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Case5. 反省会。太一の場合

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「あ、後輩くんだ」

「……本を、返しに来ました」

「おー、読むの早いね!」

 芽衣との勝負が終わった後、俺は先輩の元へ向かいました。
 単純に、本を返すためです。目的を済ませたら直ぐに帰るつもりでした。

「どう? 面白かった?」

「……はい。とても」

「後輩くん、今日は一段と暗い顔してるね」

「……雲になりたい」

「わぉ、重症だね」

「太陽に身を焼かれた雨粒ともがら達と、姿形を変えながら野を超え山を超え、何者でもない自分を思い知った後、母なる海の一部となりたい。あるいは降り注ぐ雨として人々に潤いを与えたい」

「……わぉ、重厚だね」

 謎のポエムを奏でてしまった。
 俺は頭を抱えて、先輩に背を向けます。

「帰ります」

「待って」

 先輩に手首を掴まれました。

「アニメ、観てかない? 笑えるやつ」

「ごめんなさい。今はちょっと」

「良いから! ほら!」

 先輩は強引に手を引きました。
 正直、力は弱い。振り解くことは簡単です。

「そんな顔の後輩くん、ほっとけないよ!」

 だけど、できませんでした。
 俺は先輩の小さな手によって席に座らされました。

 それから先輩は、宣言通りにアニメを再生しました。

 正直、笑える気分ではありません。
 しかし先輩はケラケラ笑っていました。

 図太い人です。
 もしも俺が逆の立場ならば、彼女のように笑うことはできなかったでしょう。

 だけど、いや、だからこそ。
 その屈託の無い笑顔を見ていたら、ほんの少しだけ胸が軽くなりました。

「やっぱり最高だったね!」

 エンディングが流れ始めたところで、先輩が俺を見て言いました。

「ごめんなさい。正直ちょっと」

「あははっ、だよねー!」

 先輩は大袈裟に笑った。
 その声が徐々に小さくなる。
 そして僅かな静寂の後、彼女は言った。

「なにがあったの?」

 自然と心が軽くなるような微笑みと、心の傷をそっと撫でるような優しい声色。

 それはもう、絶妙です。
 相談する予定はなかったのに、自然と口が動いてしまいました。

「……芽衣を、泣かせてしまった」

「どうして?」

「……胸を、揉みました」

「ど、どうして?」

 先輩の笑顔が少し凍り付いたような気がします。
 俺は胸の痛みが再発したのを感じながら詳細を伝えました。

「ふーん、なるほどね」

 話を聞き終えた先輩は、腕組をして深く頷きました。
 それからスゥゥゥと息を吸い込むと、

「触るよ! その状況!」

 と、大きな声で言いました。

「逆に失礼だよ! その状況で触らなかったら!」

「……そうでしょうか」

「そうだよ! むしろその子、触って欲しかったんじゃないかな!」

「……それは無いです。泣いてましたから」

「嬉し涙かも!」

「……先輩、胸を触られたら嬉し泣きするんですか」

 間があった。

「……するともさ!」

 とても恥ずかしそうな顔をしていた。

「ごめんなさい。俺なんかのために、そんな嘘まで吐かせて」

「噓じゃないよ」

「大丈夫ですよ。そんなに気を遣わなくても」

「ふふん。後輩くん知らないの? 恋愛マスター白柳楓とは私のこと。数々の乙女心を読み解いた先輩に分からないことは無いのだよ」

「でもそれ、小説の話ですよね」

「フィクションの向こうにはリアルがあるの! 恋愛小説は私達の心情を言語化してくれるものなんだから! むしろ現実よりもリアルなんだよ!」

 今日の先輩はテンションが高い。
 もちろん理由は分かります。俺を慰めようとしてくれているのでしょう。

「先輩は、本当に素敵な方ですね」

「……はぇ?」

 俺は長く息を吐いて、席を立ちます。

「少し元気が出ました」

「……そっか。それは良かった」

「お礼は、いつか必ずします」

「……」

「先輩?」

「ごめん。なんでもない。えっと、お礼だよね。うん、楽しみに待ってるね!」

 最後、少し気になる様子でしたが、あまり長居するのも悪いと思ったので、適当な挨拶だけして直ぐに帰りました。

 今日は大失敗でした。
 だけど、幸いにも次があります。

 日曜日、芽衣と映画を見る。
 先輩の言葉を鵜呑みにするわけではないですが、もしも本気で嫌われたのならば、このような機会は無いはずです。

 幼馴染の情けか、あるいは単純にお財布要因として都合が良かったのか……どちらにせよ挽回のチャンスです。次は絶対に失敗できません。

 ……先輩、本当に良い人だ。

 ふと思う。もしも先輩と話さなければ、芽衣を泣かせた後悔が日曜日まで残り続けたかもしれない。だけど先輩の明るさに救われて、今は前向きに考えられる。

 ……お礼、何が良いかな?

 日曜日の作戦を練る合間に、ふと思いました。
 アイデアは特に浮かばなかったけれど──その機会は、想像よりも早く訪れることになるのでした。
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