2 / 25
1
しおりを挟む私の初恋の相手は、イシュラスの王子、ランスロットだった。あの時の事は、まるで昨日のことのように覚えている。私は当時、12歳だった。
まだ恋だの、愛だのといった感情に無縁だった私は、あっという間に彼の虜となり恋に落ちた。
厳しい気候で知られるイシュラスの春は、とても美しい。
雪解け水で潤った庭園は、小鳥の囀りで満ちる。庭木の瑞々しい若葉がいっせいに芽吹き、色とりどりの花が我を競って咲き誇る。長く厳しい冬を耐え、ようやくに訪れた春の息吹に、皆一様に顔色は明るかった。王侯貴族たちにとっても、その光景を見ることは、気持ちが浮き立つものだからだ。
そのため、春から夏にかけては諸外国の賓客も迎えて頻繁にパーティを催す。イシュラスと交流があったアイリスも、例外ではなかった。
それは、挨拶がてらに、母に付き添われてパーティに参加した時のことだ。
普段、私の喋り相手といったら、侍女のエオラか、家庭教師ぐらいなものだった。
ほとんど部屋から出たことが無く自室にこもりがちで、珍しく外出したとしても用事を済ましたらすぐに戻るので、これほどに人が集まる場所に出向くのは、初めての経験だった。
パーティの会場は、どこから、こんなに人が集まったのかと目を疑うほど、人でごったかえしており、私は人酔いをした。
お母様は、私の手を握りながら、介抱してくれた。そして、苦笑いをしながら、困ったように微笑んだ。
「この子ったら、人見知りなんだから……、私譲りの白銀の髪に、翡翠色の瞳……、レティアは可愛いんだから、あのお嬢さんみたいに愛想をふりまけば、すぐに人気者になるわよ」
「人気者なんかになりたくないわ。いくつ心臓があっても足りないもの……」
しばらくすると吐き気もおさまったので、お母様の視線の先にいる女の子を見ようとした。その時、偶然にランスロット王子が視界に入った時の衝撃と言ったら、例えようのないものだった。
風に靡く金の髪と朗らかな笑い声。どんな淑女であっても、彼を見たら恋してしまうのではないかと思えた。
まだ私も幼く、どうしようもなく鈍かった。その時に感じた衝撃と、胸に宿った熱い炎が、恋だったということに気がつかされたのは、それから1年ぐらい後に侍女のエオラに指摘されてからだ。
そうして気がついた時には、私の恋敵は、数えきれないほどいた。
彼の周囲には、美女が取り囲んでいた。ランスロット王子は、その場にいるだけで華があり、立派な男性に思えた。
私は争い事が苦手だった。こんなに美しい女性たちに慕われているのであれば、私のことを振り向いてくれる可能性は万に一つも無いだろう。
自分の胸をチラリと見る。年齢的にも彼には釣り合わない。悲しいぐらいにペッタンコの自分の胸に、ため息をついた。
このままでは、ランスロット王子に関心を向けてもらうことでさえ困難だ。例え関心を向けてもらえたところで、女としては、とても見てくれないに違いない。
ランスロット王子ぐらいに素敵な男性だったら、周囲の女性が放っておかない。私が大人になるのを待ってもらう間に、彼は他の女性を娶ることになるだろう。私の初恋は早々に諦めるしかないようだった。
「ほら、お姉さま。その奇麗なドレスは、お飾りなの? あっちに行きましょうよ」
頬を薔薇色に染めた異母妹が、私を誘ってくれたが、私は具合が悪いことを理由に、首を振って椅子に腰かけた。どうせ、散々私の悪いところをからかって、話のネタにするつもりなのだろう。
それに、異母妹の機嫌を損ねるよりも、ランスロット王子を見ていたかった。こんな機会は滅多に訪れるものではない。お母様には気がつかれないように見ていたつもりだけど、私の考えなどお見通しだったようで、生温かい視線で私を見ていた。
「ランスロット王子が気になる?」
「いッ、いえ……」
確信を突かれて、狼狽したが、ジュース入りの透明なグラスを落とすという無様な失態は、どうにか避けることが出来た。
「そう……。それならレティア、もう帰りましょう。風も冷たくなってきたわ」
「…………はい、お母様」
ランスロット王子のことは諦めたとは言え、彼のことを、すぐには忘れられそうにも無かった。その恋心を無かったことにするには、すでに手遅れだった。
理屈ではない。
誰よりも彼の近くに居たいという渇望で心が軋んだ。忘却するには時間がかかりそうだった。記憶を故意に失うことが困難であるように、報われない想いを断ちきる自信が無かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
99
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる