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第三章 りょーくんのうた
SS:みさきとでんしゃと女の子
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がたんごとん。
がたんごとん。
この日は休日で、時間は昼過ぎ。しかし都会から外れた町を通る電車内には、数えられる程度の人しかいなかった。壁際に一直線に並んだ座席の隅っこに座った龍誠の隣で、切符をしっかり握りしめたみさきは目を輝かせて窓の外を見ている。
「おー」
座席に浅く座ったみさきの足が、彼女の好奇心を表すかのようにゆらゆらと揺れる。
それを見て、龍誠もまた楽しそうに頬を緩めた。
「楽しいか?」
「……ん」
みさきは次から次へと横へ流れる物を顔まで動かして目で追う。
「はやい」
「ははは、そうだな」
龍誠はこれから七駅先にある鳴明街《るめいまち》という所へ向かう。駅から少し歩いた所にショッピングモールが有り、その周辺には様々な飲食店が立ち並んでいる。
スタリナというのは、その地域に出来た新しいケーキ屋で、とても美味しいケーキがあると評判の店だ。みさきの誕生日ケーキを買う為の店を探していた時に知ったのだが、どうやら注文してからケーキを受け取れるまでに二日以上は要する人気店らしい。
……どれくらい人がいるか分からねぇが、最悪一時間は待つ覚悟をしとくか。
龍誠は心の中で呟いて、遠い所に目を向けた。その時、とんとんと太腿を叩かれる。
「みさき?」
見ると、みさきは真っ直ぐ指を伸ばしていた。それが何かを追いかけるようにして流れていくから、龍誠は何か見せたいものが有ったのかと思って目を向ける。しかし、気付くのが少し遅かった。
「……」
みさきは指を伸ばしたまま龍誠の顔を見て、しょんぼりと肩を落とす。
「何が有ったんだ?」
「……ない」
もう無い。りょーくん遅い。
すまねぇみさき!
という目のやり取りをして、
「みさき、今どこに向かってるか分かるか?」
「ケーキ?」
「そうだ。なら、どんなケーキ屋さんか分かるか?」
「どんな?」
きょとんとするみさき。
ケーキ屋さんはケーキ屋さんじゃないの?
「そこのケーキは、スッゲェうまいらしい」
「……」
みさきをノリノリにしようとする龍誠。
あまりワクワクしないみさき。
「普通のケーキを一とすると、そこのケーキは百くらいらしい。百倍だぞ、百倍!」
「ひゃく?」
「そうだ、百倍だ」
「ふじさん?」
ズコーっと、龍誠は思わず昭和の漫画みたいにズッコケそうになった。
「千倍です!」
突然の声。
みさきと龍誠は揃って声のした方に目を向けた。そこにはみさきと同じくらいの、身長的にはゆいと同じくらいの女の子が一人で立っていた。
「……迷子か?」
「迷子じゃないです。未香《みか》はこれから小学校の視察に行くところです」
視察という言葉を聞いて、思わず龍誠は吹きだしそうになる。
「そうか、パパかママはどうした?」
「未香は一人です」
「一人?」
龍誠は素直に驚きの表情を浮かべた。とてもしっかりした子だ。
「小学校を見に行くってことは、新一年生……?」
「はい、未香は一年生になります」
「おー、ならみさきと同じじゃねぇか。電車で通うのか?」
「いえ、入学と同時に引っ越します」
「へー、どこの小学校なんだ?」
「お姉さまの住んでるマンションの近くの……はっ、巧みな誘導尋問ですね。思わず包み隠さず個人情報をさらけ出してしまう所でした」
ふーと額を拭って、女の子はみさきの隣に座る。
「あなたのパパ、やり手ですね」
「ちがう」
「あ、お兄さん?」
「りょーくん」
「……お兄さま?」
「りょーくん」
父でも兄でもなくてりょーくん。
親戚かな?
「そんなことよりケーキですよ! ケーキ!」
「……ん?」
「未香も何度か食べています。もう、頬が落ちてしまうような美味しさです」
両頬に手を当ててくねくねする女の子を見て、みさきは思った。
「……こわい」
「なんで!?」
「……いたい」
「いたくない!」
ガクガク震える手で頬を抑えるみさき。
女の子は必死になってケーキの魅力を伝え続ける。
そんな様子を龍誠はほのぼのした気分で見守っていた。
こういった、初めて会った人にも警戒心を持たずに話しかけてしまうところは、きっと幼い子供だけに与えられた特権だ。しかしながら、それは現代社会においては非常に危うい。龍誠は、子供を野放しにしている保護者の監督能力を疑った。
「とっても美味しいケー……なんだか視線を感じます」
とつぜん鋭い目付きをした女の子は、ある場所を睨んだ。みさきと龍誠も一緒になって視線を追う。そこには、龍誠の良く知る危険人物の姿が有った。
「……」
「……」
龍誠とロリコンの目が合った。
ロリコンはバツの悪そうな表情をして目を逸らすと、そそくさと立ち上がる。するとタイミング良く電車が駅に止まって、ロリコンは迷わず走り去った。
「怪しい人でした。ちょっと通報しておきます」
女の子は肩にかけていた可愛らしいバッグからスマホを取り出すと、慣れた手付きで操作を始めた。その時、龍誠には鞄の中身がチラっと見えた。そこにスタンガンのような物が有ったのは、きっと気のせいでは無い。
龍誠は心の中で彼女の保護者に土下座した。
「通報完了です。あらためてケーキ! ケーキの話!」
再び女の子はみさきに熱弁する。その姿は先程までと変わらないのに、龍誠には同じ女の子には見えなかった。なるほど、警戒心が無いように見えたのは幼い子供――みさきを連れていたかららしい。
最近の小学生って怖い。そう思うと同時に、龍誠はみさきにも護身術的な物を教えておこうと思った。
そして、電車は次の駅に到着する。
「一昨年の夏に開かれた売り上げ祭りではドイツからやってきたお店を抑えて第二位に――ハッ、この駅で降りなきゃ!」
女の子は慌てて立ち上がる。
「名前は!?」
「……みさき」
「みさきちゃん! またね!」
早口に言って、とことこ駆けて行った。
みさきと龍誠はその子を見送った後、再び動き出した電車の中で、暫く無言のまま互いの目を見る。
「……不思議な子だったな」
「みかちゃん」
「おう、そうか」
がたんごとん。
がたんごとん。
「同じ小学校だといいな」
「ちがう」
「あれ、その話してたか?」
ふりふり。
「かばん」
「鞄?」
「メモ?」
「あー、違う小学校の名前が書いてあったのか」
「ん」
ちゃっかりみさきも目がいいなと、龍誠は思う。
「みさき、小学校の名前とか知ってたんだな」
「かざおかみなみ?」
人の名前みたいだなと、龍誠は思った。
同時に、風岡南小学校というのがみさきの通う学校の名前であると初めて知った。
「楽しみだな」
「……ん」
微笑みつつ、帰ったら死ぬ気であの書類を読もうと、心に誓った。
がたんごとん。
この日は休日で、時間は昼過ぎ。しかし都会から外れた町を通る電車内には、数えられる程度の人しかいなかった。壁際に一直線に並んだ座席の隅っこに座った龍誠の隣で、切符をしっかり握りしめたみさきは目を輝かせて窓の外を見ている。
「おー」
座席に浅く座ったみさきの足が、彼女の好奇心を表すかのようにゆらゆらと揺れる。
それを見て、龍誠もまた楽しそうに頬を緩めた。
「楽しいか?」
「……ん」
みさきは次から次へと横へ流れる物を顔まで動かして目で追う。
「はやい」
「ははは、そうだな」
龍誠はこれから七駅先にある鳴明街《るめいまち》という所へ向かう。駅から少し歩いた所にショッピングモールが有り、その周辺には様々な飲食店が立ち並んでいる。
スタリナというのは、その地域に出来た新しいケーキ屋で、とても美味しいケーキがあると評判の店だ。みさきの誕生日ケーキを買う為の店を探していた時に知ったのだが、どうやら注文してからケーキを受け取れるまでに二日以上は要する人気店らしい。
……どれくらい人がいるか分からねぇが、最悪一時間は待つ覚悟をしとくか。
龍誠は心の中で呟いて、遠い所に目を向けた。その時、とんとんと太腿を叩かれる。
「みさき?」
見ると、みさきは真っ直ぐ指を伸ばしていた。それが何かを追いかけるようにして流れていくから、龍誠は何か見せたいものが有ったのかと思って目を向ける。しかし、気付くのが少し遅かった。
「……」
みさきは指を伸ばしたまま龍誠の顔を見て、しょんぼりと肩を落とす。
「何が有ったんだ?」
「……ない」
もう無い。りょーくん遅い。
すまねぇみさき!
という目のやり取りをして、
「みさき、今どこに向かってるか分かるか?」
「ケーキ?」
「そうだ。なら、どんなケーキ屋さんか分かるか?」
「どんな?」
きょとんとするみさき。
ケーキ屋さんはケーキ屋さんじゃないの?
「そこのケーキは、スッゲェうまいらしい」
「……」
みさきをノリノリにしようとする龍誠。
あまりワクワクしないみさき。
「普通のケーキを一とすると、そこのケーキは百くらいらしい。百倍だぞ、百倍!」
「ひゃく?」
「そうだ、百倍だ」
「ふじさん?」
ズコーっと、龍誠は思わず昭和の漫画みたいにズッコケそうになった。
「千倍です!」
突然の声。
みさきと龍誠は揃って声のした方に目を向けた。そこにはみさきと同じくらいの、身長的にはゆいと同じくらいの女の子が一人で立っていた。
「……迷子か?」
「迷子じゃないです。未香《みか》はこれから小学校の視察に行くところです」
視察という言葉を聞いて、思わず龍誠は吹きだしそうになる。
「そうか、パパかママはどうした?」
「未香は一人です」
「一人?」
龍誠は素直に驚きの表情を浮かべた。とてもしっかりした子だ。
「小学校を見に行くってことは、新一年生……?」
「はい、未香は一年生になります」
「おー、ならみさきと同じじゃねぇか。電車で通うのか?」
「いえ、入学と同時に引っ越します」
「へー、どこの小学校なんだ?」
「お姉さまの住んでるマンションの近くの……はっ、巧みな誘導尋問ですね。思わず包み隠さず個人情報をさらけ出してしまう所でした」
ふーと額を拭って、女の子はみさきの隣に座る。
「あなたのパパ、やり手ですね」
「ちがう」
「あ、お兄さん?」
「りょーくん」
「……お兄さま?」
「りょーくん」
父でも兄でもなくてりょーくん。
親戚かな?
「そんなことよりケーキですよ! ケーキ!」
「……ん?」
「未香も何度か食べています。もう、頬が落ちてしまうような美味しさです」
両頬に手を当ててくねくねする女の子を見て、みさきは思った。
「……こわい」
「なんで!?」
「……いたい」
「いたくない!」
ガクガク震える手で頬を抑えるみさき。
女の子は必死になってケーキの魅力を伝え続ける。
そんな様子を龍誠はほのぼのした気分で見守っていた。
こういった、初めて会った人にも警戒心を持たずに話しかけてしまうところは、きっと幼い子供だけに与えられた特権だ。しかしながら、それは現代社会においては非常に危うい。龍誠は、子供を野放しにしている保護者の監督能力を疑った。
「とっても美味しいケー……なんだか視線を感じます」
とつぜん鋭い目付きをした女の子は、ある場所を睨んだ。みさきと龍誠も一緒になって視線を追う。そこには、龍誠の良く知る危険人物の姿が有った。
「……」
「……」
龍誠とロリコンの目が合った。
ロリコンはバツの悪そうな表情をして目を逸らすと、そそくさと立ち上がる。するとタイミング良く電車が駅に止まって、ロリコンは迷わず走り去った。
「怪しい人でした。ちょっと通報しておきます」
女の子は肩にかけていた可愛らしいバッグからスマホを取り出すと、慣れた手付きで操作を始めた。その時、龍誠には鞄の中身がチラっと見えた。そこにスタンガンのような物が有ったのは、きっと気のせいでは無い。
龍誠は心の中で彼女の保護者に土下座した。
「通報完了です。あらためてケーキ! ケーキの話!」
再び女の子はみさきに熱弁する。その姿は先程までと変わらないのに、龍誠には同じ女の子には見えなかった。なるほど、警戒心が無いように見えたのは幼い子供――みさきを連れていたかららしい。
最近の小学生って怖い。そう思うと同時に、龍誠はみさきにも護身術的な物を教えておこうと思った。
そして、電車は次の駅に到着する。
「一昨年の夏に開かれた売り上げ祭りではドイツからやってきたお店を抑えて第二位に――ハッ、この駅で降りなきゃ!」
女の子は慌てて立ち上がる。
「名前は!?」
「……みさき」
「みさきちゃん! またね!」
早口に言って、とことこ駆けて行った。
みさきと龍誠はその子を見送った後、再び動き出した電車の中で、暫く無言のまま互いの目を見る。
「……不思議な子だったな」
「みかちゃん」
「おう、そうか」
がたんごとん。
がたんごとん。
「同じ小学校だといいな」
「ちがう」
「あれ、その話してたか?」
ふりふり。
「かばん」
「鞄?」
「メモ?」
「あー、違う小学校の名前が書いてあったのか」
「ん」
ちゃっかりみさきも目がいいなと、龍誠は思う。
「みさき、小学校の名前とか知ってたんだな」
「かざおかみなみ?」
人の名前みたいだなと、龍誠は思った。
同時に、風岡南小学校というのがみさきの通う学校の名前であると初めて知った。
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