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最終章 孤独を越えて
LO(1)
しおりを挟む私の話をしよう。
私はお母さんが大好きだった。
だけどお母さんは、私のことが好きじゃなかった。
甘えると嫌な顔をして、いつしか顔を見る回数も減っていった。
そして五歳の誕生日を迎えると――りょーくんの所に捨てられた。
りょーくんは怖かった。
睨むし、大きいし、臭かった。
でも優しかった。
いつも私のことを見てくれた。
りょーくんは、みさきを一番に考えてくれた。
まゆちゃんは、きっと私にとって母親のような存在だった。
絵が上手くて、たまに早口になって、たまに変な顔をする不思議な人。
だけど、りょーくんと同じくらい優しくて、傍に居ると安心できた。
お風呂の入り方、体の洗い方、絵の描き方……いろんなことを教えてもらった。
離れることになった時は悲しかったけれど、まゆちゃんのことを応援しようって思った。夢を叶える為に頑張っている姿が、とってもかっこいいと思えた。
まゆちゃんの描いた漫画は全部もってる。
映画も見た。面白かった。
まゆちゃんは、私にとって最も大切な人の一人だ。
ゆいちゃんは、義理のお姉ちゃんだ。
ガサツな所が多いけれど、素直で優しい自慢のお姉ちゃん。
そして結衣さんは、りょーくんのお嫁さんだ。
私にとってはお母さんで、そのことを理解するまでには時間が掛かった。
りょーくんと結衣さんの結婚式は良く覚えている。
とっても幸せそうな顔をした二人を見て、私まで嬉しくなった。
結婚式の少し後、結衣さんのお腹が大きくなった。
「……ふとった?」
「みさき、そこに正座しなさい」
正座して聞いた赤ちゃんの話は、今でも覚えている。
一年くらい経って、弟が生まれた。
ゆいちゃんは大喜びしていて、私も「ちっちゃいりょーくん!」と心の中で騒いでいた。
名前は明。
私は「あーくん」と呼んで、それはそれは可愛がった。
ゆいちゃんはスッカリお姉ちゃん気分。
一生懸命にお世話をしようとするけれど、いつも泣かせてしまって、最後は一緒に泣いていた。
あーくんが生まれてから半年くらいして、また結衣さんのお腹が大きくなった。
次に生まれたのも男の子で、海誠と名付けられた。かーくんはヤンチャな子だったけれど、ゆいちゃんが傍に居ると、なぜか大人しくなった。
「なんか! いったいかん!」
曰く、ゆいちゃん。
なんか、一体感を覚えるらしい。
さて三人目の弟が結衣さんのお腹にいる頃、私は十歳になった。学校で二分の一成人式が行われて、年齢も二桁になって、なんだか少し大人になったのかなと思った。
四年生の終わりには課外活動が始まって、私は周りの勧めで陸上を始めた。この頃はまだまだ体が小さかったけれど、りょーくんに教えてもらったおかげで、とっても運動が得意だった。
六年生になる頃には、ゆいちゃんと身長が逆転した。その頃からゆいちゃんが必死に牛乳を飲み始めたけれど、私は内心「もう遅い」と思っていた。
ゆいちゃんと長男のあーくんは犬猿の仲で、ゆいちゃんが牛乳を飲んでいる時に「やーい! ゆいねーちゃんのチビー!」「うっさいお前の方がチビだ!」という会話を飽きずに繰り返していた。
さて私の話に戻ると、体が大きくなったことで、陸上の記録が凄いことになった。
だけど私には実感が無くて、興味が持てなくて、とりあえず、りょーくんが喜ぶから金色のメダルを貰ってこよう、くらいの気持ちだった。
中学校の入学式、結衣さんのお腹には初めての妹がいた。名前は生まれる前から『友里』と決めているらしくて、私はゆりちゃんと会える日が楽しみだった。
この頃には、いろんなことが分かるようになっていた。
家族の事、りょーくんとのこと。
りょーくんと結衣さんのこと。
弟達のこと。
ゆいちゃんとのこと。
結衣さんは、あーくんが生まれて直ぐに仕事を止めた。きっと家に残すのが心配だったのだろう。
その後は家でも出来る仕事を始めて、家にパソコンとインターネットが設置された。
その家は、新しい家だ。
結婚式の少し後、私達はまたお引越しをした。
今度の家は、一戸建て。
とても広くて、二階建てで、部屋が十三個もあった。
二個は私とゆいちゃん。
一個はりょーくんと結衣さん。
そして十個は、未来の子供達の部屋って聞いた。
お金がいっぱい必要みたいで、りょーくんが家に帰る時間が少しだけ遅くなった。
私は寂しかったけれど、お姉ちゃんだから、我慢した。我慢して、弟達の面倒を見た。
たまに弟よりゆいちゃんの方が大変だったけれど……とにかく、思った。
子供を育てるのって、大変だ。
りょーくんは、どうして私を育ててくれたんだろう。
りょーくんと私は、赤の他人。
初めて会った時、りょーくんはきっと私の事が嫌いだった。でも直ぐに優しくなって、一生懸命に育ててくれた。
私はただただりょーくんのことが大好きだった。
だけど大人に近付くにつれて「なんで?」と思うようになった。
きっと聞けば答えてくれる。
でも、なんとなく聞けなかった。
だから代わりに喜ぶことをしようと思った。
部活は陸上を続けて、なんとなくのまま一番になった。
勉強も、ずっと百点だった。
中学校の勉強は、小学生の頃りょーくんに喜んで欲しくてやったところばかりで簡単だった。
ゆいちゃんは私に対抗して猛勉強していた。
結衣さんが一生懸命に教えていて、三年間でどんどん差が縮まった。
ゆいちゃんはガサツだから、よくミスをする。
だけど一回だけ百点を取って、その時は家でパーティをした。楽しかった。
この頃には大家族。
五人の弟と、二人の妹。
そしてお腹の中に、三人目の妹。
名前は柚ちゃんになるらしい。
家は毎日騒がしくて、いつも疲れた様子で帰ってくるりょーくんが、だけど皆の声を聞くと元気になる。だから私は家族が大好き。りょーくんが元気になれる場所が、とてもとても大好き。
ちょっとだけ大変だったのは、進路を決める時だ。
私は近くの高校に通うつもりだった。
だけど周りの人は言う。
陸上の名門校へ行きなさい。
一番の進学校へ行きなさい。
そんなに運動が出来るのに。
そんなに勉強が出来るのに。
どうでも良かった。
全部りょーくんが喜ぶからやっただけだ。
りょーくんと離れることになるなら、喜ぶ顔が見られないなら、そんなの意味無い。
「……高校、行かない」
三年の秋、私は結衣さんにそう言った。
結衣さんは一番下の妹を抱いたまま、短く返事をした。
「龍誠くんに、同じことを言いなさい」
それは結衣さんらしい言葉だった。
りょーくんに相談しなかったのは「高校に行きなさい」と言われるのが分かっているからだ。りょーくんは、お父さんだから。お父さんなら、そう言うしかない。
りょーくんは私のヒーローだ。世界で一番かっこいい特別な存在だ。そう思っていたから「普通のお父さん」になって欲しくなかった。
りょーくんに話をして、高校に行きなさいって言われて、私の中で普通のお父さんになってしまうかもしれない。それが怖くて、りょーくんに話すのは嫌だった。
だから結衣さんに相談した。
りょーくんの次に頼りになる人で、私にとっては普通のお母さんだから。
でもきっと結衣さんにはお見通しだった。
反対に、私は何も分かっていなかった。
「みさき、心配はいりません」
まるで私の心を覗き見たかのように、結衣さんは言う。
「みさきが大好きなりょーくんは、世界で一番かっこいい人ですよ」
こんなことを言われたら、りょーくんに話をするしかない。
だけど直ぐには話せなかった。
りょーくんと話をする機会は毎日あった。でも、りょーくんと二人で話すチャンスは、なかなか訪れなかった。
みんな、りょーくんが大好きだから。
りょーくんの側には、いつも弟達がいた。
私の側にも、弟達が寄ってきた。
かーくんだけはゆいちゃんにベッタリだけど、他の子は元気いっぱいだった。
まだ歩くことも出来ない妹達は結衣さんが面倒を見ていて、ゆいちゃんは頼りなくて、だから弟達のことを見るのは、ほとんど私か、りょーくんだった。
「みさきねーちゃん! オレきょう、かけっこでいちばんだった!」
「ん。あーくん、すごいね」
「すごいでしょ! しょうらい、みさきねーちゃんみたいになるんだ!」
「ん。頑張って」
りょーくんにしてもらったみたいに、弟の頭を撫でる。そうしていると、りょーくんが嬉しそうにこっちを見る。それを見ると、私も嬉しかった。
だけど、たまに思う。
弟達がずるい。
もうずっと前から、りょーくんは一緒にお風呂に入ってくれなくなった。体が大きくなってからは、りょーくんに抱き付いたり、肩の上に乗ったりするのが難しくなった。
私は、りょーくんと一緒にいたいだけ。
他には何もいらない。なのに、どんどん遠くなる。
りょーくんを独占して、思い切り甘えたい。
だけど、そうしたら、りょーくんが困る。
りょーくんは私が甘えたら困る。
そのことが、どうしようもなく辛くて、頭がおかしくなりそうなくらいに、痛かった。
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