マジカルカシマ

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蓮と葵

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 カルテを一通り確認してから富士さんたちに訊いてみる。
「気になる患者さんはいましたか?」
 富士さんが沼田さんに向かって小さく手を上げた。
「そういえば、鹿島さんという患者さんがいたことはありませんでしたか?」
「論文に関連の無い個人情報はお答えできません」

 事務的な沼田さんに富士さんは微笑んだ。
「すみません。ちょっと探している方がいるのでついでにと思いまして。
 ちなみに浮草さんは?」
「ですからお答え……でき、ませんと……。
 すみません、少し体調が」

 沼田さんはカルテのラックを掴みながらうずくまってしまった。

 支えながら、ナースステーションの出入り口の向かいの部屋を確認する。そこは急変しそうな患者を一時的に連れてくる部屋だ。名札は「浦和」の1枚だけ。ベッドが空いてる。
「富士さん、ナースステーションが無人にならないように誰か呼んできてもらえますか?
 そこの浦和さんの部屋にいます」
「分かりました」

 沼田さんを抱き上げようとしたら遮るようにお兄ちゃんが抱き上げた。
「彼女は僕が運びます。良ちゃんは念の為必要そうな物の準備を」
 そこで終わってたらかっこよかったのに。
「良ちゃんが他の人をお姫様抱っこするなんて耐えられません」
 冷静な判断っぽい流れのまま何言ってるんだこんな時に。っていうかお兄ちゃんのことだってしないから。

 俺の反応を待たずに獅堂さんが開けてくれるドアからドアへと向かう動きに無駄は無い。俺も沼田さんの使っているらしい聴診器や血圧計の乗ったワゴンを見つけて追いかけた。
 浦和と名札のついたベッドに眠っているのは小学校に上がるくらいの女の子でバイタルは低めなものの安定してる。お邪魔させてもらおう。

 沼田さんの血圧にも脈拍にも異常は無いから獅堂さんに引き継ぐ。
 獅堂さんが波路くんに向かって人差し指を立てると、波路くんがポップコーンバスケットを開けて蝶が出てきた。獅堂さんの指に止まってから、沼田さんの額へと移る。
 そして獅堂さんの指に戻って、獅堂さんが窓を開けると外へと飛んでいった。

 獅堂さんは窓を閉めて沼田さんを見下ろした。
「体力もあるみたいやから失礼するで」
 りーちゃんにしたみたいに額に手を当てる。

 富士さんも合流して、やっと手を離した獅堂さんは珍しく言葉を探している。
「まあ、なんや。あれや。ちょっとあれしたんがあれみたいやな。
 それで浮草葵はマジ子ちゃんを呼んでもうたんやろな」

 さっぱり分からない。ケンカして消えてしまいたいと思ったとか?

 富士さんはそれでも次の質問を見つけていた。
「呼んでもうたというのは偶然? それとも故意に?」
「ん~~、ちょっとヤケになったんかな?
 苦手やねん! この手の話!」
「なるほど恋愛関係か」
 バディを組んで1ヶ月も経ってないのに、富士さん凄い。

 沼田さんが目を開けて起き上がった。
「沼田さん、体調はどうですか?」
「いつもより良いくらいです」
 確かに顔つきが違う。

 つい素に戻っていた獅堂さんがもう仕事モードになってる。
「術が解けたためでしょう」
「術?」
 まあ、そういう空気になるよな。

 獅堂さんは怪しむ沼田さんにも穏やかに続ける。なんだか頼もしい。
「思い出したんでしょう? 浮草葵さんのことを」
「思い出すって?」
 今度は忘れてたことを忘れたのか。

 獅堂さんは変わらないトーンで続ける。
「彼女は今どこに?」
「どこって今日のシフトは……いつもは把握してるんですけど」

 困惑している沼田さんを落ち着かせるような富士さんの低い声が響く。
「連絡を取ることはできますか?」
「スマホを見てきます。休憩室では通話できるので」
 病棟ごとの休憩室に行く沼田さんを俺たちはここで待つことにした。私物の多い部屋にお邪魔するのは気が引ける。

 沼田さんは意外とすぐにスマホを持って戻ってきた。
「消えてます。葵の番号もアドレスもないんです」
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