日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

文字の大きさ
52 / 221
第二章 仕事と子育て

また父母の会に参加した日

しおりを挟む
 みさきとの新鮮な日々が続き、あっという間に七月になった。俺は今日、再び父母の会に参加する。

 これで公民館に来るのは四度目で、会議室の場所も把握できているから部屋に入って座るまでは大変スムーズだった。

 部屋の中には二人が並んで座れる長机とパイプ椅子がいくつか積んであって、父母の会では早く着いた人が人数分の椅子と机を並べるという暗黙のルールがある。

 前回同様、少し早い時間に着いた俺は、同じく早く来ていたてっちゃんと一緒に椅子と机を用意した。それから冷房を起動して「夏ですねー」なんて話をしながら他の人を待った。

 開始の十分前になると若い女性が二人、黒川さんと風見さんが現れて、残すは佐藤達とゆいちゃんのママだけになった。

「……今日も来ないのか」
「いやはや、こればっかりは私達にはどうしようもないですね」
「でもリーダーなんだから時間くらいは守って欲しいです」

 ほとんど無意識で呟いた言葉に、てっちゃんとピアスの人が反応した。俺は少し考えてから、軽く手を振って言う。

「あぁいや佐藤達じゃなくて、ゆいちゃんのお母さんのことで」
「あぁ、戸崎さんですか」

 のんびりした口調で言うてっちゃん。ゆいちゃんの名字って戸崎だったのか、知らなかった。

「なんというか、一度も会ったこと無いんで」
「そうですね。私も会ったことはありません」

 と、てっちゃん。若いママさん達に目を向けると、彼女達は困ったような表情で首を振った。

「誰も会ったこと無いのか……」
「佐藤さんなら、一度くらいは話してるんじゃないですか?」

 と、ピアスの人。確かにリーダーなら一度くらいは話をしたことがありそうだが……。

「あら、私に何か御用でございますか?」

 うお佐藤!? いきなり現れんなビックリするだろっ、しかも話聞こえてたのかよ!

「すみません遅くなりましたー」
「いやーもー、暑いですねー」

 オバさん達の登場で、室内の温度が四度くらい上がったような気がする。

「それで、私に何か用でしたぁ?」

 佐藤がどかんと腰を落としたパイプ椅子がキィィと悲鳴をあげる。俺はパイプ椅子が可哀想だと思いつつ、佐藤に問いかけた。

「戸崎さんと会ったこととかあるんすか?」
「えぇ当然ありますとも。彼女は、思ったよりも若くて、なんだか硬い方という印象だったかしら」

 硬い……厳しいってことか? それにしてはゆいちゃんから好かれてるようだったが……。

「それよりも早く会議を始めましょう。季節は夏、夏はプールです。今年もプールにしましょう。はい終わり、暑いから早く帰りましょう。それでは」

 唖然とする俺達を置いて年配組はさっさと会議室を後にした。やっぱこの会議やる意味無いんじゃね?

 全員が同じことを思ったのか、残された四人は顔をあわせると揃って苦笑いした。

「戸崎さんのお子さんって、あやとりの時に天童さんと一緒に居た子ですよね? 私、てっきり親同士で交流があると思ってました」
「いや、娘同士が友達ってだけで、親の方とは面識ないっす」

 突然ピアスをしてない方の人に声を掛けられ、少しつっかえながら返事をした。すると彼女は「あー」と何度か大袈裟に頷いて、ふっと笑った。

「それにしても、あの日も見てましたけど、女の子は大人しくていいですよね。うちの息子は、ほんと、この前もケータイ買いに行ったんですけど、床を転がり回るし勝手にどっか行っちゃうし……はぁ、もう、嫌になります」
「あー気持ちは分かります。うちも一人で家に置いとくと不安で買い物とか一緒に連れてくんですが、もーヤンチャでヤンチャで」

 突如として始まったママさんトークに、俺はついていけなかった。
 男の子と女の子の間に大きな違いがあるのだろうか。それは俺には理解出来ない部分だが、とにかく気持ちの良い内容では無かった。

「しかしながら、今が一番可愛いとも言うじゃないですか」
「あー、名倉さんは大きい子が居るんでしたっけ? やっぱり反抗期とか大変でしたか?」
「いやはや、大変というか……その、そうですね」
「そうですか……やー、甘えてくれるのは可愛いって思うんですけどね。ずっとだと、ちょっと」
「ですよねー。TPOを考えてほしいっていうか、空気読んで欲しいっていうか」

 いつの間にか二人の会話に巻き込まれていたてっちゃんは、いつもの存在感の薄い顔に困ったような、というより空虚な笑みを張り付けていた。

 三人の会話はどんどん盛り上がっていく。
 それと反比例して、俺の気分は沈んでいった。

「そうだ。天童さんのお子さん、みさきちゃんでしたっけ?」
「……え、ああ、はい」

 びびった。いきなり話が回って来たが……やべ、どういう流れだ?

「みさきちゃん小っちゃくてかわいいですよね! 大人しいし、うちにも女の子が生まれて来たら、みさきちゃんみたいな子がいいです!」
「あー分かります分かります。実は私、下にもう一人男の子が居るんですけど、この子もヤンチャで……はぁ、女の子が欲しいです」

 ……こいつら、なに言ってんだ?

「天童さん、みさきちゃん家だとどんな感じなんですか?」
「……家でも外でも同じ、です」

 欲しいとか、そんな言い方ないだろ。
 まるで今の子供はいらないみたいじゃねぇかよ。

「天童さん? どうかしました?」

 というピアスの人の声に続いて、残った二人も俺の方を見た。

「……いや、その、急にみさきのことが気になって」
「あ、もしかして一人でお留守番してます?」
「まぁ、そんなとこっす」
「ごめんなさい。それなら早く帰った方がいいですよね」
「はい。すんません、失礼します」

 この場から少しでも早く離れたかった。
 部屋から出る直前、てっちゃんと目が合う。
 彼は何故か取り繕うような表情をしていた。

 ……おかしいだろ。

 帰路。ゆっくりと歩きながら、頭の中で先程の会話が繰り返される。

 子供が甘えるのって、悪いことなのかよ。俺が普通じゃないから分からないだけなのか? 確かに俺は甘えた記憶なんて無いし、みさきもベタベタ甘えるようなタイプじゃない。

 だけど、それは決して甘えたくないワケじゃないはずだ。
 みさきのことは分からないが、俺はあやとりをした日、全力で親に甘える子供を見て少なからず思う所があった。なにより、その時のゆいちゃんの表情が頭から離れない。甘えたくても甘えられない子供が居るんだ。

 違う、俺が考えてるのはこんなことじゃない。
 もっと、もっと簡単でいい。

 ……子供には親しかいないんだ。特に幼い子供には。

 そりゃ、時と場合によってはベタベタしてくるのは鬱陶しいかもしれない。
 だけど、それが親の役目なんじゃねぇのかよ。
 子供にとって、親に全力で甘えられるのは今だけなんだ。
 今を失ったら、その機会は二度と訪れないんだ。
 だからこそ、たった一度の機会を最高の思い出にする。
 それこそが親の役目だと俺は思うのだが……違うのだろうか。

 ……立派な親、か。

 立ち止まって、なんとなく空を仰いだ。途端に目を襲う日光に眉をしかめて、すっきりとした夏空を見る。それは晴れ渡っているようで、だけどそこかしこに雲が浮かんでいた。小さい雲、大きい雲、どれも違った形をしていて、しかし同じ方向へ流れていく。果たして、行き着く先も同じなのだろうか。

 父母の会に参加して、いろんな親と触れ合えば、ぼんやりとしたイメージが明瞭なものになると思っていた。だけど実際は、より薄くなっただけだった。

 俺と彼女達は、きっと何もかもが違う。
 俺は望んで親になったわけじゃない。みさきを無理矢理押し付けられただけだ。今となっては、それが悪いことだったなんて少しも思わないけどな。

 だけど彼女達は、少なくとも自分の意思で子供を産んだはずだ。それなりに愛し合ったヤツと結ばれて、喜んで子供を産んだはずだ。なのに、さっきの話を聞いていると、まるで後悔しているかのようだった。

 もしかしたら普段のちょっとした不満を大袈裟に口に出しただけかもしれない。周りの話に合わせただけかもしれない。本心では子供を命よりも大切に思っていて、あれは自虐風の自慢だったのかもしれない。どうしても違和感や不快感が拭えないのは、きっとまだ俺が子供だからだ。

 目を閉じて、短く息を吐く。

 早く帰ろう。みさきが待ってる。






 みさきは、今日も漫画を読んでいた。
 もう何度も読んでボロボロになったページ。
 一人で留守番をしている女の子が、最後には帰宅した父親に思い切り抱き着く。

 それはみさきにとって、眩しい絵だった。
 自分も同じことをしたい。
 だけど、怖い。

 今日も、りょーくんが帰って来た。
 りょーくんは優しい。
 きっと抱き着いたら、あやとりの時みたいになでなでしてくれる。
 だけど、どうしても怖かった。

「おかえり」
「おう、ただいま」

 だからみさきには、これが精一杯だ。

「みさき、その本好きだな」
「……ん」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

処理中です...