マジカルカシマ

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荒井里雨

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 オープンしたら遊びに来てねって送信してもらっていた地図を頼りに、俺が助手席で波路くんの運転をナビする。そのために後ろにお兄ちゃん、獅堂さん、富士さんの並び。濃い。りーちゃんはイケメンにあまり反応しないけど、さすがにこのメンツで行ったら驚くかな。

 そうだ先に言っといた方がいいよな。
従姉いとこは20代に見えますが富士さんと同い歳です。若く見られることを喜びませんので気を付けて下さい。頼りないって言われてる気がするって言ってました」
「へ~。そういう家系なんや」
 富士さんが肘でほんの少しだけ獅堂さんを小突いた。

 俺は気付いてないみたいにナビを続ける。
「次の信号を左です」
 俺は敢えて掘り下げずナビに戻った。こういう時にちゃんと言えたりうまく返せるなら、空気な学生生活を送ってない。

 お店に行くとシャッターが半分上がっていた。
「電話してみます」

 電話は3コールで出た。
「はい」
「今いい? お店の前まで来てるんだけど少し話せない?」

 返事はなくて、数秒後にりーちゃんがシャッターをくぐって出てきたけどすぐに背中を向けてしまった。俺だけだと思ったんだろう。知らない人と同級生に泣き顔なんて見られたくないよな。
「ご、ごめんね。ちょっと取り込んでて。でもせっかく来てくれたんだから、焼き菓子だけでも持っていって?」
 逃げるようにシャッターをくぐってお店に戻っていった。

「ちょっと待ってて下さい」
 みんなに言いながら俺も追いかけてシャッターをくぐる。

 りーちゃんはショーケースの向こうでペーパータオルを目に当てている。
「お父さんにケーキを作ったの。直接届ける勇気はなくて、柿原さんに注文してもらって出前って形で。でも食べてもらえなかった。お父さんの好きな食べ物、好きなデザイン、一生懸命考えたのに、見てももらえなかった。さっき食べてくれたか電話したら『そんなことより結婚相手が決まったから顔合わせの日時と場所を後でメールする』って。『そんなこと』なんだっていうのとお見合いじゃなくていきなり結婚相手を勝手に決めちゃったんだって思ったら……。
 ごめんね、せっかく来てくれたのに。練習で作ったのがあるから一緒に来た人たちにも好きに選んでもらって?」

 伯父さんが反対してるとは聞いてたけどそこまでのレベルだったんだ。しかも今どき政略結婚?
 っていうか、待って、それって、つまり、りーちゃんは誰かの依頼じゃなくて自分であのケーキを作って伯父さんに食べさせようとしたってこと?

「それで結局俺が食べたんだけど、どうしてあんな文字を書いたの?
 お店の名前と全然関係ないよね?」

 驚いて振り向いたりーちゃんは心配そう。
「食べたの!? 念のため良ちゃんは書かれた文字を言っちゃダメ。
 あれはおまじないだから。
 『マジカルカシマ』って書かれた物を食べてその言葉を声に出すとどこかへ連れてってくれるんだって。連れて行かれた子は元いた場所の記憶にも記録にも残らない。
 あれを食べたお父さんに『私のお店の名前は?』って電話するつもりだった。それでどこかに連れていかれればいいのにって」
「具体的な場所は分からないんだ?」
 りーちゃんは驚いた表情。びっくりっていうより不思議なものを見るみたい。
「信じてるの?
 『連れて行かれた子は元いた場所の記憶にも記録にも残らない』って、どう考えても嘘の辻褄合わせでしょ」

 シャッターに背中をつけて外にも聞こえるように話す。
「本当だよ。この3人はその捜査に来た刑事さんと陰陽師なんだ」
 4人がシャッターをくぐって入ってきた。お兄ちゃんは基本、人前では姿を消す。
「陰陽師の獅堂しどう獅子吠ししおうです」
 仕事中の獅堂さんって声まで変わるんだよな。

 富士さんも警察手帳を見せた。
「富士くん!?」
 気付いてなかったんだ。
「お久し振りです。個人情報は守りますので、ただの刑事だと思って下さい」

 波路くんは控えめにお辞儀した。
「私は陰陽師ではありません。獅子吠さまにお仕えする者です」
「お仕えというか相棒です」
 被せるように言う獅堂さんはそれでも静か。

 お兄ちゃんは普通に話し始める。だからって周りに見えているとは限らないから反応していいのか困るんだよな。
「つまりあのケーキは届け先を祝うものではなく、ここの開業挨拶にみせかけた反対してる伯父さんを消すための物だったんですね」
 お兄ちゃんは今の会話を聞いていたんだな。驚いたのが富士さんだけってことは獅堂さんと波路くんも聞いていて、りーちゃんにはお兄ちゃんが見えてないし声も聞こえてない。

「りーちゃん、伯父さんを本気で消すつもりだった訳じゃないんだね?
 おまじないのケーキも1個だけだよね?」
 ここで頷いてくれたらただの悪ふざけってことで済むかもしれない。りーちゃんはおまじないを完全に信じてたわけじゃないんだ」

「ケーキは1個だけ。
 おまじないは信じてなかったけど本当だったらいいなって思ってた。
 もし消えなくても、そこまで私に関心が無いのに虫が良すぎるって暴れてしっかり絶縁しようと」
 そしてエプロンを取ってガラスケースのこっち側へ出てきて、両手首を差し出した。
「まさか受け取ってもくれないとはね。
 つまり誘拐未遂ってこと? 私は誰に捕まるの? 刑事さん? 陰陽師さん?
 っていうかそういう人にちゃんと頼めばよかった。呪詛って本当にあるんだ? だったらいっそ」
 獅堂さんへの視線を遮るように、富士さんがりーちゃんの前に立った。
「違うだろ?
 ケーキ屋を続けたい。それが本当の願いだろ?
 小学生の頃から『お店の名前も決めてるんだ』って楽しそうに話してたじゃないか」
「だからそのためにはお父さんが!」

 富士さんがりーちゃんの両肩を強く掴んだ。
「おじさんに自分を見て欲しかっただけ。いなくなればいいなんて、見てもらえないならいっそってヤケになっただけだろ?」
 そう言ってくれって縋るような富士さんに見つめられて固まるりーちゃん。2人を見つめる獅堂さんは冷静。

「情状酌量ですか?
 それは荒井さんのこれまでよりも術への認識次第ですね」
 仕事中の獅堂さんって本当に別人。
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