47 / 221
第二章 仕事と子育て
父母の会に参加した日
しおりを挟む
運動会の次の日、俺は佐藤とかいうオバさんから受け取った紙に描かれた地図に従って、父母の会が開かれる場所へ向かっていた。それは保育園の近くにある公民館の一室で、我がボロアパートから徒歩で二十分くらいの位置にある。
わりと余裕を持って出かけたからか、指定された集合時刻の三十分前に着いてしまった。流石に早過ぎたかと後悔しながら、とりあえずは目的地を確認しようと公民館に入ると、そこで直ぐに声をかけられた。
「こんにちは、綱引きではお世話になりました」
「綱引き……あぁ、こんにちは」
存在感の薄い顔をしているから本気で忘れていたが、彼は昨日一緒に綱引きを戦い抜いた仲間の一人だ。俺を除く唯一の男性であるにも関わらず忘れてしまうくらいだから、本当に存在感が薄い……忘れないようにしなくては。
「名前は未だ聞いて無かった……ですね? 俺は天童龍誠、っす。そっちは?」
やばい久々だからかギコチナイ、なんだこの下手な敬語。
「ああすみません、自分は名倉哲郎《てつろう》です」
よし、てっちゃんだな。覚えた。
「これ名刺です、どうぞ」
「……ど、どうも」
思わず恐縮しちまったよ。なんだ名刺って、なんだそれ。なんでそんなもん持ち歩いてんだこの人。
「……」
「……」
「……ああ、もしかして名刺切らしてました?」
「……ああ、そうなんだよ。悪いな、ははは」
「いえいえ、此方こそ」
なんか見られてると思ったら……え、俺も渡す流れだったの? なんだそのルール、しらねぇよ。
「それでは、連絡先だけでも交換しませんか?」
連絡先、だと? どうする、固定電話も携帯電話も持ってねぇよ。
「ラインでも構いませんので」
なんだラインって、電車的なアレか? 自宅までの地図でも渡せばいいのか?
「……ああ、もしかして今日はケータイお持ちでない?」
「……ああ、そうなんだよ。悪いな、ははは」
「そうでしたか。これは失礼しました」
「いやいや、此方こそ」
今日どころか常に持ってねぇよ。てか連絡先か……書類とかには大家さんの連絡先を書いてたが、そろそろ自分の連絡先を確保しねぇとヤバイかもな。
それはそうと、なんだこの完璧な作り笑顔、何を考えてるのか全然わからねぇ……こいつ、ただ者じゃねぇな。この一手でも間違えたら全てを失うかのような緊張感、拳銃を持った集団に囲まれた日を思い出すぜ。これが社会人との会話ってヤツなのか、半端ねぇ。
「天童さんは、この辺りに住んでいらっしゃるんですか?」
この辺りにって、あの保育園に通ってんだから他に無いだろ。まさか裏の意図が……?
「……はい、そうです」
「そうですか。私も少し遠くに住んでいたのですが、息子が生まれたのに合わせて、この辺りに引っ越して来たばかりの新参者でして……いやはや、天童さんとは妙な縁を感じてしまっているというか、ははは」
「……そ、そっすか」
「はい。決して田舎というわけでもないのに静かで、保育園にもすんなり入れて、小学校や中学校も近くにあって……本当に良い街ですよね、ここは」
「……そっすね、ははは」
裏の意図とかは、なさそうだな……って、あるわけねぇか。どうみても善人だろ、この人。何処にでもいる中肉中背のサラリーマンってか、まさにお父さんって感じの印象だ。
「しかしまぁ、子供が育つのはあっという間ですよね。少し前までオムツを替えていたはずなのに、気が付けば保育園の年長組……感慨深いものです」
「……そうですね」
分かる、分かるぜてっちゃん。みさきも少し前に漢字ドリルを始めたと思ったら直ぐにコンプリートしちまったり、少し前まで一緒に風呂に入ってたのに気付けば別々だったり……感慨深いな。
「今が一番かわいい時期とは言いますが、親としては無病息災を願うばかりです」
なに言ってんだこの人、みさきはこれからも可愛くなり続けるに決まってんだろ。今が一番って、まさか和崎優斗と同じタイプなのか?
「おっと失礼、立ち話も何ですし、少し早いですが部屋に行きましょうか」
「ああ、そっすね」
気が利くじゃねぇか、てっちゃん。今度飯でも食おうぜ。
第二会議室とかいう部屋に入ってから一時間ほど経った。会議室には俺とてっちゃん、それから若い女性が二人。既に開始時刻は過ぎているはずだが、責任者不在というな理由で俺達は待たされていた。
佐藤とかいう人がリーダーなのだが、彼女を含めた三人が遅刻しているそうだ。
「まさか、事故か何かに巻き込まれたんすかね?」
全員に向かって問いかけると、なぜかみんな微妙な表情をした。
「どうでしょう。多分、大丈夫だと思いますが……」
答えてくれたのはてっちゃんだ。
なんだ、この微妙な空気……まさか、今のって失言だったりするのか?
「…………」
沈黙が辛い……くっ、ここにみさきが居れば余裕で耐えられるんだが。
「……」
何も言葉が出てこない。
こっちだけで始めようという案は、何を話せばいいのか分かる人がいないとかいう理由でボツになり、そもそも今日は何をする集まりなのという質問には誰も答えられず、じゃあ雑談しようぜと言って始めた話は長続きしなかった。残された手段はリーダーである佐藤を待つことだけ。
チクショウ、何してんだよ佐藤……佐藤って、あの時のオバさんじゃなかったか? おいおい俺を呼び出した本人が遅刻かよ。事故とかなら仕方ねぇけど、化粧してて遅れたとか言いやがったらどうしてくれようか。
「あ~ら、もう皆さん揃っていたんですね」
来た! そしてなんだその第一声! 集合時間は三十分以上前だろうが!
俺は扉の向こうから楽しそうな声と共に現れた三人のババア達を睨み付ける。
「当たり前だろ、集合時間は三十分前だぞ」
「三十分前? 何を言っているのかしら」
これが裏の世界だったら出荷されてるぞクソババア。なんだそのふざけた態度。
「佐藤さん、天童さんには少し早い時間を書いた紙を渡したから」
「あら鈴木さん、そうだったの? ごめんなさいね天童さん。初めての方だから、遅れないようにと思ったみたいで……もう、ダメですよ鈴木さん」
「そうですよ鈴木さん。もういい大人なんですから、遅刻なんてしませんよ」
「あら、山田さんがそれをいいます?」
「「「おほほほほほほ」」」
おほほほじゃねぇよタコ!
……クソ、腹は立つが話は分かった。最初だしな、信用されてねぇのも仕方ない。
「俺はともかく、他の人も俺と同じ時間を教えられていたわけだが?」
「あら、ごめんなさ~い。間違えて印刷してしまったみたいです」
「鈴木さん、しっかりしてくださいよ~」
「そうですよ~」
「「「おほほほほほほほ」」」
だからおほほじゃねぇよ!
「天童さん、抑えて……」
「……わぁってる」
てっちゃんに肩を掴まれ、俺は少しだけ浮いていた腰を落とした。
「で、これは何の集まりなんすか?」
「あらプリントに書いてませんでした? 父母の会ですよ」
名前は聞いてねぇよ佐藤コラ。
「何をする集まりなんすか?」
「それも書いてありませんでしたぁ~?」
地図と時間しか書いてなかったぞ佐藤コラ!
「まぁいいでしょう。これは子供達の為に、お楽しみ会の企画をする集まりなんですよ~」
……耐えろ俺。この程度なら兄貴の店にしょっちゅう来てた。
「お楽しみ会ってのは?」
「子供達の為に二ヶ月に一度開催されるイベントのことです」
「具体的には何をするんすか?」
「そうね~、去年はみんなであやとり教室だったかしら」
一応聞けば答えてくれるらしい。
それからも俺は質問を続け、人数かける二千円の予算内で子供が喜ぶ何かを考えるのが父母の会の目的であると知った。
やることが分かったところで早速話し合おうと思ったらババア達の雑談が始まった。いいから会議をしろという指摘をやんわりと繰り返すこと数回、やっと佐藤とかいうババアが反応して、去年と同じあやとり教室を開くことになった。彼女の独断であり、多数決のようなことは行っていない。
これにて父母の会終了である。なんだこれ、集まる意味ねぇだろ。
殺意が沸くほど上機嫌でババア三人が帰った後、残された俺達はそろって溜息を吐いた。そのあと互いに目を合わせ、なんだか可笑しくなって笑う。
「あの、天童さんですよね?」
「ああ……はい、そうです」
会議室に残ったのは俺とてっちゃんと若い女性が二人。そのうち、耳にピアスを付けた方が嬉しそうな表情で俺に声をかけた。
「今日はありがとうございました。あのオバさん達いつもあんな感じで、だからズバズバ意見を言ってくれて気持ちよかったっていうか、本当に助かりました」
「やめてくれ、礼を言われるようなことじゃない」
俺は彼女を若いと表現したが、きっと年は俺よりは上に違いない。年上を敬う気持ちなんて持ち合わせていないはずの俺だが、なんだか子育ての先輩という印象があって恐縮してしまう。
ここに居る人達は、きっと普通の親というやつで、立派な親を目指す俺にとって尊敬に値する存在なのだ。あのババア達に敬意を払おうとは思えないけどな。
「それじゃあ、みさきが待っているので」
十分くらい話をした後、一礼してから会議室を出た。まぁいろいろあったが、良い経験になったと思う。帰ったらみさきに報告だ。あいつ何してんのかな……早く会いたい。
同時刻、みさきは本を読んでいた。
小学校低学年向けの月刊誌である。
「……おか、えり?」
みさきは、同じページを何度も読み直していた。
その漫画の主人公は、みさきより少し年上の女の子で、一人でお留守番をしていた。テレビを見たり本を読んだりしながら、まだかなまだかなと両親の帰りを待つ。そして最後には帰って来た父親の胸に飛び込んで、おかえり! と笑顔で言う。
「…………」
んー、と息を漏らすみさき。
漫画の中の女の子は父親に「よしよし良い子にしてたか?」とナデナデしてもらっているが、みさきが同じことをしたら、りょーくんはナデナデしてくれるだろうか。
そんなことを繰り返し考えていたら、りょーくんが帰って来た。
「ただいま」
いつものように言うりょーくん。
みさきは少しだけ悩んで、強い決意と共に立ち上がった。
「どうした?」
目を丸くするりょーくん。
みさきはギュっと口を一の字にして、いざ勇気を出して――その場にちょこんと座った。
「みさき?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返すりょーくん。
「……おかえり」
「おう、ただいま」
甘えたいという気持ちはある。
ずっと前からあるし、だんだん強くなっている。
だけど、まだ少し難しかったらしい。
わりと余裕を持って出かけたからか、指定された集合時刻の三十分前に着いてしまった。流石に早過ぎたかと後悔しながら、とりあえずは目的地を確認しようと公民館に入ると、そこで直ぐに声をかけられた。
「こんにちは、綱引きではお世話になりました」
「綱引き……あぁ、こんにちは」
存在感の薄い顔をしているから本気で忘れていたが、彼は昨日一緒に綱引きを戦い抜いた仲間の一人だ。俺を除く唯一の男性であるにも関わらず忘れてしまうくらいだから、本当に存在感が薄い……忘れないようにしなくては。
「名前は未だ聞いて無かった……ですね? 俺は天童龍誠、っす。そっちは?」
やばい久々だからかギコチナイ、なんだこの下手な敬語。
「ああすみません、自分は名倉哲郎《てつろう》です」
よし、てっちゃんだな。覚えた。
「これ名刺です、どうぞ」
「……ど、どうも」
思わず恐縮しちまったよ。なんだ名刺って、なんだそれ。なんでそんなもん持ち歩いてんだこの人。
「……」
「……」
「……ああ、もしかして名刺切らしてました?」
「……ああ、そうなんだよ。悪いな、ははは」
「いえいえ、此方こそ」
なんか見られてると思ったら……え、俺も渡す流れだったの? なんだそのルール、しらねぇよ。
「それでは、連絡先だけでも交換しませんか?」
連絡先、だと? どうする、固定電話も携帯電話も持ってねぇよ。
「ラインでも構いませんので」
なんだラインって、電車的なアレか? 自宅までの地図でも渡せばいいのか?
「……ああ、もしかして今日はケータイお持ちでない?」
「……ああ、そうなんだよ。悪いな、ははは」
「そうでしたか。これは失礼しました」
「いやいや、此方こそ」
今日どころか常に持ってねぇよ。てか連絡先か……書類とかには大家さんの連絡先を書いてたが、そろそろ自分の連絡先を確保しねぇとヤバイかもな。
それはそうと、なんだこの完璧な作り笑顔、何を考えてるのか全然わからねぇ……こいつ、ただ者じゃねぇな。この一手でも間違えたら全てを失うかのような緊張感、拳銃を持った集団に囲まれた日を思い出すぜ。これが社会人との会話ってヤツなのか、半端ねぇ。
「天童さんは、この辺りに住んでいらっしゃるんですか?」
この辺りにって、あの保育園に通ってんだから他に無いだろ。まさか裏の意図が……?
「……はい、そうです」
「そうですか。私も少し遠くに住んでいたのですが、息子が生まれたのに合わせて、この辺りに引っ越して来たばかりの新参者でして……いやはや、天童さんとは妙な縁を感じてしまっているというか、ははは」
「……そ、そっすか」
「はい。決して田舎というわけでもないのに静かで、保育園にもすんなり入れて、小学校や中学校も近くにあって……本当に良い街ですよね、ここは」
「……そっすね、ははは」
裏の意図とかは、なさそうだな……って、あるわけねぇか。どうみても善人だろ、この人。何処にでもいる中肉中背のサラリーマンってか、まさにお父さんって感じの印象だ。
「しかしまぁ、子供が育つのはあっという間ですよね。少し前までオムツを替えていたはずなのに、気が付けば保育園の年長組……感慨深いものです」
「……そうですね」
分かる、分かるぜてっちゃん。みさきも少し前に漢字ドリルを始めたと思ったら直ぐにコンプリートしちまったり、少し前まで一緒に風呂に入ってたのに気付けば別々だったり……感慨深いな。
「今が一番かわいい時期とは言いますが、親としては無病息災を願うばかりです」
なに言ってんだこの人、みさきはこれからも可愛くなり続けるに決まってんだろ。今が一番って、まさか和崎優斗と同じタイプなのか?
「おっと失礼、立ち話も何ですし、少し早いですが部屋に行きましょうか」
「ああ、そっすね」
気が利くじゃねぇか、てっちゃん。今度飯でも食おうぜ。
第二会議室とかいう部屋に入ってから一時間ほど経った。会議室には俺とてっちゃん、それから若い女性が二人。既に開始時刻は過ぎているはずだが、責任者不在というな理由で俺達は待たされていた。
佐藤とかいう人がリーダーなのだが、彼女を含めた三人が遅刻しているそうだ。
「まさか、事故か何かに巻き込まれたんすかね?」
全員に向かって問いかけると、なぜかみんな微妙な表情をした。
「どうでしょう。多分、大丈夫だと思いますが……」
答えてくれたのはてっちゃんだ。
なんだ、この微妙な空気……まさか、今のって失言だったりするのか?
「…………」
沈黙が辛い……くっ、ここにみさきが居れば余裕で耐えられるんだが。
「……」
何も言葉が出てこない。
こっちだけで始めようという案は、何を話せばいいのか分かる人がいないとかいう理由でボツになり、そもそも今日は何をする集まりなのという質問には誰も答えられず、じゃあ雑談しようぜと言って始めた話は長続きしなかった。残された手段はリーダーである佐藤を待つことだけ。
チクショウ、何してんだよ佐藤……佐藤って、あの時のオバさんじゃなかったか? おいおい俺を呼び出した本人が遅刻かよ。事故とかなら仕方ねぇけど、化粧してて遅れたとか言いやがったらどうしてくれようか。
「あ~ら、もう皆さん揃っていたんですね」
来た! そしてなんだその第一声! 集合時間は三十分以上前だろうが!
俺は扉の向こうから楽しそうな声と共に現れた三人のババア達を睨み付ける。
「当たり前だろ、集合時間は三十分前だぞ」
「三十分前? 何を言っているのかしら」
これが裏の世界だったら出荷されてるぞクソババア。なんだそのふざけた態度。
「佐藤さん、天童さんには少し早い時間を書いた紙を渡したから」
「あら鈴木さん、そうだったの? ごめんなさいね天童さん。初めての方だから、遅れないようにと思ったみたいで……もう、ダメですよ鈴木さん」
「そうですよ鈴木さん。もういい大人なんですから、遅刻なんてしませんよ」
「あら、山田さんがそれをいいます?」
「「「おほほほほほほ」」」
おほほほじゃねぇよタコ!
……クソ、腹は立つが話は分かった。最初だしな、信用されてねぇのも仕方ない。
「俺はともかく、他の人も俺と同じ時間を教えられていたわけだが?」
「あら、ごめんなさ~い。間違えて印刷してしまったみたいです」
「鈴木さん、しっかりしてくださいよ~」
「そうですよ~」
「「「おほほほほほほほ」」」
だからおほほじゃねぇよ!
「天童さん、抑えて……」
「……わぁってる」
てっちゃんに肩を掴まれ、俺は少しだけ浮いていた腰を落とした。
「で、これは何の集まりなんすか?」
「あらプリントに書いてませんでした? 父母の会ですよ」
名前は聞いてねぇよ佐藤コラ。
「何をする集まりなんすか?」
「それも書いてありませんでしたぁ~?」
地図と時間しか書いてなかったぞ佐藤コラ!
「まぁいいでしょう。これは子供達の為に、お楽しみ会の企画をする集まりなんですよ~」
……耐えろ俺。この程度なら兄貴の店にしょっちゅう来てた。
「お楽しみ会ってのは?」
「子供達の為に二ヶ月に一度開催されるイベントのことです」
「具体的には何をするんすか?」
「そうね~、去年はみんなであやとり教室だったかしら」
一応聞けば答えてくれるらしい。
それからも俺は質問を続け、人数かける二千円の予算内で子供が喜ぶ何かを考えるのが父母の会の目的であると知った。
やることが分かったところで早速話し合おうと思ったらババア達の雑談が始まった。いいから会議をしろという指摘をやんわりと繰り返すこと数回、やっと佐藤とかいうババアが反応して、去年と同じあやとり教室を開くことになった。彼女の独断であり、多数決のようなことは行っていない。
これにて父母の会終了である。なんだこれ、集まる意味ねぇだろ。
殺意が沸くほど上機嫌でババア三人が帰った後、残された俺達はそろって溜息を吐いた。そのあと互いに目を合わせ、なんだか可笑しくなって笑う。
「あの、天童さんですよね?」
「ああ……はい、そうです」
会議室に残ったのは俺とてっちゃんと若い女性が二人。そのうち、耳にピアスを付けた方が嬉しそうな表情で俺に声をかけた。
「今日はありがとうございました。あのオバさん達いつもあんな感じで、だからズバズバ意見を言ってくれて気持ちよかったっていうか、本当に助かりました」
「やめてくれ、礼を言われるようなことじゃない」
俺は彼女を若いと表現したが、きっと年は俺よりは上に違いない。年上を敬う気持ちなんて持ち合わせていないはずの俺だが、なんだか子育ての先輩という印象があって恐縮してしまう。
ここに居る人達は、きっと普通の親というやつで、立派な親を目指す俺にとって尊敬に値する存在なのだ。あのババア達に敬意を払おうとは思えないけどな。
「それじゃあ、みさきが待っているので」
十分くらい話をした後、一礼してから会議室を出た。まぁいろいろあったが、良い経験になったと思う。帰ったらみさきに報告だ。あいつ何してんのかな……早く会いたい。
同時刻、みさきは本を読んでいた。
小学校低学年向けの月刊誌である。
「……おか、えり?」
みさきは、同じページを何度も読み直していた。
その漫画の主人公は、みさきより少し年上の女の子で、一人でお留守番をしていた。テレビを見たり本を読んだりしながら、まだかなまだかなと両親の帰りを待つ。そして最後には帰って来た父親の胸に飛び込んで、おかえり! と笑顔で言う。
「…………」
んー、と息を漏らすみさき。
漫画の中の女の子は父親に「よしよし良い子にしてたか?」とナデナデしてもらっているが、みさきが同じことをしたら、りょーくんはナデナデしてくれるだろうか。
そんなことを繰り返し考えていたら、りょーくんが帰って来た。
「ただいま」
いつものように言うりょーくん。
みさきは少しだけ悩んで、強い決意と共に立ち上がった。
「どうした?」
目を丸くするりょーくん。
みさきはギュっと口を一の字にして、いざ勇気を出して――その場にちょこんと座った。
「みさき?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返すりょーくん。
「……おかえり」
「おう、ただいま」
甘えたいという気持ちはある。
ずっと前からあるし、だんだん強くなっている。
だけど、まだ少し難しかったらしい。
1
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話・後日談12話⭐︎
清楚で完璧、屋敷の秩序そのもの——そんな執事長ユリウスの“常駐位置”が、なぜか私の隣に確定しました。
膝掛けは標準装備、角砂糖は二つ、そして「隣にいます」が口癖に。
さらに恐ろしいことに、私が小声で“要求”すると、清楚な笑顔で「承知しました」と甘く返事をしてくるのです。
社交は上品に、恋心は必死に隠したい。
なのに執事長は、恋を“業務改善”みたいに制度化して逃がしてくれない——!
むっつり令嬢の乙女心臓が限界を迎える、甘々コメディ恋愛譚。
清楚な顔の執事長が、あなたの心臓まで囲い込みにきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる