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過去
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「……兄様を怪我させるような友人は、友人と呼べるのですか? 距離をとって、関係を絶つべきですよ」
よく見ると、兄の腕や顔に痣があった。余程暴力的な男なのだろう。
侍従は、母親を不慮の事故で失い、父親は病気で子を育てる能力がなく、親戚中をたらい回しにされて育ったと聞く。酒に溺れ、必要以上に食べるようになったのは、不幸な過去が起因している可能性があったが、だからといってニーナに手を出して良いということにはならない。
ニーナが受けた苦しみ以上の罰は受けるべきだ。その過程で死んだとしても、さりとて問題はないが、色恋沙汰に手慣れている兄の代わりが、あの侍従に務まるのか不安になった。
「それがねぇ、私よりも身分の高い男だから、命令に従わないと後が怖いんだよね。けれど、私は妻子持ちだからね? 王都の滞在が予定よりかなり長くなっていているのは、いくらなんでもまずいんだよ」
ルークスは「お土産を期待して待っていなよとか、余計なこと言っちゃったからねぇ」と、ため息をついた。男は趣味と豪語するルークスでも、家族は大事なのだろう。何しろ、ルークスの妻は、とても美しく聡明な女性で、ルークスも彼女のことを気に入っており、傍から見ると仲睦まじい夫婦だった。
「まぁ、そんな面白みに欠ける話より、温室を見せて貰えるかな? マリオンが卵から孵した蝶人間に興味があるな。少しは食べるようになったの?」
「えぇ、ちょっとずつですけど、食事の量が増えてきています。……兄様なら喜んで、ご案内しますよ!」
マリオンは喜々としてルークスに温室を案内した。ルークスは、マリオンの手から餌を食べるニーナに興味津々だった。
「これって、雄とかいるの?」
「居るとは思うけれど……恥ずかしながら、まだこの子しか羽化に成功してないんです」
マリオンが羽化させた蝶人間はニーナだけだ。それも、運が良かっただけかもしれない。たまたまニーナが強い子供だったから、羽化出来ただけなのかもしれない。
卵の状態から世話を続けて、羽化して大人になった蝶人間は高く取引される。
それだけ蝶人間の飼育は困難を極めるからだ。蝶人間の雌は卵を産み付けた状態で放棄することが多い。そのため、卵が孵る確率は、人の手が加わったほうが高くなると聞いている。
「マリオンは、また育てるつもりなのかな?」
「……僕は、蝶人間の飼育に対する知識も、経験も足りていません。それはニーナが羽化する時に、痛切に思いました。これからの人生で学んでいったとしても、生存の確率が少し上がるだけで、確実な羽化は存在しないと思います。でも、僕はニーナのお友達が欲しいんです。だから、もう少しニーナが元気になったら、奴隷商から卵を買おうと思っていて」
元々蝶人間は群れで生活する習性がある。ニーナの元気がない原因は取り除いたけど、やっぱり1匹だけで飼育するのは可哀想だと思っていた。
「……雄の蝶人間が羽化したら、見せてくれないかい? 良い子が居たら飼いたいな。相場に色を付けて買うよ。手紙を書いてもらったら、すぐに来るからさ」
「わかりました。元々雄の蝶人間だったら、奴隷商に売るつもりでしたし」
マリオンはルークスの頼みに、二つ返事で了承した。兄弟だから、どこかしら趣味は似ている。
蝶人間の見た目はとても美しい。どうせ兄のことだから、雄の蝶人間を愛でたいのかもしれない。そう思ったのだ。
「と、なると私の屋敷にも温室を用意したほうがいいのかな? 本邸……ではなく、別邸かな。どうやってマリオンは、この温室を手に入れたんだい?」
「僕が知っていることなら、すべて教えますよ」
身内で、蝶人間の理解者が増えるのは良いことだ。しばらくは、兄との手紙のやり取りが増えそうだな、と思いながらマリオンはニーナの頭を撫でた。
よく見ると、兄の腕や顔に痣があった。余程暴力的な男なのだろう。
侍従は、母親を不慮の事故で失い、父親は病気で子を育てる能力がなく、親戚中をたらい回しにされて育ったと聞く。酒に溺れ、必要以上に食べるようになったのは、不幸な過去が起因している可能性があったが、だからといってニーナに手を出して良いということにはならない。
ニーナが受けた苦しみ以上の罰は受けるべきだ。その過程で死んだとしても、さりとて問題はないが、色恋沙汰に手慣れている兄の代わりが、あの侍従に務まるのか不安になった。
「それがねぇ、私よりも身分の高い男だから、命令に従わないと後が怖いんだよね。けれど、私は妻子持ちだからね? 王都の滞在が予定よりかなり長くなっていているのは、いくらなんでもまずいんだよ」
ルークスは「お土産を期待して待っていなよとか、余計なこと言っちゃったからねぇ」と、ため息をついた。男は趣味と豪語するルークスでも、家族は大事なのだろう。何しろ、ルークスの妻は、とても美しく聡明な女性で、ルークスも彼女のことを気に入っており、傍から見ると仲睦まじい夫婦だった。
「まぁ、そんな面白みに欠ける話より、温室を見せて貰えるかな? マリオンが卵から孵した蝶人間に興味があるな。少しは食べるようになったの?」
「えぇ、ちょっとずつですけど、食事の量が増えてきています。……兄様なら喜んで、ご案内しますよ!」
マリオンは喜々としてルークスに温室を案内した。ルークスは、マリオンの手から餌を食べるニーナに興味津々だった。
「これって、雄とかいるの?」
「居るとは思うけれど……恥ずかしながら、まだこの子しか羽化に成功してないんです」
マリオンが羽化させた蝶人間はニーナだけだ。それも、運が良かっただけかもしれない。たまたまニーナが強い子供だったから、羽化出来ただけなのかもしれない。
卵の状態から世話を続けて、羽化して大人になった蝶人間は高く取引される。
それだけ蝶人間の飼育は困難を極めるからだ。蝶人間の雌は卵を産み付けた状態で放棄することが多い。そのため、卵が孵る確率は、人の手が加わったほうが高くなると聞いている。
「マリオンは、また育てるつもりなのかな?」
「……僕は、蝶人間の飼育に対する知識も、経験も足りていません。それはニーナが羽化する時に、痛切に思いました。これからの人生で学んでいったとしても、生存の確率が少し上がるだけで、確実な羽化は存在しないと思います。でも、僕はニーナのお友達が欲しいんです。だから、もう少しニーナが元気になったら、奴隷商から卵を買おうと思っていて」
元々蝶人間は群れで生活する習性がある。ニーナの元気がない原因は取り除いたけど、やっぱり1匹だけで飼育するのは可哀想だと思っていた。
「……雄の蝶人間が羽化したら、見せてくれないかい? 良い子が居たら飼いたいな。相場に色を付けて買うよ。手紙を書いてもらったら、すぐに来るからさ」
「わかりました。元々雄の蝶人間だったら、奴隷商に売るつもりでしたし」
マリオンはルークスの頼みに、二つ返事で了承した。兄弟だから、どこかしら趣味は似ている。
蝶人間の見た目はとても美しい。どうせ兄のことだから、雄の蝶人間を愛でたいのかもしれない。そう思ったのだ。
「と、なると私の屋敷にも温室を用意したほうがいいのかな? 本邸……ではなく、別邸かな。どうやってマリオンは、この温室を手に入れたんだい?」
「僕が知っていることなら、すべて教えますよ」
身内で、蝶人間の理解者が増えるのは良いことだ。しばらくは、兄との手紙のやり取りが増えそうだな、と思いながらマリオンはニーナの頭を撫でた。
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