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第二章 仕事と子育て
給料をもらった日
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ゴールデンウィーク明け二日目の出来事である。
昼休み、今日も今日とて和崎母が用意してくれた料理を食べていた時のことだ。
「あ、やべ、忘れてた」
何やら間抜けな表情で俺の顔を見ていたロリコンが不吉なことを呟き、
「ほい、これ先月分の給料」
と、パソコンが置かれている机の引き出しから取り出した封筒を俺に差し出した。
「やー、悪いな天童龍誠。毎年長期休暇の前後は忙しくてさ……あははは」
俺は封筒を受け取って、昨日不審者さんが言っていた言葉を思い出す。
なんですかこの雑な会社、大丈夫ですか?
俺はロリコンに蔑みの目線を向けた後、その場で封筒の中身を確認した。
……いち、に、さん――ピッタリ二十枚だ。
「みさきちゃんに何か買ってやれよ天童龍誠。どうせ今日まで金欠で苦しんでたけど、勉強してるだけだし自分から給料をせがむのもアレだなとか思ってたんだろ? ふっ、僕は初めから――」
この話はとても長かったとだけ記しておこう。
「みさきぃ! 何か食べたいものはあるか!?」
「……ん?」
「欲しいものとか、ほら、なんでもいいぞ」
「……ぎゅうどん」
「そ、そうか……」
保育園からの帰り道、俺は数時間耐え続けた気持ちを爆発させ、爆発した。みさき、欲しい物とか無いんだな……なんだよそれ!? まだ五歳だろぉ!?
いや待てピアノだ! いつか考えた電子ピアノとポータブル電源! これしかねぇ!
「みさき、ピアノは欲しくないか?」
「……ん」
「よし! なら直ぐにでも……いや、また今度にしよう」
誕生日プレゼントにしよう。その時まで金をためて、少しでもいいものを買ってやりたい。
「みさき、今日は美味いもんを食うぞ! 牛丼より美味い物を教えてやる!」
「……んっ」
俺のテンションが感染したのか、みさきの目が輝いた。よしよし、やっぱり喜んでるみさきを見るのは楽しいぜ。さておきどうしたものか。丼物やハンバーグとかタンパク質豊富そうな食べ物が好きってのは確認してるが、せっかくだから違う物を食べさせてやりたい。かといってみさきの口に合わなかったら最悪だ。
子供が好きそうな物って何だ?
ラーメン……嫌いってことは無いだろうが、なんか安っぽい。なら肉……牛丼とか肉いっぱい入ってるし嫌いって事は無いだろう。物によっては高級感もあっていい。あれ、みさきって肉ばっか食ってねぇか? これが俺なら問題ねぇが、女の子が肉ばっか食ってるってのはどうなんだ? もっとこう、オシャレなスイーツとか食べさせてあげた方がいいんじゃねぇの?
「と、いうわけなんだ」
「女の子っぽい食べ物ですか……」
困った時の小日向さん。俺はみさきを部屋に置いた後すぐに彼女の部屋をノックして、ドアの近くに正座した。小日向さんもいつものように定位置の座布団に座って俺と向かい合う。
「うーん、やっぱりケーキとかですかね? ケーキが嫌いな女の子はいないと思います」
「ケーキか……小日向さんが言うなら間違いねぇな。一応晩飯として考えてるんだが、良い感じの店とか知らないか?」
「ファミレスとかですかね」
「悪くないが、ケーキを食べる前にみさきが満腹になっちまう」
「なら回転寿司とかどうです?」
「回転寿司?」
「はい。一皿百円でケーキが食べられるので、私の中ではお寿司のあるケーキバイキング……いえ、あの、コホン。オススメです、はい」
なぜか恥ずかしそうな小日向さん。どこに恥ずかしがる要素があったんだろう。
さておき、寿司か……回らない寿司なら高級感があるけれど、回る寿司はなんだか安っぽい。でも他に選択肢が無いなら仕方ないか……なにより大切なのはみさきが喜ぶかどうかだ。
「あいつ寿司とか食ったことあんのかな?」
「聞いてみたらどうです?」
「そうだな。どうだみさき、寿司は好きか?」
「……すき」
「よし、決まりだな」
「全然気付きませんでしたっ、いつのまに……」
「わりと最初の方じゃなかったか?」
寿司の話題が出た頃には背中に気配を感じていた。
たぶん気になって出て来ちゃったんだろう、可愛いヤツめ。
「そうだ、良かったら小日向さんも一緒に来るか? 普段のお礼もかねて奢らせ」
「イキマス!」
「そ、そうか。なら早速行こう」
すげぇ食い付き方だ。小日向さんって寿司が好きだったのか、覚えておこう。
そうして訪れた回転寿司。俺達は二十分ほど待った後、店員に案内されてテーブル席に座った。
そこで俺は衝撃の光景を目にした。
みさきが、小日向さんの膝の上に座っている……!
「ええと、ご馳走になります」
バ、バカな。いつの間にあんなに仲良くなったんだ?
「天童さん?」
小日向さんとみさきが一緒に居る時間は風呂に入っている間だけで俺よりも圧倒的に短いはずだ。チクショウこっちは未だ手を繋いだことも無いんだぞ……? なんでだ……なんでなんだよ!?
「あ、あの、どうかしたのでせう?」
「……いや、なんでもない」
「ええと、なんで睨まれてるんです? な、何かしましたか?」
「……なんでもない。ほんと、なんでもない。さ、好きな物を食べてくれ」
俺が軽い絶望に陥っている間、みさきは興味深そうに回る寿司を見ていた。
「みさきちゃん、どれが食べたい?」
「……んー?」
「ふひひ、いっぱいあって悩むよね。ええと、みさきちゃんは山葵入ってない方がいいよね? なら海老か玉子かな?」
「……ん」
な、なんだその親子みてぇな会話。
クソっ、負けねぇぞ!
「……」
いかん、やれることが無い。
寿司は小日向さんサイドから回って来るから俺が取る事は出来ねぇし、箸と茶と小皿は既に小日向さんが揃えちまっている。クッ、なんて有能なんだ!
「あ、天童さんは何たべます?」
「……まずは、海老で」
「はい、分かりました」
小日向さん、なんて気が利く人なんだ!
これは……敗北を受け入れざるを得ない。
果たして小日向さんは二皿の海老を取って、それぞれ俺と自分、もといみさきの前に並べた。
「みさきちゃん、どうぞ」
「……ん」
みさきは小さな手で箸を持って、器用に寿司をつか……めなかった。
「……んん」
再挑戦するみさき。見守る俺、状況を察して笑う小日向さん。
「……んっ」
諦めて海老を刺したみさき。そして満足そうな表情で口に運び、ぱくり。
「……んん~」
山葵が入っていたらしい。
「……んんん」
みさきは口が小さいせいで半分くらい残った海老が刺さった箸をギュッと握りしめて、山葵に耐える。みさきには悪いが、ずっと見ていたいくらい可愛い。
「ご、ごめんねみさきちゃん。山葵入って無いと思ってた。ええっと、もいっこは私が食べるから……んんっ」
ぱくりと残った海老を口に入れた小日向さんは、数秒後にギュと目を閉じた。
そして口元を抑えて言う。
「私も山葵苦手なの忘れてた……」
目いっぱい顔を上げて小日向さんを見るみさき。
すっと顔を正面に戻した時、俺と目が合った。
なんだかおかしくなって、俺達は笑った。
「みさき、次は何が食べたい?」
「……わさび、ない」
山葵はお気に召さなかったらしい。
「なら鰻《うなぎ》とかどうだ? こいつは不思議なことに、山葵をたっぷり入れてもツーンとしないんだ」
「へー、初めて知りました」
「俺は山葵が好きな方だからどのネタにもたっぷり入れるんだが、どうしてか鰻はツーンとしなかったんだ。かなり前の話だが、不思議だったから覚えてる」
多分鰻にかかってる甘いソースが原因なんだろうが、山葵を打ち消す効果ってどういう理屈なんだろうか。
「あ、ちょうど回ってきましたね。ちょっと私も試してみたいので二個取ります、はい」
「俺も頼む。久しぶりに食べたくなった」
「はい、分かりました」
そうして鰻が三皿机に並んだ。
俺は箸を使って鰻だけをどかし、シャリの上に山葵を乗せた。そのあと鰻を元に戻して口に運ぶ……うむ、やはり山葵の味がしない。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると、小日向さんとみさきが俺の感想を待っていた。
「ああ、まるで山葵の味がしない。ていうか、苦手なら普通に食べればいいんじゃないか? この鰻は山葵抜きだし」
「そですね。けど、せっかくなので実験してみます」
今度はみさきと俺に見守られながら、小日向さんは山葵入りの鰻に挑戦した。
「……ほんとだ、ツーンとしない」
「だろ? 不思議だよな」
「はい。みさきちゃんも試してみる?」
「……ん」
小日向さんは山葵をセットした後、箸で持った鰻を器用にみさきの口まで運んだ。みさきは小さな口を開けて、鰻の一部を口に入れる。
「……んんん~!」
「みさきちゃん!?」
「だ、大丈夫かみさき!」
どうやらソースが無くて山葵だけが有る部分を食べてしまったらしい。やはりこの謎のソースが山葵を打ち消しているのだろうか。
「……んん」
ムッとした表情で鰻を見るみさき。
「ええと、ほんとにごめんね。こっちのは山葵入ってないから、大丈夫だよ」
小日向さんはまだ手を付けていない方の皿に乗っていた鰻をみさきサイズにして、さらに甘いソースを加えてからみさきの口に運んだ。みさきはムッとした表情で暫く鰻を見た後、ゆっくりと口に入れた。
「……ん」
合格。そう聞こえてきたような気がした。
「……おいしい」
「ふへへ、よかった。もいっこ食べる?」
「……ん」
また鰻をみさきサイズにしたあとソースを加えて口に運んだ。
今度のみさきは素直に鰻を迎え入れる。
「……もいっこ?」
「ふひひ、はいはい、ちょっと待ってねー」
こうして見てると親子みたいだな。
最初は嫉妬したが、みさきが幸せそうだからいいか。
「……いる?」
「お、ありがと~。……ふひひ、幼女に鰻もらったった」
みさきに皿を差し出された小日向さんは、なにやら良く分からないことを言ってから鰻を箸で取って口に運んだ。
楽しい食事が続き、そろそろみさきの胃袋も満たされてきたかなという頃。
「みさき、そろそろ食べるか? ケーキ」
「……けーき?」
「知らないのか?」
「……ん」
俺と一緒に、小日向さんもポカンとした表情になる。
「ま、まぁ、あれだ。名前を知らなかっただけかもな……これだ、これ。うまいぞ」
俺は回って来たチョコレートケーキを取って、みさきに差し出した。みさきは不思議そうな顔でそれを見る。見る。いろんな角度で見る。
……マジで知らないのか?
「ほらこれ、スプーン」
「……ん」
スプーンを受け取ったみさき。
「……んー?」
どうやって食べるんだろう。そんな風に首を傾けたみさき。
俺と小日向さんが見守る中、みさきはおっかなびっくりスプーンをケーキに近付けた。
スプーンがケーキに刺さった途端、一瞬だけビクリとするみさき。
みさきは目を丸くして、表面のクリームだけをスプーンに乗せて口に運んだ。
「……おぉ」
初めてのリアクション!? ここで!?
「……ん」
さっと二口目。
「……ひひ」
笑った……のか?
唖然とする俺の前で三口目を食べるみさき。
「……おいしい」
ちょ、待って、さっきのもう一回!
もう一度笑ってよみさき!
「みさきちゃん、ケーキはこの透明なヤツを外してから食べるんだよ」
「……ん」
「えと、ここにくっついてるのは、意地汚いと思われるから誰かと居る時は食べちゃダメだよ……もったいないけど」
「……ん?」
二人が会話を続ける中、俺は必死にみさきが笑ったシーンを脳内再生していた。
なんだか笑い方が小日向さんに似ていたような気がするが、微妙に違っていたような気もする……くそっ、上手く思い出せない!!
「みさき、ショートケーキもあるぞ」
「……」
「みさき? チョコの方が良かったか?」
「……いっぱい」
いつのまにか、みさきの前にあったチョコレートケーキは無くなっていた。
完食である。そして満腹になったらしい。
「……そうか、美味かったか?」
「……ん」
はぁ、声出して笑うのなんて初めてだったのに、不意打ちだったから覚えてねぇよ……。
でも、今日はこの笑顔が見られたから良しとするか。
昼休み、今日も今日とて和崎母が用意してくれた料理を食べていた時のことだ。
「あ、やべ、忘れてた」
何やら間抜けな表情で俺の顔を見ていたロリコンが不吉なことを呟き、
「ほい、これ先月分の給料」
と、パソコンが置かれている机の引き出しから取り出した封筒を俺に差し出した。
「やー、悪いな天童龍誠。毎年長期休暇の前後は忙しくてさ……あははは」
俺は封筒を受け取って、昨日不審者さんが言っていた言葉を思い出す。
なんですかこの雑な会社、大丈夫ですか?
俺はロリコンに蔑みの目線を向けた後、その場で封筒の中身を確認した。
……いち、に、さん――ピッタリ二十枚だ。
「みさきちゃんに何か買ってやれよ天童龍誠。どうせ今日まで金欠で苦しんでたけど、勉強してるだけだし自分から給料をせがむのもアレだなとか思ってたんだろ? ふっ、僕は初めから――」
この話はとても長かったとだけ記しておこう。
「みさきぃ! 何か食べたいものはあるか!?」
「……ん?」
「欲しいものとか、ほら、なんでもいいぞ」
「……ぎゅうどん」
「そ、そうか……」
保育園からの帰り道、俺は数時間耐え続けた気持ちを爆発させ、爆発した。みさき、欲しい物とか無いんだな……なんだよそれ!? まだ五歳だろぉ!?
いや待てピアノだ! いつか考えた電子ピアノとポータブル電源! これしかねぇ!
「みさき、ピアノは欲しくないか?」
「……ん」
「よし! なら直ぐにでも……いや、また今度にしよう」
誕生日プレゼントにしよう。その時まで金をためて、少しでもいいものを買ってやりたい。
「みさき、今日は美味いもんを食うぞ! 牛丼より美味い物を教えてやる!」
「……んっ」
俺のテンションが感染したのか、みさきの目が輝いた。よしよし、やっぱり喜んでるみさきを見るのは楽しいぜ。さておきどうしたものか。丼物やハンバーグとかタンパク質豊富そうな食べ物が好きってのは確認してるが、せっかくだから違う物を食べさせてやりたい。かといってみさきの口に合わなかったら最悪だ。
子供が好きそうな物って何だ?
ラーメン……嫌いってことは無いだろうが、なんか安っぽい。なら肉……牛丼とか肉いっぱい入ってるし嫌いって事は無いだろう。物によっては高級感もあっていい。あれ、みさきって肉ばっか食ってねぇか? これが俺なら問題ねぇが、女の子が肉ばっか食ってるってのはどうなんだ? もっとこう、オシャレなスイーツとか食べさせてあげた方がいいんじゃねぇの?
「と、いうわけなんだ」
「女の子っぽい食べ物ですか……」
困った時の小日向さん。俺はみさきを部屋に置いた後すぐに彼女の部屋をノックして、ドアの近くに正座した。小日向さんもいつものように定位置の座布団に座って俺と向かい合う。
「うーん、やっぱりケーキとかですかね? ケーキが嫌いな女の子はいないと思います」
「ケーキか……小日向さんが言うなら間違いねぇな。一応晩飯として考えてるんだが、良い感じの店とか知らないか?」
「ファミレスとかですかね」
「悪くないが、ケーキを食べる前にみさきが満腹になっちまう」
「なら回転寿司とかどうです?」
「回転寿司?」
「はい。一皿百円でケーキが食べられるので、私の中ではお寿司のあるケーキバイキング……いえ、あの、コホン。オススメです、はい」
なぜか恥ずかしそうな小日向さん。どこに恥ずかしがる要素があったんだろう。
さておき、寿司か……回らない寿司なら高級感があるけれど、回る寿司はなんだか安っぽい。でも他に選択肢が無いなら仕方ないか……なにより大切なのはみさきが喜ぶかどうかだ。
「あいつ寿司とか食ったことあんのかな?」
「聞いてみたらどうです?」
「そうだな。どうだみさき、寿司は好きか?」
「……すき」
「よし、決まりだな」
「全然気付きませんでしたっ、いつのまに……」
「わりと最初の方じゃなかったか?」
寿司の話題が出た頃には背中に気配を感じていた。
たぶん気になって出て来ちゃったんだろう、可愛いヤツめ。
「そうだ、良かったら小日向さんも一緒に来るか? 普段のお礼もかねて奢らせ」
「イキマス!」
「そ、そうか。なら早速行こう」
すげぇ食い付き方だ。小日向さんって寿司が好きだったのか、覚えておこう。
そうして訪れた回転寿司。俺達は二十分ほど待った後、店員に案内されてテーブル席に座った。
そこで俺は衝撃の光景を目にした。
みさきが、小日向さんの膝の上に座っている……!
「ええと、ご馳走になります」
バ、バカな。いつの間にあんなに仲良くなったんだ?
「天童さん?」
小日向さんとみさきが一緒に居る時間は風呂に入っている間だけで俺よりも圧倒的に短いはずだ。チクショウこっちは未だ手を繋いだことも無いんだぞ……? なんでだ……なんでなんだよ!?
「あ、あの、どうかしたのでせう?」
「……いや、なんでもない」
「ええと、なんで睨まれてるんです? な、何かしましたか?」
「……なんでもない。ほんと、なんでもない。さ、好きな物を食べてくれ」
俺が軽い絶望に陥っている間、みさきは興味深そうに回る寿司を見ていた。
「みさきちゃん、どれが食べたい?」
「……んー?」
「ふひひ、いっぱいあって悩むよね。ええと、みさきちゃんは山葵入ってない方がいいよね? なら海老か玉子かな?」
「……ん」
な、なんだその親子みてぇな会話。
クソっ、負けねぇぞ!
「……」
いかん、やれることが無い。
寿司は小日向さんサイドから回って来るから俺が取る事は出来ねぇし、箸と茶と小皿は既に小日向さんが揃えちまっている。クッ、なんて有能なんだ!
「あ、天童さんは何たべます?」
「……まずは、海老で」
「はい、分かりました」
小日向さん、なんて気が利く人なんだ!
これは……敗北を受け入れざるを得ない。
果たして小日向さんは二皿の海老を取って、それぞれ俺と自分、もといみさきの前に並べた。
「みさきちゃん、どうぞ」
「……ん」
みさきは小さな手で箸を持って、器用に寿司をつか……めなかった。
「……んん」
再挑戦するみさき。見守る俺、状況を察して笑う小日向さん。
「……んっ」
諦めて海老を刺したみさき。そして満足そうな表情で口に運び、ぱくり。
「……んん~」
山葵が入っていたらしい。
「……んんん」
みさきは口が小さいせいで半分くらい残った海老が刺さった箸をギュッと握りしめて、山葵に耐える。みさきには悪いが、ずっと見ていたいくらい可愛い。
「ご、ごめんねみさきちゃん。山葵入って無いと思ってた。ええっと、もいっこは私が食べるから……んんっ」
ぱくりと残った海老を口に入れた小日向さんは、数秒後にギュと目を閉じた。
そして口元を抑えて言う。
「私も山葵苦手なの忘れてた……」
目いっぱい顔を上げて小日向さんを見るみさき。
すっと顔を正面に戻した時、俺と目が合った。
なんだかおかしくなって、俺達は笑った。
「みさき、次は何が食べたい?」
「……わさび、ない」
山葵はお気に召さなかったらしい。
「なら鰻《うなぎ》とかどうだ? こいつは不思議なことに、山葵をたっぷり入れてもツーンとしないんだ」
「へー、初めて知りました」
「俺は山葵が好きな方だからどのネタにもたっぷり入れるんだが、どうしてか鰻はツーンとしなかったんだ。かなり前の話だが、不思議だったから覚えてる」
多分鰻にかかってる甘いソースが原因なんだろうが、山葵を打ち消す効果ってどういう理屈なんだろうか。
「あ、ちょうど回ってきましたね。ちょっと私も試してみたいので二個取ります、はい」
「俺も頼む。久しぶりに食べたくなった」
「はい、分かりました」
そうして鰻が三皿机に並んだ。
俺は箸を使って鰻だけをどかし、シャリの上に山葵を乗せた。そのあと鰻を元に戻して口に運ぶ……うむ、やはり山葵の味がしない。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると、小日向さんとみさきが俺の感想を待っていた。
「ああ、まるで山葵の味がしない。ていうか、苦手なら普通に食べればいいんじゃないか? この鰻は山葵抜きだし」
「そですね。けど、せっかくなので実験してみます」
今度はみさきと俺に見守られながら、小日向さんは山葵入りの鰻に挑戦した。
「……ほんとだ、ツーンとしない」
「だろ? 不思議だよな」
「はい。みさきちゃんも試してみる?」
「……ん」
小日向さんは山葵をセットした後、箸で持った鰻を器用にみさきの口まで運んだ。みさきは小さな口を開けて、鰻の一部を口に入れる。
「……んんん~!」
「みさきちゃん!?」
「だ、大丈夫かみさき!」
どうやらソースが無くて山葵だけが有る部分を食べてしまったらしい。やはりこの謎のソースが山葵を打ち消しているのだろうか。
「……んん」
ムッとした表情で鰻を見るみさき。
「ええと、ほんとにごめんね。こっちのは山葵入ってないから、大丈夫だよ」
小日向さんはまだ手を付けていない方の皿に乗っていた鰻をみさきサイズにして、さらに甘いソースを加えてからみさきの口に運んだ。みさきはムッとした表情で暫く鰻を見た後、ゆっくりと口に入れた。
「……ん」
合格。そう聞こえてきたような気がした。
「……おいしい」
「ふへへ、よかった。もいっこ食べる?」
「……ん」
また鰻をみさきサイズにしたあとソースを加えて口に運んだ。
今度のみさきは素直に鰻を迎え入れる。
「……もいっこ?」
「ふひひ、はいはい、ちょっと待ってねー」
こうして見てると親子みたいだな。
最初は嫉妬したが、みさきが幸せそうだからいいか。
「……いる?」
「お、ありがと~。……ふひひ、幼女に鰻もらったった」
みさきに皿を差し出された小日向さんは、なにやら良く分からないことを言ってから鰻を箸で取って口に運んだ。
楽しい食事が続き、そろそろみさきの胃袋も満たされてきたかなという頃。
「みさき、そろそろ食べるか? ケーキ」
「……けーき?」
「知らないのか?」
「……ん」
俺と一緒に、小日向さんもポカンとした表情になる。
「ま、まぁ、あれだ。名前を知らなかっただけかもな……これだ、これ。うまいぞ」
俺は回って来たチョコレートケーキを取って、みさきに差し出した。みさきは不思議そうな顔でそれを見る。見る。いろんな角度で見る。
……マジで知らないのか?
「ほらこれ、スプーン」
「……ん」
スプーンを受け取ったみさき。
「……んー?」
どうやって食べるんだろう。そんな風に首を傾けたみさき。
俺と小日向さんが見守る中、みさきはおっかなびっくりスプーンをケーキに近付けた。
スプーンがケーキに刺さった途端、一瞬だけビクリとするみさき。
みさきは目を丸くして、表面のクリームだけをスプーンに乗せて口に運んだ。
「……おぉ」
初めてのリアクション!? ここで!?
「……ん」
さっと二口目。
「……ひひ」
笑った……のか?
唖然とする俺の前で三口目を食べるみさき。
「……おいしい」
ちょ、待って、さっきのもう一回!
もう一度笑ってよみさき!
「みさきちゃん、ケーキはこの透明なヤツを外してから食べるんだよ」
「……ん」
「えと、ここにくっついてるのは、意地汚いと思われるから誰かと居る時は食べちゃダメだよ……もったいないけど」
「……ん?」
二人が会話を続ける中、俺は必死にみさきが笑ったシーンを脳内再生していた。
なんだか笑い方が小日向さんに似ていたような気がするが、微妙に違っていたような気もする……くそっ、上手く思い出せない!!
「みさき、ショートケーキもあるぞ」
「……」
「みさき? チョコの方が良かったか?」
「……いっぱい」
いつのまにか、みさきの前にあったチョコレートケーキは無くなっていた。
完食である。そして満腹になったらしい。
「……そうか、美味かったか?」
「……ん」
はぁ、声出して笑うのなんて初めてだったのに、不意打ちだったから覚えてねぇよ……。
でも、今日はこの笑顔が見られたから良しとするか。
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公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
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隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
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「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
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