マジカルカシマ

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マジ子ちゃんの能力

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 ドアを開けたまま立ち止まっている沼田さんを富士さんが中へ促して、獅堂さんがお見舞い用のイスを沼田さんに用意する。波路くんがトイレと同じお札をドアに貼った。浦和さんは眠ったまま。

 まだ少し動揺している獅堂さんに対して富士さんは冷静。
「浮草さんから何かおまじないについて聞いたことはありませんか?
 呪文の名前は決して言わないで下さい。条件を満たしている人が言うと消えてしまうんです」

 沼田さんは真面目に思い出そうとしている表情で遠くを見た。
「ありませんね」
 沼田さんの視線が何かに定まった。

 そして目を凝らして呟いた。
「マジカルカシマがなくなってる」
 その瞬間、沼田さんと浦和さん以外の全員が身構えたけど何も起きなかった。

 数秒して富士さんが優しく念を押す。
「沼田さん、呪文は言わないようにお願いします。今回は無事でしたがいつ条件が満たされるか分かりません」

 沼田さんは不思議そう。
「呪文? こちらの患者さんのぬいぐるみです」
 どういうこと? って思ってるだけでどう訊けばいいのか分からない。

 富士さんも少し考えた。
「そのぬいぐるみはどういった経緯でこの子の元へ?
 あと画像か何かがあれば見せていただけますか?」

 沼田さんは立ち上がって浦和さんの床頭台しょうとうだいに飾るように開いてあるスケッチブックを手のひらで指した。
「あの絵を元にしたオーダーメイドです。『おだぬい くるみ』というぬいぐるみ作家さんがいて、素材から選ばせてくれるんです」
 スケッチブックには小学校に上がったかどうかという子が書いたような絵。ベッドに眠っている子の年齢と一致する。その年齢らしいか、本当は上手だけど力がうまく入らないのかっていう絵だ。
「耳とワンピースは同じと見ていいでしょうね」
 獅堂さんは動揺と仕事モードを行ったり来たりしてるみたい。
「なんで黒マントを足したんや?」

 沼田さんは獅堂さんの言葉が気に障ったみたいに見上げた。
 それから浦和さんを背中で庇うように俺たちとの間に立って、獅堂さんと富士さんを順番にきつめの目で見る。
「どちらのご出身ですか?
 先程の『ちょっとした事情』というのは?」

 獅堂さんが完全に仕事モードに戻った……のか? なんか辛そう
「出身は一言でどことは言いがたい事情がありまして」
 富士さんは普通。
「ぬいぐるみの名前から、作ったのが苗字か地名に関係があるかもと予想しただけです」

 沼田さんは2人の目を順番にしっかり見つめてから警戒を解いた。
「この子は離婚したお父さんが復縁か親権を主張していて、見つからないように名前を隠しているんです」
 富士さんは意外そう。
「病院で偽名を使うというのはミスの元なのでは?」
「リストバンドで確認していますし偽名ではありません。お母さんが再婚して今は本当に浦和姓で、下の名前を書いていないだけですから。
 すみません。富士先生と獅堂先生を警戒したのはお父さんが鹿島姓で関西生まれの医師だからです。お父さんの協力者かと」

 富士さんが話を戻す。
「誤解が解けたのならそれで。
 『おだぬい くるみ』について教えていただけますか?」
「お母さんのお話ですと、メイドさんの格好をしたかわいい男性です。
 2トントラックに生地や飾りのサンプルを積んで家まで来て直接選ばせてくれて、のあちゃんはとても懐いていたそうです。
 私にも、くるみちゃんがいかに可愛いイケメンだったかを話してくれたことがあります。
 ぬいぐるみもとても大切にしていて……スケッチブックが立て掛けてあったところにぬいぐるみが座っていたんです。いつの間にスケッチブックになったのか」

 獅堂さんが眠っているのあちゃんを見つめた。
「マジ子ちゃんの気配は無いな。こういうことをする素質はあるけど容量が無い」

 沼田さんが何か言おうとした。いや、言おうとはしてないな。「こんなこと言っても」くらいの感じ。
「沼田さん、どうかしましたか?」
「いえ」

 富士さんが騎士みたいにしゃがんで沼田さんを見上げる。
「気になることがあれば何でも仰って下さい。どうしました?」
「お母さんが再婚なさったのはつい最近で、それまでは1人で仕事もして看病もしてって生活だったんです。入退室の際にお声掛け下さいと何度も言っているのに、お忙しいのと『本気と書いてマジと読む』って性格からか『ちょっとでも長く顔見たいんすよ』といつの間にか病室にいらっしゃったりお帰りになっていたりで、瞬間移動でもしているのかと思ったことが何度か。
 すみません、わざわざ話すようなことではありませんよね」

 微笑んで首を振る富士さんより先に、獅堂さんが真面目な声で少し急いでいるみたいにお礼を言った。
「いえ。とても重要な情報をありがとうございます」
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