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第三章 金・金・金
四十五話 マネーパワー
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「ふう……」
大きい方をひり出したバグウェットは、すっきりとした腹をさすりながらトイレから出た。
最近の彼は妙に便通が良く、形も、硬さも最高級品質の便を生産していた。
高性能便生成機と化した彼が二人の所に戻ると、ちょうど『マネーパワー』という番組が始まるところだった。
フリッシュトラベルタに限らず、ありとあらゆる街の金持ちたちを紹介する番組で、金持ちが持っている車や宝石、理解しがたいコレクションの自慢。
更には謎のルーティンから、意識高いを通り越した食生活などを紹介する。
バグウェットは、正直この番組が大嫌いだった。
金持ちのバカ高い家を見て、わけわからない値段のメシを見て、理解できないコレクションを見て、一体なにが面白いのか。
たまにやる金持ちが高い買い物をする企画も嫌いだった、金持ちが金を使ってるのを見て、そこから一体なにをどう糧にしろというのか。
だが彼がどれだけこの番組を嫌おうとも、二年も続くだけの支持をこの番組が集めているのは揺るがない事実であり、結局彼の……というか金の無いバグウェットの妬み嫉みはこの番組に何ら影響を与える事はできないのだ。
「あ、バグウェット戻ってきてたんだ。ちゃんとトイレットペーパー変えた? この前みたいにわざとギリギリで残してないよね?」
「うっせーな、変えたっつうの」
面倒くさそうに顔をしかめたバグウェットを見て、シギは彼が紙を変えてないという事に気付いた。
リウは彼の言い草に若干ムカついたが、変えたのならいいかと許す。
「んな事よりそんなくっだらねえ番組見んじゃねーよ、変えろ変えろ」
心底嫌そうな顔で、バグウェットは画面を見る。
「まあまあそう言わずに」
「あほくせえ、こんなん見ても一つも身になりゃしねえよ」
「そんなに面白くないの?」
「違います、ただの貧乏人《バグウェット》の僻みですよ」
バグウェットはシギに拳骨を食らわしてから、仕方なさそうに番組を見る。
この日の内容は、フリッシュトラベルタに住んでいる一人の大金持ちの特集だった。
『……というわけでですね、今回はフリッシュトラベルタ……いや世界有数の大富豪、スクラピア・プルーシオス氏の自宅を訪れております。いやぁ、さすがの大豪邸でわたくし圧倒されております!』
興奮気味のレポーターは豪邸内を歩き回る。
妙に輝いている壺、よく分からない絵画、磨き上げられビカビカと輝く赤い車。
若い男性レポーターは終始興奮気味で各所を紹介しているが、金無し三人組には絵も車も壺もどれだけすごいのかよく分からない。
『それでは一通り家の中を見終わったので、スクラピア氏にコメントを頂きたいと思います!』
ここでようやくスクラピアが姿を現す流れになった。
今まではレポーターが一人で家の中を歩き回っていたが、その時間はどうやら終わったらしく、バグウェット達の事務所の五倍はあるだろうリビングで話を聞くようだ。
『どうも』
軽く頭を下げて現れたのは、サングラスをかけたいかにもやり手のような雰囲気を醸し出す男だ。
整えられた顎髭、若干ウェーブの掛かった茶髪の男は仕立ての良い薄いグレーのスーツに身を包んでいる。
彼は静かに、なんだかもうめちゃくちゃに高そうなソファーに座った。
そこから始まった話は取るに足らない退屈なものばかり、だがそれはどちらかといえば男性レポーターの方に非があるように三人は感じていた。
なぜなら話をしている二人の生活水準や物の考え方、価値観がズレているために話が盛り上がらず、なおかつ繋がっていないように見る者は感じてしまう。
「なぁ、やっぱり面白くねーよ。別の見ようぜ、別の」
「そうだね……ちょっとこれは見てる世界が違いすぎるかな」
「今回はちょっと外れでしたね」
シギが立ち上がり、番組を変えた。
それからしばらくはダラダラと過ごしていた三人、忙しなく動かずとも腹と金は減ってく。
時刻はすでに17時を過ぎていた、何か食うかというバグウェットの言葉でシギとリウが冷蔵庫等を見たが、ちょうど食材を切らしてしまっていた。
「しゃーねえ、外で食うか。おめーら準備して来い」
「はーい」
「分かりました」
二人がいなくなってから、バグウェットは窓を開けて煙草を吸いだした。
外は雨が降り続いてる上、すでに暗くなってきている。湿った空気の臭いが、彼の鼻に煙草の煙と一緒に入って来た。
二人はそう時間をかけずに戻って来た、バグウェットもいつものようにコートを羽織り外に出る。
「それで今日はどこで食べるの? またジーニャさんとこ?」
三人は雨のフリッシュトラベルタを傘を差して歩く、本来であれば三つの花が咲く所だが残念ながら花は二つしか咲いていない。
事務所には傘が二つしかないのだ。
というわけで、バグウェットと子供組に別れて傘を差す。
「いや、今日は違う店だ」
あえて多くは語らずに、バグウェットは二人の先を行く。
リウは隣のシギに行き先を尋ねたが、着いてからのお楽しみとばかりに何も教えてくれない。
もったいぶった言い方に、リウが小さくため息を吐く。
雨と季節のせいか吐き出した色は濃い。
何か温かい物を口に入れたくなるような、そんな夜だった。
事務所を出てから三十分、バグウェットたちの事務所に一番近い十二の大通りの一つ、アーテル通りを中心部とは反対に進み目印のレボルシオン記念公園から東に五分ほど歩いた路地裏にある店。
そこに彼らは辿り着いた。
外観はレンガ調の落ち着いた造りの店で、煌びやかな街に慣れていると物足りなさを感じてしまう。
扉の前には雨風に晒され、文字が薄くなってしまった『営業中』の札が下がっていた。
傘を閉じ、水を払って三人は店の中へ入る。
扉を開くと、曇っているが聞き心地の良い音がカラコロと鳴った。
「いらっしゃいま……っと君かバグウェット君」
「よおマスター、とりあえずコーヒー頼む。あっついやつな」
店に入ると、カウンターには白髪で線の細い老人がグラスを磨いていた。
彼はバグウェットを見るなり、柔らかい笑顔を見せる。
導かれるでもなく、バグウェットは二人を連れて彼の前のカウンター席に座った。
「来る頃じゃないかと思ってね、コーヒーだけは用意しておいたんだ。ええと、ブラック一つと甘いの一つ、そちらのお嬢さんは?」
「あ……甘いのでお願いします」
三人の前にはあっという間にコーヒーが並ぶ、バグウェットはブラック、リウのは少し甘いやつ、そしてシギは砂糖が水面から顔を出している特別仕様だった。
リウは、自分の前に置かれたコーヒーを一口飲む。
普段から事務所でもコーヒーは飲んでいる、そこまで珍しくはないものだという軽い気持ちが彼女の中にはあった。
……浅い、なんという浅い考えを持っていたのかと自分を責めたくなる衝動に
彼女は駆られていた。
いつも自分の飲んでいるものが、まるで泥水のように感じてしまうほどの差。それがこの老人の淹れたコーヒーにはある。
外が寒かったから、お腹が空いていたからだとか、そういう理由は一切ない。ただシンプルな美味しさがここにはあった。
「うめぇだろ、ここのコーヒー」
目を輝かせているリウの隣で、バグウェットもコーヒーを口に運ぶ。
その問いに、彼女は力強く頷いた。
「すっごく美味しいです!」
「それは良かった」
マスターはニコニコと優しい笑顔をリウに向け、空になった彼女のカップを下げて新しいコーヒーを出してくれた。
「そういえばこちらのお嬢さんは初めて見る顔だね、どういう関係だい?」
「こいつはリウ、仕事の成り行きで今は俺んとこに居候してる。そんだけだ」
「はじめまして、リウ・バスレーロです」
「ポートンです、よろしくリウちゃん。彼は口は悪いが悪人じゃない、仲良くしてやってくれ」
「そりゃ余計なお世話ってもんだぜマスター、俺が善人ってのはよーくよく知ってるはずだからな。な?」
リウはバグウェットの言葉に返事をしなかった、スンとした顔で静かにコーヒーを飲む。
シギは笑い声が漏れないように、静かに肩を震わせていた。
「それで今日は何を食べに来たんだい? あまり豪華な物は作れないよ?」
「パスタ三つ、味はあんたに任せる。お前らもそれで良いか?」
「大丈夫です」
「いいよ」
「すぐに用意しよう、リウちゃんは何か食べれない物とかはあるかい?」
「ありません、何でも大丈夫です!」
「分かった」
ポートンはそう言って、厨房に消えた。
残された三人は、コーヒーを飲みながら食事が来るのを静かに待つ。
「二人はここによく来るの?」
「リウさんが来る前も一月に二~三回は来てましたかね、来ない月とかもありましたけど」
「頻度はそうでもねえ、ただ最初に来てから随分と長く世話になった店なんだよ」
食事に疎いバグウェットたちが長く通う店という事はコーヒー同様、料理も相当な美味しさに違いない。
リウはワクワクしながら料理を待った。
「お待たせしました」
戻って来たポートンは三人の前に皿を置く、シギはナポリタン、バグウェットはチーズペペロンチーノ、そしてリウにはボンゴレパスタが用意された。
「さ、召し上がれ」
三人は手を合わせてから、それぞれパスタにかぶりつく。
湯で加減も良く、量も十二分にある。
腹を減らした三人は、夢中でそれを口へ運んだ。
「ごちそうさまでした!」
最後の一本を食べ終えると、リウは満面の笑みで食事を終えた。
「口にあったのなら良かった、あれだけ美味しそうに食べてもらえると作りがいがあるね」
そしていつものようにバグウェットが代金を払おうと金を差し出すと、ポートンはそれを受け取らなかった。
「今日のお代はいい、それはとっておいてくれ」
「なんでだ?」
少し寂しそうな顔してから、ポートンは口を開く。
「この店は今月で閉める事にしたんだ、君はずいぶん長く通ってくれたからね。せめてものサービスだよ」
「おいおい、冗談だろ。言っちゃあなんだが俺はここより美味いコーヒーを淹れる店を知らねえ、俺に泥水を飲めって言うのか?」
「そうですよ、僕も困ります」
「私も一回限りなんて……もっと飲みたいです」
三人を見てポートンは嬉しそうに、だがどこか寂しそうに笑う。
「……ありがとう、だが仕方の無い事なんだ」
「一体何が……」
バグウェットがそう言いかけた時、店の扉が音を立てて開く。
四人の視線がそこへ向くと、扉の前には男が一人立っていた。
「こんばんはマスター、失礼するよ」
「……ええ!?」
そこには事務所で見ていた番組『マネーパワー』に出演していた世界有数の大富豪、スクラピア・プルーシオスが立っていた。
大きい方をひり出したバグウェットは、すっきりとした腹をさすりながらトイレから出た。
最近の彼は妙に便通が良く、形も、硬さも最高級品質の便を生産していた。
高性能便生成機と化した彼が二人の所に戻ると、ちょうど『マネーパワー』という番組が始まるところだった。
フリッシュトラベルタに限らず、ありとあらゆる街の金持ちたちを紹介する番組で、金持ちが持っている車や宝石、理解しがたいコレクションの自慢。
更には謎のルーティンから、意識高いを通り越した食生活などを紹介する。
バグウェットは、正直この番組が大嫌いだった。
金持ちのバカ高い家を見て、わけわからない値段のメシを見て、理解できないコレクションを見て、一体なにが面白いのか。
たまにやる金持ちが高い買い物をする企画も嫌いだった、金持ちが金を使ってるのを見て、そこから一体なにをどう糧にしろというのか。
だが彼がどれだけこの番組を嫌おうとも、二年も続くだけの支持をこの番組が集めているのは揺るがない事実であり、結局彼の……というか金の無いバグウェットの妬み嫉みはこの番組に何ら影響を与える事はできないのだ。
「あ、バグウェット戻ってきてたんだ。ちゃんとトイレットペーパー変えた? この前みたいにわざとギリギリで残してないよね?」
「うっせーな、変えたっつうの」
面倒くさそうに顔をしかめたバグウェットを見て、シギは彼が紙を変えてないという事に気付いた。
リウは彼の言い草に若干ムカついたが、変えたのならいいかと許す。
「んな事よりそんなくっだらねえ番組見んじゃねーよ、変えろ変えろ」
心底嫌そうな顔で、バグウェットは画面を見る。
「まあまあそう言わずに」
「あほくせえ、こんなん見ても一つも身になりゃしねえよ」
「そんなに面白くないの?」
「違います、ただの貧乏人《バグウェット》の僻みですよ」
バグウェットはシギに拳骨を食らわしてから、仕方なさそうに番組を見る。
この日の内容は、フリッシュトラベルタに住んでいる一人の大金持ちの特集だった。
『……というわけでですね、今回はフリッシュトラベルタ……いや世界有数の大富豪、スクラピア・プルーシオス氏の自宅を訪れております。いやぁ、さすがの大豪邸でわたくし圧倒されております!』
興奮気味のレポーターは豪邸内を歩き回る。
妙に輝いている壺、よく分からない絵画、磨き上げられビカビカと輝く赤い車。
若い男性レポーターは終始興奮気味で各所を紹介しているが、金無し三人組には絵も車も壺もどれだけすごいのかよく分からない。
『それでは一通り家の中を見終わったので、スクラピア氏にコメントを頂きたいと思います!』
ここでようやくスクラピアが姿を現す流れになった。
今まではレポーターが一人で家の中を歩き回っていたが、その時間はどうやら終わったらしく、バグウェット達の事務所の五倍はあるだろうリビングで話を聞くようだ。
『どうも』
軽く頭を下げて現れたのは、サングラスをかけたいかにもやり手のような雰囲気を醸し出す男だ。
整えられた顎髭、若干ウェーブの掛かった茶髪の男は仕立ての良い薄いグレーのスーツに身を包んでいる。
彼は静かに、なんだかもうめちゃくちゃに高そうなソファーに座った。
そこから始まった話は取るに足らない退屈なものばかり、だがそれはどちらかといえば男性レポーターの方に非があるように三人は感じていた。
なぜなら話をしている二人の生活水準や物の考え方、価値観がズレているために話が盛り上がらず、なおかつ繋がっていないように見る者は感じてしまう。
「なぁ、やっぱり面白くねーよ。別の見ようぜ、別の」
「そうだね……ちょっとこれは見てる世界が違いすぎるかな」
「今回はちょっと外れでしたね」
シギが立ち上がり、番組を変えた。
それからしばらくはダラダラと過ごしていた三人、忙しなく動かずとも腹と金は減ってく。
時刻はすでに17時を過ぎていた、何か食うかというバグウェットの言葉でシギとリウが冷蔵庫等を見たが、ちょうど食材を切らしてしまっていた。
「しゃーねえ、外で食うか。おめーら準備して来い」
「はーい」
「分かりました」
二人がいなくなってから、バグウェットは窓を開けて煙草を吸いだした。
外は雨が降り続いてる上、すでに暗くなってきている。湿った空気の臭いが、彼の鼻に煙草の煙と一緒に入って来た。
二人はそう時間をかけずに戻って来た、バグウェットもいつものようにコートを羽織り外に出る。
「それで今日はどこで食べるの? またジーニャさんとこ?」
三人は雨のフリッシュトラベルタを傘を差して歩く、本来であれば三つの花が咲く所だが残念ながら花は二つしか咲いていない。
事務所には傘が二つしかないのだ。
というわけで、バグウェットと子供組に別れて傘を差す。
「いや、今日は違う店だ」
あえて多くは語らずに、バグウェットは二人の先を行く。
リウは隣のシギに行き先を尋ねたが、着いてからのお楽しみとばかりに何も教えてくれない。
もったいぶった言い方に、リウが小さくため息を吐く。
雨と季節のせいか吐き出した色は濃い。
何か温かい物を口に入れたくなるような、そんな夜だった。
事務所を出てから三十分、バグウェットたちの事務所に一番近い十二の大通りの一つ、アーテル通りを中心部とは反対に進み目印のレボルシオン記念公園から東に五分ほど歩いた路地裏にある店。
そこに彼らは辿り着いた。
外観はレンガ調の落ち着いた造りの店で、煌びやかな街に慣れていると物足りなさを感じてしまう。
扉の前には雨風に晒され、文字が薄くなってしまった『営業中』の札が下がっていた。
傘を閉じ、水を払って三人は店の中へ入る。
扉を開くと、曇っているが聞き心地の良い音がカラコロと鳴った。
「いらっしゃいま……っと君かバグウェット君」
「よおマスター、とりあえずコーヒー頼む。あっついやつな」
店に入ると、カウンターには白髪で線の細い老人がグラスを磨いていた。
彼はバグウェットを見るなり、柔らかい笑顔を見せる。
導かれるでもなく、バグウェットは二人を連れて彼の前のカウンター席に座った。
「来る頃じゃないかと思ってね、コーヒーだけは用意しておいたんだ。ええと、ブラック一つと甘いの一つ、そちらのお嬢さんは?」
「あ……甘いのでお願いします」
三人の前にはあっという間にコーヒーが並ぶ、バグウェットはブラック、リウのは少し甘いやつ、そしてシギは砂糖が水面から顔を出している特別仕様だった。
リウは、自分の前に置かれたコーヒーを一口飲む。
普段から事務所でもコーヒーは飲んでいる、そこまで珍しくはないものだという軽い気持ちが彼女の中にはあった。
……浅い、なんという浅い考えを持っていたのかと自分を責めたくなる衝動に
彼女は駆られていた。
いつも自分の飲んでいるものが、まるで泥水のように感じてしまうほどの差。それがこの老人の淹れたコーヒーにはある。
外が寒かったから、お腹が空いていたからだとか、そういう理由は一切ない。ただシンプルな美味しさがここにはあった。
「うめぇだろ、ここのコーヒー」
目を輝かせているリウの隣で、バグウェットもコーヒーを口に運ぶ。
その問いに、彼女は力強く頷いた。
「すっごく美味しいです!」
「それは良かった」
マスターはニコニコと優しい笑顔をリウに向け、空になった彼女のカップを下げて新しいコーヒーを出してくれた。
「そういえばこちらのお嬢さんは初めて見る顔だね、どういう関係だい?」
「こいつはリウ、仕事の成り行きで今は俺んとこに居候してる。そんだけだ」
「はじめまして、リウ・バスレーロです」
「ポートンです、よろしくリウちゃん。彼は口は悪いが悪人じゃない、仲良くしてやってくれ」
「そりゃ余計なお世話ってもんだぜマスター、俺が善人ってのはよーくよく知ってるはずだからな。な?」
リウはバグウェットの言葉に返事をしなかった、スンとした顔で静かにコーヒーを飲む。
シギは笑い声が漏れないように、静かに肩を震わせていた。
「それで今日は何を食べに来たんだい? あまり豪華な物は作れないよ?」
「パスタ三つ、味はあんたに任せる。お前らもそれで良いか?」
「大丈夫です」
「いいよ」
「すぐに用意しよう、リウちゃんは何か食べれない物とかはあるかい?」
「ありません、何でも大丈夫です!」
「分かった」
ポートンはそう言って、厨房に消えた。
残された三人は、コーヒーを飲みながら食事が来るのを静かに待つ。
「二人はここによく来るの?」
「リウさんが来る前も一月に二~三回は来てましたかね、来ない月とかもありましたけど」
「頻度はそうでもねえ、ただ最初に来てから随分と長く世話になった店なんだよ」
食事に疎いバグウェットたちが長く通う店という事はコーヒー同様、料理も相当な美味しさに違いない。
リウはワクワクしながら料理を待った。
「お待たせしました」
戻って来たポートンは三人の前に皿を置く、シギはナポリタン、バグウェットはチーズペペロンチーノ、そしてリウにはボンゴレパスタが用意された。
「さ、召し上がれ」
三人は手を合わせてから、それぞれパスタにかぶりつく。
湯で加減も良く、量も十二分にある。
腹を減らした三人は、夢中でそれを口へ運んだ。
「ごちそうさまでした!」
最後の一本を食べ終えると、リウは満面の笑みで食事を終えた。
「口にあったのなら良かった、あれだけ美味しそうに食べてもらえると作りがいがあるね」
そしていつものようにバグウェットが代金を払おうと金を差し出すと、ポートンはそれを受け取らなかった。
「今日のお代はいい、それはとっておいてくれ」
「なんでだ?」
少し寂しそうな顔してから、ポートンは口を開く。
「この店は今月で閉める事にしたんだ、君はずいぶん長く通ってくれたからね。せめてものサービスだよ」
「おいおい、冗談だろ。言っちゃあなんだが俺はここより美味いコーヒーを淹れる店を知らねえ、俺に泥水を飲めって言うのか?」
「そうですよ、僕も困ります」
「私も一回限りなんて……もっと飲みたいです」
三人を見てポートンは嬉しそうに、だがどこか寂しそうに笑う。
「……ありがとう、だが仕方の無い事なんだ」
「一体何が……」
バグウェットがそう言いかけた時、店の扉が音を立てて開く。
四人の視線がそこへ向くと、扉の前には男が一人立っていた。
「こんばんはマスター、失礼するよ」
「……ええ!?」
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