間違いが見つかるかもしれない。

 俺が作ったゲームについて簡単に説明しよう。

 このゲームは一人用である。
 イベントは全て固定である。
 毎回一歩ずつしか進めない。

 紛うこと無きクソゲーだ。
 果たして――ゲームは予定通りの動作をした。

「……完成だ。できた、本当に、マジで……いいぃぃよっしゃあぁ! 出来た! 出来た! 間に合った! 間に合ったぞ!」

 思わず立ち上がってガキみたいに騒いでしまう。
 なんだこれ、なんだこの達成感、なんだこの満足感!
 やってやった! やってやったぞ! 俺はやり遂げたんだ!

「おおおぉ、おめでとうございます!」

 まるで自分の事のように嬉しそうな顔をして拍手をする小日向さん。ほんと、この人には助けられっぱなしだ。

「ありがとな、小日向さん。あんたのおかげだ」
「い、いぇ、私なんてそんな、全然……」
「謙遜するなって。愛してるぜマジで」
「ふひひひ、なんだか照れますなぁ……って、え、へ、アヘっ!? いいぃぃま、あ、あい、あい……っ!」

 やっべぇ、興奮が収まらねぇ!

「おっさん! 酒、はダメだ……コーラ! コーラ持ってこいコーラ!」
「誰がオッサンだクソガキ……たく、ちょっと待ってろ」

 数秒後、兄貴が持ってきたコーラを一気飲みして、盛大にゲップしたところで気分が落ち着いた。なんというか、台無しだった。でも、そんなのどうだっていい。

 きっと俺は、生まれて初めてやり遂げた。
 それは兄貴の店で一週間働くといった、我慢していれば時間が解決してくれる問題とは違う。自分が何かしなければ絶対に解決しない問題、それを解決したんだ。一人で成し遂げたって言い張るには無理があるくらい人の手を借りちまったけどな。

 とにもかくにも。
 この日、俺は人生ゲームを完成させた。

 早朝5時頃。
 部屋に戻ると、みさきは眠っていた。

 その可愛らしい寝顔を見つめること一時間、みさきが目を覚ました。
 いつもと逆の立場だ。

「おはよう」
「……ん」

 みさきは眠たそうな目をパチパチしながら、ふらふらと立ち上がる。

「……ん?」
「どうした」
「……りょーくん、いいこと、あった?」

 流石みさき、一瞬で見抜かれちまった。

「ま、そのうち教えてやるよ」
「……んん?」

 変なりょーくん、とでも言いたげに首を傾けるみさき。

「よし、じゃ顔洗いに行くか」
「……ん」

 そしてまた、新しい今日が始まる。
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