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第二章 仕事と子育て
あやとりをした日
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気が付けば五月も終わり、六月になっていた。
今日、俺は親として初めてお楽しみ会に参加することになっている。
前回のお楽しみ会は平日に保育士を中心として行われたようだが、今回は日曜日に開催される。俺はもちろん、父母の会で出会った人達も当然参加するだろう。
昨日、俺達はリハーサルということで一度集まった。そこで佐藤達が買ってきたあやとりを手に取り、いくつかの技を身につけた。このリハーサルには、ゆいちゃんの親を除く全員が出席していた。ゆいちゃんの親は半端なく忙しいらしい。それにしたって土日くらいは娘の為に時間を使えって思うが……きっとそれなりの事情があるのだろう。
さて、今回のお楽しみ会は子供一人につき一人以上の大人が付くことになる。お楽しみ会という名の親子で参加するイベントみたいなものだ。だってあやとりをするだけなら先生役は二人もいれば十分だろ? あえて全員参加する理由は、子供との楽しい時間を作るとかそんなところに違いない。まさに皆の為のお楽しみ会だ。最初に考えたヤツは頭いい。
「え~、それでは時間になりましたのでぇ、始めましょうか」
わーい! わーい!
佐藤の声に呼応して、子供達が絶叫した。
結局出席したのは八人の園児と、保育士が一人、それから父母の会に参加した七人に二人の父親を加えた九人だった。
お楽しみ会の為に借りたのは、公民館にある和室をひとつ。人数のせいで少し窮屈だが、畳の上に座ってあやとりをするだけなので問題は無さそうだ。天井にある蛍光灯は使われていないけれど、大きな窓ガラスから差し込む光は十分に明るい。こんな天気の良い日にはみさきと公園で遊びたいと思うが、今日はあやとりをする日だから仕方ない。
総勢十八名の参加者は、それぞれで輪を作ってあやとりを始めた。最初は親子水入らずで技をひとつ教えて、それから他の人と交流をするという予定だったのだが、親同士の交流があったり子供同士が友達だったりする場合は勝手にペアが作られた。特に問題は無いから誰も何も言わないが、俺としては昨日のリハーサルは何の為にあったのかと思ってしまう。
「よろしくおねがいします!」
「おう、相変わらず元気だな」
三十分くらい前の事。残念ながら今日も親が欠席していたゆいちゃんは、みさきを見つけると真っ直ぐに走って来た。彼女と会ったのは公民館の前で、どうやら母親に送ってもらって少し早い時間から待っていたらしい。その後は行動を共にして、今に至る。
「よし、早速始めるか。まずは、これをこうして――」
ぎゃーぎゃー騒がしい空間で、俺は昨日必死になって覚えた技のひとつを披露する。これは『指ぬき』と呼ばれていて、手に絡みついているように見えるあやとりが、しかし引っ張るとするりと抜けてしまう手品みたいな技だ。
「えー! なんでー!?」
ゆいちゃんの素直な反応が大変気持ち良い。みさきも同じくらいはしゃいでくれたら最高だったんだが、まぁ目はキラキラしてるから良しとしよう。
「よし、まずはこの技を教えるからな」
「はーい!」
「……んっ」
やる気満々であやとりを構える二人。ふ、これは俺も本気を出さざるを得ないな。
「まず普通にあやとりを構えて、それからここをこうして、次にこうして、これがこうなってこうで……こうだ! どうだ、分かったか?」
「ぜんぜんわかんなーい!」
ゆいちゃんの素直な反応が大変胸に刺さる。これでみさきも同じような反応をしていたらショックで寝込む所だった。
「……できた」
「えー!? うそー!?」
「……ん」
唖然とする俺とゆいちゃんの前で、みさきはあっさりと「指ぬき」を成功させた。
「なんでー!?」
俺が昨日三十分かけて覚えた技を一瞬で!?
ほんとなんでー!?
「みさき、まさかあやとり知ってたのか?」
ふりふり。
「なら、どうして」
「……みてた」
「なにを?」
「……りょーくん」
それは、つまり……どういうことなんだ?
「……かっこいい?」
「おう、最高にかっこいいぜ」
「……」
今度は何だ、俺をじっと見て……待てよ、こんなこと前にも無かったか?
似たようなことが過去に何度かあったはずだ。みさきが自分のことかっこいいかどうか聞いて、それで、その後なぜか不機嫌になるんだ。あれはつまり、俺に何かを求めていた……それって、なんだ? いったい何が正解なんだ?
少なくとも、かっこいいと褒めることではない。
何か別の……なんだよ、なんなんだよそれ!?
「……」
「……」
この緊張感、もはや俺の語彙では表現できない。
俺もみさきも、じっと互いの目を見たまま、まるで命を懸けたやり取りをしているかのように眉ひとつ動かさない。
俺達に挟まれたゆいちゃんは、別の世界を生きているかのように悠々と首を振って俺とみさきの顔を交互に見た。
「むむむ?」
この人達は何をしているんだろう。そんな風に首を傾けるゆいちゃん。
悪いな、答えてやりたいけど残念なことに俺は答えを持っていない。
悔しさで歯を食いしばっていると、不意にゆいちゃんが「はい!」と言って右手を挙げた。
「みさきはナデナデしてほしいんだとおもいます!」
「なでなで……だと?」
みさきを見ると、ギュッと口を一の字にして下を向いていた。
「ゆいちゃん、どうしてそう思うんだ?」
「レディのかんです!」
「そうか……」
俺の生きてきた世界で、自分の勘は金の次に信用できるものだったが……レディの勘、信用できるのか?
「みさき、そうなのか?」
問いかけると、みさきは何も言わずにいっそ下を向いた。
……分からない。いったい何が正解なんだ。
「……」
「……」
クソっ、迷ってる場合じゃねぇ!
どうせ自分で考えても分からないんだ、ここはゆいちゃんを信じるしかねぇだろ!
「……みさき、いくぞ」
わざわざ宣言してから俺はおっかなびっくり手を伸ばした。その瞬間、みさきの身体がキュッと緊張したように見えて、俺もビクリとして手を止める。
背中に冷たいものを感じながら、そっとゆいちゃんの方を見る。彼女はにっこり笑って元気よく頷いた。
……いいのか? 本当にいいのか……?
迷いながらも、俺は息を止めてみさきに手を近付けた。一秒が何倍にも引き延ばされた世界で、果たして俺の手がみさきの頭に触れる。
……なんだ、この感覚。
みさきの髪から一切の抵抗を感じない。
滑らかなんてもんじゃない。
これはいったいなんなんだ!? みさきだ!!
ふざけんな。なんで、こんな、触ってるだけで、こんな、体中から喜びが溢れ出すというか、俺の中の俺が祝福の歌を歌ってやがる!
……俺、何してるんだっけ?
俺がこうしているのには何か理由があったはずだ。
……そうだ、なでなで。
なでなでって、なんだっけ。
撫でるってことだよな? このままみさきの頭を撫でる……や、やべぇ緊張してきた。
……落ち着け、落ち着くんだ俺。こんなの、みさきの髪を洗ってた時と同じだ。優しく、みさきが嫌がらないように……。
「く、くすぐったくないか?」
「…………ん」
…………幸せだ!
俺は今猛烈にしあわ……ん?
急に屈んで俺から逃れたみさき。
とてとて歩いてゆいちゃんの背中に隠れるみさき。
……あはは、恥ずかしかったか。
だよな、俺も緊張したし……いや俺は緊張しちゃダメじゃねぇか?
「みさきうれしかったって!」
「……おう、そうか」
俺は左手で頬を掻きつつ、右手を背に隠してグッと握り締めた。
この手は暫く洗わないでおこう。
なんだか照れくさくなって、そっぽを向く。そこで俺は愕然とした。
……なんだよ、これ。
ママー! だっこー!
あやとりあきたー!
おんぶー!
ちがうことしよー!
……だっこ?
……おんぶ?
……いったい、どこの国の言葉なんだ?
ちくしょうレベルが違い過ぎる! 俺は頭を撫でるだけであれだけ緊張したってのに、そんな風に抱き着いたり抱きしめたり……うぉぉぉぉ!
「……あれ」
無意識に声が漏れた。何かがおかしいと思ったからだ。
子供達に甘えられ、若い親達はやれやれといった反応をしながらも受け入れている。佐藤達のように比較的老いた親はとても嫌そうな顔をしながら、だけどやっぱりやれやれと受け入れていた。すると子供は頬を擦り付けたりしながら幸せそうに笑う。親達は互いに顔を合わせて、まったく困ったものですね、なんて会話をしている。
俺にはよく分からないが、きっとこれは普通の光景なのだろう。どこにでもある普通の親子関係なのだろう。だけど、何かが引っかかった。
もやもやした何かを抱えながらみさき達に目を戻して、思わず息を飲んだ。
ゆいちゃんが、とても寂しそうな表情をしていたからだ。
「あ! ゆびぬき! もういっかいおしえてください!」
俺の視線に気付いたゆいちゃんが、一瞬前の表情が嘘だったかのような笑顔を見せて、元気な声で言った。それは初めて会った時と同じで、だけどまるで違う印象を俺に与えた。
「……おう、今度はゆっくりやるからな。よく見てろよ」
「はーい!」
違和感の正体は、きっとここにある。俺はそれを上手く言葉に出来ない代わりに、ゆいちゃんが親と一緒に居る時の姿を見てみたいと思った。
きっと普通じゃない俺とみさきはいつも一緒に居て、二人とも不慣れなことに戸惑いながらも必至になって感情を表現しようとしている。
ごく普通の親子もいつも一緒に居て、きっと親達は全力で甘える子供を受け入れて、それが当たり前だと思っている。当たり前どころか、佐藤達年配の親なんかは面倒だとすら思っているかもしれない。
「やった! できた!」
「おう、よかったな」
なら、いつも一緒に居られないゆいちゃんと、その親はどうなのだろう。
「ふっふっふ、みさき! あたしもゆびぬきできたよ!」
「…………ん」
えっへんとみさきに胸を張るゆいちゃん。
どうしてか両手を胸に当てているみさきは、少しぼんやりした様子で頷いた。
「おー! ゆいちゃんなにいまの!? もういっかい!」
「え、あ……ふふん! しかたないなー!」
突然現れた男の子に声をかけられて、ゆいちゃんは少し戸惑いながらも胸を張り、指ぬきをやってみせた。すげーという声に答えてもう一度披露するゆいちゃん。
「いやー、すみません。ヤンチャの子でして」
あ、てっちゃんだ。
「めっちゃ元気っすね」
「あははは。元気なのは嬉しいのですが、この歳になるとついていけなくて……」
「……そうなんすか?」
そういやてっちゃんっていくつなんだ?
てっきり三十ちょっとくらいだと思ってたが……。
「いやはや、情けないものです……」
と腰に手を当てて、相変わらず存在感の薄い顔に困ったような皺を浮かべた。
「パパー! がりべんのゆいちゃんスゲーよ!」
「がっ」
容赦の無い表現に開いた口が塞がらないゆいちゃん。
「こらこら、口が悪いよ」
「なにがー?」
てっちゃんはすみませんと俺に一礼して、息子の言葉遣いを軽く注意していた。
はーいと返事をして、ゆいちゃんに指ぬきの教えを乞う男の子。てっちゃんは、嬉しいような困ったような顔をして、その姿を見ていた。
……まただ。
今の二人を見て、どこか距離感があるように感じた。
それは子供ではなく、てっちゃんの方に。
いろんな親が居る。これは初めて父母の会に参加した時にぼんやりと感じたことだ。
今日、より強く同じことを思った。
いろんな親子の形がある。
では、いったい何が正しくて、何が間違っているのだろう。
何が、最もみさきの為になるのだろう。
今日、俺は親として初めてお楽しみ会に参加することになっている。
前回のお楽しみ会は平日に保育士を中心として行われたようだが、今回は日曜日に開催される。俺はもちろん、父母の会で出会った人達も当然参加するだろう。
昨日、俺達はリハーサルということで一度集まった。そこで佐藤達が買ってきたあやとりを手に取り、いくつかの技を身につけた。このリハーサルには、ゆいちゃんの親を除く全員が出席していた。ゆいちゃんの親は半端なく忙しいらしい。それにしたって土日くらいは娘の為に時間を使えって思うが……きっとそれなりの事情があるのだろう。
さて、今回のお楽しみ会は子供一人につき一人以上の大人が付くことになる。お楽しみ会という名の親子で参加するイベントみたいなものだ。だってあやとりをするだけなら先生役は二人もいれば十分だろ? あえて全員参加する理由は、子供との楽しい時間を作るとかそんなところに違いない。まさに皆の為のお楽しみ会だ。最初に考えたヤツは頭いい。
「え~、それでは時間になりましたのでぇ、始めましょうか」
わーい! わーい!
佐藤の声に呼応して、子供達が絶叫した。
結局出席したのは八人の園児と、保育士が一人、それから父母の会に参加した七人に二人の父親を加えた九人だった。
お楽しみ会の為に借りたのは、公民館にある和室をひとつ。人数のせいで少し窮屈だが、畳の上に座ってあやとりをするだけなので問題は無さそうだ。天井にある蛍光灯は使われていないけれど、大きな窓ガラスから差し込む光は十分に明るい。こんな天気の良い日にはみさきと公園で遊びたいと思うが、今日はあやとりをする日だから仕方ない。
総勢十八名の参加者は、それぞれで輪を作ってあやとりを始めた。最初は親子水入らずで技をひとつ教えて、それから他の人と交流をするという予定だったのだが、親同士の交流があったり子供同士が友達だったりする場合は勝手にペアが作られた。特に問題は無いから誰も何も言わないが、俺としては昨日のリハーサルは何の為にあったのかと思ってしまう。
「よろしくおねがいします!」
「おう、相変わらず元気だな」
三十分くらい前の事。残念ながら今日も親が欠席していたゆいちゃんは、みさきを見つけると真っ直ぐに走って来た。彼女と会ったのは公民館の前で、どうやら母親に送ってもらって少し早い時間から待っていたらしい。その後は行動を共にして、今に至る。
「よし、早速始めるか。まずは、これをこうして――」
ぎゃーぎゃー騒がしい空間で、俺は昨日必死になって覚えた技のひとつを披露する。これは『指ぬき』と呼ばれていて、手に絡みついているように見えるあやとりが、しかし引っ張るとするりと抜けてしまう手品みたいな技だ。
「えー! なんでー!?」
ゆいちゃんの素直な反応が大変気持ち良い。みさきも同じくらいはしゃいでくれたら最高だったんだが、まぁ目はキラキラしてるから良しとしよう。
「よし、まずはこの技を教えるからな」
「はーい!」
「……んっ」
やる気満々であやとりを構える二人。ふ、これは俺も本気を出さざるを得ないな。
「まず普通にあやとりを構えて、それからここをこうして、次にこうして、これがこうなってこうで……こうだ! どうだ、分かったか?」
「ぜんぜんわかんなーい!」
ゆいちゃんの素直な反応が大変胸に刺さる。これでみさきも同じような反応をしていたらショックで寝込む所だった。
「……できた」
「えー!? うそー!?」
「……ん」
唖然とする俺とゆいちゃんの前で、みさきはあっさりと「指ぬき」を成功させた。
「なんでー!?」
俺が昨日三十分かけて覚えた技を一瞬で!?
ほんとなんでー!?
「みさき、まさかあやとり知ってたのか?」
ふりふり。
「なら、どうして」
「……みてた」
「なにを?」
「……りょーくん」
それは、つまり……どういうことなんだ?
「……かっこいい?」
「おう、最高にかっこいいぜ」
「……」
今度は何だ、俺をじっと見て……待てよ、こんなこと前にも無かったか?
似たようなことが過去に何度かあったはずだ。みさきが自分のことかっこいいかどうか聞いて、それで、その後なぜか不機嫌になるんだ。あれはつまり、俺に何かを求めていた……それって、なんだ? いったい何が正解なんだ?
少なくとも、かっこいいと褒めることではない。
何か別の……なんだよ、なんなんだよそれ!?
「……」
「……」
この緊張感、もはや俺の語彙では表現できない。
俺もみさきも、じっと互いの目を見たまま、まるで命を懸けたやり取りをしているかのように眉ひとつ動かさない。
俺達に挟まれたゆいちゃんは、別の世界を生きているかのように悠々と首を振って俺とみさきの顔を交互に見た。
「むむむ?」
この人達は何をしているんだろう。そんな風に首を傾けるゆいちゃん。
悪いな、答えてやりたいけど残念なことに俺は答えを持っていない。
悔しさで歯を食いしばっていると、不意にゆいちゃんが「はい!」と言って右手を挙げた。
「みさきはナデナデしてほしいんだとおもいます!」
「なでなで……だと?」
みさきを見ると、ギュッと口を一の字にして下を向いていた。
「ゆいちゃん、どうしてそう思うんだ?」
「レディのかんです!」
「そうか……」
俺の生きてきた世界で、自分の勘は金の次に信用できるものだったが……レディの勘、信用できるのか?
「みさき、そうなのか?」
問いかけると、みさきは何も言わずにいっそ下を向いた。
……分からない。いったい何が正解なんだ。
「……」
「……」
クソっ、迷ってる場合じゃねぇ!
どうせ自分で考えても分からないんだ、ここはゆいちゃんを信じるしかねぇだろ!
「……みさき、いくぞ」
わざわざ宣言してから俺はおっかなびっくり手を伸ばした。その瞬間、みさきの身体がキュッと緊張したように見えて、俺もビクリとして手を止める。
背中に冷たいものを感じながら、そっとゆいちゃんの方を見る。彼女はにっこり笑って元気よく頷いた。
……いいのか? 本当にいいのか……?
迷いながらも、俺は息を止めてみさきに手を近付けた。一秒が何倍にも引き延ばされた世界で、果たして俺の手がみさきの頭に触れる。
……なんだ、この感覚。
みさきの髪から一切の抵抗を感じない。
滑らかなんてもんじゃない。
これはいったいなんなんだ!? みさきだ!!
ふざけんな。なんで、こんな、触ってるだけで、こんな、体中から喜びが溢れ出すというか、俺の中の俺が祝福の歌を歌ってやがる!
……俺、何してるんだっけ?
俺がこうしているのには何か理由があったはずだ。
……そうだ、なでなで。
なでなでって、なんだっけ。
撫でるってことだよな? このままみさきの頭を撫でる……や、やべぇ緊張してきた。
……落ち着け、落ち着くんだ俺。こんなの、みさきの髪を洗ってた時と同じだ。優しく、みさきが嫌がらないように……。
「く、くすぐったくないか?」
「…………ん」
…………幸せだ!
俺は今猛烈にしあわ……ん?
急に屈んで俺から逃れたみさき。
とてとて歩いてゆいちゃんの背中に隠れるみさき。
……あはは、恥ずかしかったか。
だよな、俺も緊張したし……いや俺は緊張しちゃダメじゃねぇか?
「みさきうれしかったって!」
「……おう、そうか」
俺は左手で頬を掻きつつ、右手を背に隠してグッと握り締めた。
この手は暫く洗わないでおこう。
なんだか照れくさくなって、そっぽを向く。そこで俺は愕然とした。
……なんだよ、これ。
ママー! だっこー!
あやとりあきたー!
おんぶー!
ちがうことしよー!
……だっこ?
……おんぶ?
……いったい、どこの国の言葉なんだ?
ちくしょうレベルが違い過ぎる! 俺は頭を撫でるだけであれだけ緊張したってのに、そんな風に抱き着いたり抱きしめたり……うぉぉぉぉ!
「……あれ」
無意識に声が漏れた。何かがおかしいと思ったからだ。
子供達に甘えられ、若い親達はやれやれといった反応をしながらも受け入れている。佐藤達のように比較的老いた親はとても嫌そうな顔をしながら、だけどやっぱりやれやれと受け入れていた。すると子供は頬を擦り付けたりしながら幸せそうに笑う。親達は互いに顔を合わせて、まったく困ったものですね、なんて会話をしている。
俺にはよく分からないが、きっとこれは普通の光景なのだろう。どこにでもある普通の親子関係なのだろう。だけど、何かが引っかかった。
もやもやした何かを抱えながらみさき達に目を戻して、思わず息を飲んだ。
ゆいちゃんが、とても寂しそうな表情をしていたからだ。
「あ! ゆびぬき! もういっかいおしえてください!」
俺の視線に気付いたゆいちゃんが、一瞬前の表情が嘘だったかのような笑顔を見せて、元気な声で言った。それは初めて会った時と同じで、だけどまるで違う印象を俺に与えた。
「……おう、今度はゆっくりやるからな。よく見てろよ」
「はーい!」
違和感の正体は、きっとここにある。俺はそれを上手く言葉に出来ない代わりに、ゆいちゃんが親と一緒に居る時の姿を見てみたいと思った。
きっと普通じゃない俺とみさきはいつも一緒に居て、二人とも不慣れなことに戸惑いながらも必至になって感情を表現しようとしている。
ごく普通の親子もいつも一緒に居て、きっと親達は全力で甘える子供を受け入れて、それが当たり前だと思っている。当たり前どころか、佐藤達年配の親なんかは面倒だとすら思っているかもしれない。
「やった! できた!」
「おう、よかったな」
なら、いつも一緒に居られないゆいちゃんと、その親はどうなのだろう。
「ふっふっふ、みさき! あたしもゆびぬきできたよ!」
「…………ん」
えっへんとみさきに胸を張るゆいちゃん。
どうしてか両手を胸に当てているみさきは、少しぼんやりした様子で頷いた。
「おー! ゆいちゃんなにいまの!? もういっかい!」
「え、あ……ふふん! しかたないなー!」
突然現れた男の子に声をかけられて、ゆいちゃんは少し戸惑いながらも胸を張り、指ぬきをやってみせた。すげーという声に答えてもう一度披露するゆいちゃん。
「いやー、すみません。ヤンチャの子でして」
あ、てっちゃんだ。
「めっちゃ元気っすね」
「あははは。元気なのは嬉しいのですが、この歳になるとついていけなくて……」
「……そうなんすか?」
そういやてっちゃんっていくつなんだ?
てっきり三十ちょっとくらいだと思ってたが……。
「いやはや、情けないものです……」
と腰に手を当てて、相変わらず存在感の薄い顔に困ったような皺を浮かべた。
「パパー! がりべんのゆいちゃんスゲーよ!」
「がっ」
容赦の無い表現に開いた口が塞がらないゆいちゃん。
「こらこら、口が悪いよ」
「なにがー?」
てっちゃんはすみませんと俺に一礼して、息子の言葉遣いを軽く注意していた。
はーいと返事をして、ゆいちゃんに指ぬきの教えを乞う男の子。てっちゃんは、嬉しいような困ったような顔をして、その姿を見ていた。
……まただ。
今の二人を見て、どこか距離感があるように感じた。
それは子供ではなく、てっちゃんの方に。
いろんな親が居る。これは初めて父母の会に参加した時にぼんやりと感じたことだ。
今日、より強く同じことを思った。
いろんな親子の形がある。
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