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しおりを挟む嫁いでから数か月は、慣れない言葉と生活習慣の違いに悪戦苦闘の日々だった。何よりも、ランスロット王子のことが忘れられなくて、デルクとの親密さが増すにつれて、罪悪感のようなものを感じていた。とても良くしてもらっているのに、愛情をかけてもらっているのに、心から愛することができない、そのもどかしさから、心身に不調をきたしていた。
お母様だったら、こんなみっともない姿を見せることはないだろう。その子供である私が、その名を穢すことはしたくない。
けれども、頑張れば頑張るほど情緒は不安定さを増していった。
なんでもないところで涙を零して皆に心配され、次第にふさぎこみがちになっていた。
そんなある日、寝室に戻ってきたら疲れがどっと出てきて、夜会服から着替えぬままベットの上に倒れこんだ。起き上がることも困難であったため、少しだけと思って瞼を閉じたら、本当に寝てしまったようだ。
どのくらい時が経ったのかはわからない。
誰かが、近づいてくる気配を感じた。寝ている私に気遣っているのか、用心深く足音を消しながら歩いているようだ。
デルクが寝室に戻ってきたのだ。
出迎えようとしても瞼が重くて、起き上がることさえままならない。うっすらと瞼を開けると、そこには笑顔のデルクがあった。私が目を覚ましたことに気が付くと慌てた様子で、しかし赤ん坊に喋りかけるように、優しく喋りかけた。
「レティア、寝ていていいんだよ」
そして、そっと羽毛布団をかけられた。なぜだろう、その時、心に満ちるものがあった。これは愛ではない。けれども、この数か月だけでも私は彼を兄のように慕っていた。
とても、とても大切な人。
ランスロット王子への恋心は、彼に対する裏切り行為である。だからこそ、私は自己嫌悪した。私は何もかも忘れて、デルクに恋をしたかった。こんな苦しい思いなんて知らなければ良かったと、心から思う。恋を知らなければ、きっと私は彼に夢中になれた。
優しい真綿でくるまれるように、幸せな心地になったに違いない。けれど、それではだめなのだ。どこかで感じる違和感。
両者の間にあるのは、愛という名の繋がりでない。デルクは、感じていないのだろうか。
「……ねぇ、デルク……、私のどこが好きなの……?」
いくら私が白薔薇姫と呼ばれていても、飛びぬけて美しいわけではない。デルクの優しさが怖くて、聞けなかった言葉が、零れ落ちた。
私の問いに、デルクは神妙な顔つきで考え込んだ。
「そうだな……全部って言いたいところだけど。……レティアは……、僕の話をとても楽しそうに聞いてくれるだろう? ディーンの畔に住んでいた小人の精を覚えているかい」
「なんで、そのことを」
それは墓まで持っていく、小人との秘密のはずだった。彼らは普通の人間では見ることが出来ない。
昔は小人以外に誰も住んでいない山奥を住処にしていたが、山が切り開かれ、田畑に変えられ、その都度、住処を変えざるを得なかった。
けれども、彼らは森の精だ。
不毛の大地が多いアイリスでは、住めるところは限られている。彼らはアイリスの国王に窮状を訴えた。そうして整備されたのが、イシュラスとの国境に流れるディーン川の畔にある山林である。そこは元来、女神信仰で国によって原始の自然が守られていた地区だった。
お母様も女神様を信仰していたので、週に1度は、その場所を訪れていた。私は彼らが大好きだった。顔だけ見えたかと思ったら、次の瞬間には肩の上に現れた。私と小人は仲良しだった。
生まれたころから、小人を目にしていたので私にとって小人たちがいるということは自然なことだった。それが極めて珍しいものだということを知ったのは、ココルという名の、頭でっかちな小人がカタコトで喋りかけてきてからだ。
人の言葉で喋ることのできる小人を見たのは初めての経験だったので、あの時は相当に驚いた。
「も、しかして……」
その小人は、小さなつむじ風を巻き上げながら、私の肩にとまり、ここではこんなことがあった、あんなことがあったと、喋りかけてきた。
「……、長年、魂を悪戯好きな小人に盗まれていてね。小人として生活をしていたんだ」
「嘘……? ココル、なの……!?」
「そうだよ。……ずっと人間に戻ったら、レティアをお嫁さんにするんだって、思っていたんだ。だから僕は、君の顔を見れるだけで幸せでね。小人は森からはなれることが出来ないから、君が来るのだけが心の支えだったんだ。7日に1回……、今思っても、長かったな……」
例え、茨の様な道を歩んだとしても、幸せは絶えずどこにでも転がっているのだろう。
私が望んでいた、夢物語のような恋愛とは違うのかもしれないけど、彼と生きれば、さぞかし楽しいだろうと、思った。
私は、知らず知らずの内に、笑顔になっていた。
何時か、世界中をまわりたい、とココルは言っていた。今もそれは変わらないらしい。今まで、デルクが手土産として私に持ってきたものについて話が変わると、それにまつわる話に花が咲いた。
デルクと他愛のない話をして、優しい夜は更けていった。
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◆◇◆◇◆◇◆
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