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3、エリオットの提案
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ヴェロニクが去ってから、しばらくして。
エリオットのもとに、召使いがやってきた。
「旦那様がお会いになるそうです。書斎にお越しください」
その言葉に、エリオットは静かに笑った。
やはり、まだこの段階では「優しい夫」を演じるつもりなのだろう。
で、あれば——先に出方を決めるのは、こちらだ。
エリオットは肩を軽く回し、ゆったりとした足取りで書斎へ向かった。
※
書斎の窓から差し込む陽光が、アドリアンの金色の髪を淡く照らす。
まるで細やかな絹糸のようなその髪は、動くたびに光を含み、揺れる。
端正な顔立ちは、まさしく「貴族の理想像」を体現するかのようだった。
それに翡翠の瞳——深い森の奥の泉のように、時折色の濃淡を変えるその瞳が、静かにこちらを見つめている。
髪は襟足できっちりと整えられ、余計なものをそぎ落としたような端麗さがある。
「体調はどうだい?」と微笑む声は、どこまでも穏やかで——だからこそ、欺瞞に満ちていた。
「 昨日はあまり話せなかったからね」
エリオットはアドリアンの差し出した手を見たが、すぐには取らなかった。
この人は前世でも、こうして最初は優しかった。
だからこそ、エリオットは心を奪われてしまったのだ。
(でも、もう騙されない)
エリオットは軽く微笑み、アドリアンの手を取るふりをして、逆に自分の手で軽く押さえた。
まるで対等な交渉相手にするように。
「ありがとう。でも、大丈夫。問題ないよ」
「それならよかった。君には、何不自由なく過ごしてほしいからね」
アドリアンはそう言いながら、椅子を勧める。
その言葉が、どこまで本心なのかは分からない。
いや、分かる。
——本心ではない。
「それで、相談とは?」
アドリアンが優雅に微笑む。
ここでエリオットが、何か感傷的なことを言い出すと思っているのだろう。
「愛されたい」とか、「これからも仲良く」とか、そんなことを。
——だが、違う。
エリオットは口を開いた。
「形式上の夫婦になりませんか?」
淡々と出た言葉にアドリアンの瞳が、一瞬だけ揺れる。
「……形式上?」
「はい。貴族の結婚ではよくあることでしょう? 互いに尊重し合いながら、最低限の関係を保つ」
エリオットは微笑みながら、わざと軽い口調で続けた。
「あなたは僕を妻として迎えた。でも、本当に求めているのはヴェロニクですよね?」
「……」
「ああ、違うんです。責めているわけじゃないんです。でも、それなら、僕たちも合理的な関係でいたいな、って思って。形式上は夫婦、でも干渉はしない……どうですか?僕、あなたたちを苦しめるようなことはしたくないんです……」
最後は悲しみを浮かべたように瞳を伏せた。
アドリアンは、しばし言葉を失ったようだった。
おそらく、予想していた反応とは違うのだろう。
——本来なら、ここでエリオットが戸惑い、遠慮がちに「あなたに愛されたい」と言うはずだった。アドリアンの中では。
だが、今回は違う。
エリオットは、アドリアンの答えを待つように、穏やかに視線を向けた。
すると——アドリアンが眉をひそめる。
「……そんなことを考えていたのかい?」
「ん?」
「私は、君にそんな思いをさせるつもりは……」
エリオットは、内心「へえ?」と思いながらも表情を崩さなかった。
結婚したその時には愛人を本宅に住まわせておいて、何を言っているのか。
しかし、アドリアンの声には、どこか戸惑いが混じっていた。
エリオットは心の中でせせら笑う。
この男は、ヴェロニクを最優先にしながらも、適当にエリオットをなだめておけば良いと思っていたのだろう。
「妻として勝手に尽くしてくれるだろう」と思っていたからこそ、こういう言葉が出る。
「君を傷つけるつもりはなかったんだ」
「大丈夫です、旦那様。知っていましたから」
エリオットはさらりと言った。
そして、にっこりと微笑む。
「だから、形式上の夫婦がいいと思うんです。お互い、楽でしょう?」
「……」
アドリアンはしばらくエリオットを見つめた後、小さく息を吐いた。
「……君がそう望むなら、それでもいい」
「僕の気持ちを分かっていただけて、嬉しいです。旦那様。あなたのような人と結婚出来て幸せです」
エリオットは軽く笑う。
この公爵夫人という立場は今から大いに使いでがある。
エリオットは立ち上がると一礼して、書斎を後にした。
その背中を見送りながら、アドリアンはどこか納得のいかない表情を浮かべていた。
(……何かが違う)
そう感じながらも、彼はそれ以上何も言わなかった。
今はまだ、アドリアンは知らない。
エリオットがすでに「次の一手」を考えていることを——。
エリオットのもとに、召使いがやってきた。
「旦那様がお会いになるそうです。書斎にお越しください」
その言葉に、エリオットは静かに笑った。
やはり、まだこの段階では「優しい夫」を演じるつもりなのだろう。
で、あれば——先に出方を決めるのは、こちらだ。
エリオットは肩を軽く回し、ゆったりとした足取りで書斎へ向かった。
※
書斎の窓から差し込む陽光が、アドリアンの金色の髪を淡く照らす。
まるで細やかな絹糸のようなその髪は、動くたびに光を含み、揺れる。
端正な顔立ちは、まさしく「貴族の理想像」を体現するかのようだった。
それに翡翠の瞳——深い森の奥の泉のように、時折色の濃淡を変えるその瞳が、静かにこちらを見つめている。
髪は襟足できっちりと整えられ、余計なものをそぎ落としたような端麗さがある。
「体調はどうだい?」と微笑む声は、どこまでも穏やかで——だからこそ、欺瞞に満ちていた。
「 昨日はあまり話せなかったからね」
エリオットはアドリアンの差し出した手を見たが、すぐには取らなかった。
この人は前世でも、こうして最初は優しかった。
だからこそ、エリオットは心を奪われてしまったのだ。
(でも、もう騙されない)
エリオットは軽く微笑み、アドリアンの手を取るふりをして、逆に自分の手で軽く押さえた。
まるで対等な交渉相手にするように。
「ありがとう。でも、大丈夫。問題ないよ」
「それならよかった。君には、何不自由なく過ごしてほしいからね」
アドリアンはそう言いながら、椅子を勧める。
その言葉が、どこまで本心なのかは分からない。
いや、分かる。
——本心ではない。
「それで、相談とは?」
アドリアンが優雅に微笑む。
ここでエリオットが、何か感傷的なことを言い出すと思っているのだろう。
「愛されたい」とか、「これからも仲良く」とか、そんなことを。
——だが、違う。
エリオットは口を開いた。
「形式上の夫婦になりませんか?」
淡々と出た言葉にアドリアンの瞳が、一瞬だけ揺れる。
「……形式上?」
「はい。貴族の結婚ではよくあることでしょう? 互いに尊重し合いながら、最低限の関係を保つ」
エリオットは微笑みながら、わざと軽い口調で続けた。
「あなたは僕を妻として迎えた。でも、本当に求めているのはヴェロニクですよね?」
「……」
「ああ、違うんです。責めているわけじゃないんです。でも、それなら、僕たちも合理的な関係でいたいな、って思って。形式上は夫婦、でも干渉はしない……どうですか?僕、あなたたちを苦しめるようなことはしたくないんです……」
最後は悲しみを浮かべたように瞳を伏せた。
アドリアンは、しばし言葉を失ったようだった。
おそらく、予想していた反応とは違うのだろう。
——本来なら、ここでエリオットが戸惑い、遠慮がちに「あなたに愛されたい」と言うはずだった。アドリアンの中では。
だが、今回は違う。
エリオットは、アドリアンの答えを待つように、穏やかに視線を向けた。
すると——アドリアンが眉をひそめる。
「……そんなことを考えていたのかい?」
「ん?」
「私は、君にそんな思いをさせるつもりは……」
エリオットは、内心「へえ?」と思いながらも表情を崩さなかった。
結婚したその時には愛人を本宅に住まわせておいて、何を言っているのか。
しかし、アドリアンの声には、どこか戸惑いが混じっていた。
エリオットは心の中でせせら笑う。
この男は、ヴェロニクを最優先にしながらも、適当にエリオットをなだめておけば良いと思っていたのだろう。
「妻として勝手に尽くしてくれるだろう」と思っていたからこそ、こういう言葉が出る。
「君を傷つけるつもりはなかったんだ」
「大丈夫です、旦那様。知っていましたから」
エリオットはさらりと言った。
そして、にっこりと微笑む。
「だから、形式上の夫婦がいいと思うんです。お互い、楽でしょう?」
「……」
アドリアンはしばらくエリオットを見つめた後、小さく息を吐いた。
「……君がそう望むなら、それでもいい」
「僕の気持ちを分かっていただけて、嬉しいです。旦那様。あなたのような人と結婚出来て幸せです」
エリオットは軽く笑う。
この公爵夫人という立場は今から大いに使いでがある。
エリオットは立ち上がると一礼して、書斎を後にした。
その背中を見送りながら、アドリアンはどこか納得のいかない表情を浮かべていた。
(……何かが違う)
そう感じながらも、彼はそれ以上何も言わなかった。
今はまだ、アドリアンは知らない。
エリオットがすでに「次の一手」を考えていることを——。
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