吹雪の小屋

猫パンチ三世

文字の大きさ
4 / 4

第四話 温かな吹雪

しおりを挟む
「雪……女?」

「はい」
 
 驚きはあった。
 
 だってそうだろ? 目の前にいる人間が、いきなり『私は雪女です』なんて言い出したら、誰だって驚くはずだ。
 外が吹雪だから、いかにもな山小屋の中だから。
 それに合わせた冗談だろなんて笑えたら簡単なのに、目の前にいる人は……ゆきがそんな単純な冗談を言うような人間ではない事はもう分かり切っていた。
 こんな、こんな真っ直ぐで寂しそうな目でそんな冗談を言うような人間ではないことは、もうとっくに分かってたんだ。

 だから彼女の言葉は本当だ。
 突拍子もない話だが、本当だろう。

 けれど恐怖はなかった。

 それがどうしてなのか、少し前の俺なら分からなかっただろうな。

 でも今ならはっきりわかる。

 彼女の言葉はただ真っ直ぐな真実でしかなくて、どこにも嘘や偽りがなかったからだ。

「怖くないんですか? 驚かないんですか?」

 ゆきは小さく呟いた。
 彼女にとって俺の反応は、かなり意外なものだったようだ。

「そりゃびっくりはしたけど……怖くはないよ」

「どうして?」

「君が真っ直ぐな言葉でそれを伝えてくれたから、かな。それに雪女より怖い人間なんて山ほどいる」

 我ながら臭いセリフを吐くな……顔が嫌に熱い。
 けれど彼女の言葉と同様に、俺の言葉にも嘘はない。

「はあ……良かった。怖がられたらどうしようかって心配だったので」

 ゆきは心底安心したらしい、見るからに肩から力が抜けている。

「それで、君の目的は? どうして俺を助けてくれたんだ?」

 その言葉を聞いた彼女は、少し話しづらそうな顔をしたが意を決したように口を開いた。

「もし……もしですよ? 私と一緒にここで暮らしませんかって言ったらどう思いますか?」

「一緒にって……君と二人で、この山小屋で?」

「正確にはこの山で、ですね」

 ゆきには悪いが話が見えない、いきなり山で暮らすとはどういう事だ?
 彼女と暮らすのは、正直な話まんざらではない。
 だがなぜそういう結果に落ち着くのか、それを知らなければおいそれと返事はできない。

「詳しく話を聞いてもいいかな……?」

「……雪女は、一つの山に一人生まれその山が存在し続ける限りそこで生きていく。種族間での関りはなく、ただ一人で生きていく」

 話をするゆきの顔を見るだけで、彼女の過ごした時間が途方も無く孤独なものだと俺は理解できた。

「そんな私たちにも一人だけ、共に生きていく相手を選ぶ事ができる。それでその……良太さんを……と思いまして……」

 ああ、きっと俺は今までの人生で一番だらしない顔をしている。
 口元が緩んで、頭がふわふわする。

 長い長い時間の中で、共に生きる相手を一人だけしか選べない。
 それは慎重に決めなければならない、重要な事のはずだ。

 そんな相手に俺が選ばれた!? 
 
 彼女は正気か!? 俺でいいのか!?

 ああ、顔を赤らめてもじもじしているゆきの姿はこの上なく愛らしい。
 
「いやあの……嬉しいよ? 嬉しいんだけどさ……どうして俺なんだ? その……今までだってもっと良い人いなかったのかなー……なんて」

 ああくそっ、素直に喜べばいいのに。
 ありがとうって言えればいいのに。

 相手の言葉に裏がないか確認するなんて、なんてやつだ俺は。

「私は、あなたの何倍も何十倍も生きてます。でもいなかった、あなた以上に私の心が跳ねるような人は」

「つまり……?」

「一目惚れって事ですよ」

 そう言って笑ったゆきの顔を見て、俺の中にあった疑問だとかそういうのは全部吹き飛んでしまった。
 俺よりもずっと長い時間を生きてきた彼女の言葉は、きっと俺が今まで出会った誰よりも、間違いない言葉のはずだからだ。

「俺なんかで……良かったら」

「ありがとうございます、でも最後に一つだけあなたにお伝えしなければならない事があります」

「え?」

「ここで暮らすとなったらもう人の世界には戻れない、それでもあなたはここに残ってくれますか?」

 本当に正直なんだなと、俺はますます彼女が好きになってきた。
 もう戻れない事を俺に言わなくても、きっと問題はなかっただろう。

 けれど彼女はそれを伝えた、彼女はどこまでも俺に対して真摯で、誠実であろうとしてくれている。
 だから俺は、この答えを口にする事にこれっぽっちも躊躇いはなかった。

「もちろん、俺はここに残るよ」

「……本当に?」

 彼女の目にじわじわと涙が浮かぶ。

 ゆきはこらえきれなくなったように、俺に抱き着いた。
 突然の事にどうしていいかわからず、戸惑う俺の胸の中で彼女は泣いていた。

「寂しかった……ずっとずっと一人で」

 孤独の糸が切れたのか、彼女は子供のように泣きじゃくった。
 泣いて泣いて、ひとしきり泣いた後で彼女は腫れぼったい目で俺を見る。

「ありがとう良太さん、私を選んでくれて」

「こちらこそありがとう、俺を選んでくれて。これからはずっと一緒だ」

 ゆきはゆっくりと目を閉じる、俺は彼女が何を求めているのかすぐに理解した。
 本当ならこんなキャラじゃない事は分かってる、けれどもうそんな事はどうでもいい。

 俺はただ彼女に求められた事が嬉しくて、たまらなく幸福なのだから。

 おかしいな、こんな気持ちは初めてだ。

 ああ、そうかきっとこれは、温かな吹雪のせいだろう。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんとの親子丼をちょっと書きたくなっただけです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...