娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

文字の大きさ
59 / 89

57、公爵家からの迎え

しおりを挟む
静寂に包まれた王宮の廊下を、軽やかな足音が響く。
ライナス・アルヴィオンは微笑を浮かべたまま、シグルドの執務室の扉を叩いた。

「入れ」

いつものように低く響く声。
ライナスは余裕たっぷりに扉を開き、悠々と部屋の中へ入る。

「やあ、シグルド。ちょっと面白い報せが入ってきたよ」

シグルドは書類に目を通しながら、ちらりとライナスを見る。

「くだらない話なら帰れ」
「くだらないかどうかは、君が決めるといい」

ライナスは、持っていた紙をシグルドの机の上に放った。
それは、公爵家からの正式な使者の報せだった。

「公爵家より陛下へ申し上げます——
『公爵夫人エリオット・オルディスをお迎えに参ります。
陛下のご厚意に感謝しつつ、公爵夫人は本日中に公爵邸へお戻りいただきますよう願い申し上げます』
……だってさ」

シグルドはピクリと眉を動かす。

「迎えに……来た?」

その言葉には、抑えきれない不快感が滲んでいた。
ライナスはくつくつと笑う。

「どうする?そのまま返してやるかい?それとも……君が奪い取るか?君が何をしたところで動いてしまえば文句を言う人間もいないだろうな。多少の非難はあってもさ」

シグルドは冷たい視線をライナスに向けた。

「……まず、エリオットに伝える前に私に持ってきた理由は何だ?」
「それはもう、君がどう反応するか見たかったからさ」

ライナスは悪びれもせず肩をすくめる。

「いやいや、まさか素直に『はい、どうぞ』なんて言うわけないだろう?だって君、彼を王宮に迎えて以来、一度だって『公爵家に戻す』なんて言ったことない」
「……」

シグルドは指先で書状を弾く。

「断れ」
「そう言うと思ったよ。……でもね、エリオット本人に確認する気は?」

ライナスの問いに、シグルドの眉がわずかに寄る。

「エリオットは戻るつもりなどない」
「それは君が決めることじゃないんじゃないかな?」

その言葉に、シグルドは短く息を吐いた。
確かに、エリオットの意志を無視して決めるのは本意ではない。

「……連れて来てくれ」

ライナスの唇が、いたずらっぽく歪む。

「やれやれ、君もずいぶんと執着するねぇ」

ライナスは楽しげに踵を返し、エリオットの部屋へ向かった——。



「公爵家が迎えに?」

エリオットは思わず目を瞬かせた。
こんなに早く迎えが来るとは思っていなかった。

(ヴェロニクが焦ったのか?それとも……アドリアンが?)

ライナスは部屋の入口に寄りかかりながら、相変わらずの笑みを浮かべていた。

「さあ、公爵夫人。どうする?このまま王宮にいる?それとも、ご立派な公爵閣下のもとへお帰りになる?」

エリオットは少しの間、考え込んだ。

「……戻るべきかもしれません」

その答えに、ライナスがわずかに目を細めた。

「へぇ?」
「公爵家に戻れば、ある程度の危険は伴うでしょう。けれど物事は進展するはずです」

エリオットは自分を納得させるように言葉を重ねた。
けれど内心の迷いは拭えなかった。

(ここにいた方が安全なのは分かってる。でも、ずっと王宮にいれば、この問題を解決できない)

エリオットはふっと息を吐く。

「僕は、公爵夫人としての立場を全うしなければなりません」

ライナスはしばらく黙っていたが——やがて、くすくすと笑い出した。

「なるほどねぇ、じゃあその話、シグルドの前で言ってくれる?」
「……?」
「まあ、何せ皇帝陛下は君にご執心でいらっしゃるからねぇ」
「それは……」

エリオットが怪訝そうに眉を寄せる。
そのままライナスはエリオットをシグルドのもとへと連れて行った——。



ライナスは、ここで待っている、と廊下で言うのでエリオットは頷き、執務室の戸を叩いた。
中から入室を許可する声が響き、エリオットが執務室の扉を開くと、シグルドは机に肘をつきながら、書類を見ていた。
しかしエリオットの姿を見た途端、金色の瞳がわずかに鋭さを増す。

「迎えの件……聞いたか?」
「はい」

エリオットはまっすぐシグルドを見つめ、静かに頷いた。

「……戻るつもりか?」
「そうですね……僕は、公爵夫人です」

その言葉に、シグルドの眉がピクリと動いた。

「それがどうした」
「公爵夫人として、戻るべきかと」

シグルドは書類を乱暴に机へ置いた。

「戻るつもりなら、なぜ最初から王宮に来た?」

エリオットの背筋が、わずかに強張る。

「それは……」
「君は公爵家に戻って何をするつもりだ?」

シグルドの言葉には苛立ちが滲んでいた。

「最初にお話しした通りです、陛下。使用人たちを守らねばなりません……それに、証拠を掴みたいんです」

エリオットは揺るがない口調で答えた。

「ヴェロニクは何かを隠している。それを暴かなければ、問題は解決しません。幸いにもここで情報を得ることは出来ました。これを進めて行けば……」

シグルドは鋭くエリオットを見つめたまま、ゆっくりと立ち上がった。

「……君は、そんなに公爵家にこだわるのか」

低く、静かな声。
けれど、その奥には怒りと別の何かが混ざっていた。
エリオットは思わず息を呑んだ。

(なぜ、そんなに……?)

「他人のことなど放っておけばいい。そもそも、元々はどういう理由があろうと君を放置していた者たちだ。何の価値がある?」

シグルドがゆっくりと近づく。

「……え?」
「違うのか?自主的に君を助けた人間はいるのか、あの時に」
「陛下、何のお話を……」
おかしい、とエリオットは思う。
現状で自分はそこそこうまく立ち回ってきたつもりだ。
ヴェロニクにやりこまれた以前とは違い、味方も着実に増やしている。
しかしシグルドの言い回しは、以前の公爵家の使用人に対するものに聞こえた。
今のことならば、相手は皇帝だ。レオンのような人間を使って公爵家の内情を知ることはいくらでも出来るだろう。
けれど以前のことは──起こっていない未来の話、だ。
エリオットが戸惑いを口にした瞬間——。

「どうしても戻るというならば、もう少し情報を精査すべきだ。今のまま戻っても危険と引き換えでしかない。そんなことは、私が許さない。そして、君が戻るその日まで、私が直接見張らせてもらう」

シグルドの言葉にエリオットは目を瞬いた。
彼の金色の瞳は揺るぎなく、拒絶する隙を与えない。

(見張る……?)

エリオットは思わず眉を寄せた。

「……それは、どういう意味ですか?」

シグルドはゆっくりと距離を詰める。
広い執務室の中、逃げ場などどこにもなかった。

「君が公爵家に戻るのなら、それまで私の目の届くところにいろということだ」

低く、静かな声。
けれど、その奥には抑えきれない苛立ちと何か別の感情が潜んでいる。

「王宮にいる間、どこへ行くにも私が付き添う」
「——!」

エリオットは一瞬、言葉を失った。

「……そんなの、まるで囚われの身のようじゃありませんか」
「違うな」

シグルドはエリオットの顎を軽く持ち上げ、視線を合わせる。

「これは君を逃がさないための策だ」

(逃がさない……?)

エリオットの心臓が嫌なほど高鳴る。

「君が公爵家に戻るその時は私が直接送り届ける」
「……それは、過保護では?」
「そう思うなら、戻るのをやめるんだな」

エリオットはじっとシグルドを見つめた。
彼がここまで執着する理由が、わからない。

(なぜ……そんなに?)

「——あなたにとって、僕は何なんですか?」

思わず零れた言葉に、シグルドの金色の瞳が僅かに揺れる。
けれど、彼はすぐに口元を引き締め、静かに答えた。

「……言ったはずだ」
「……?」
「私は、君を守ると決めた」

エリオットは息を呑む。

(まるで……“あの人”のような)

シグルドの言葉の端々に、どこか懐かしさを感じてしまう。

(まさか……そんなはずはないのに)

エリオットは無意識に胸元を押さえた。

「——わかりました」

静かに告げると、シグルドは満足げに頷いた。

「ならば決まりだ。君は、私の監視下に置く」

(監視……ね)

エリオットは苦笑を浮かべつつも、シグルドの言葉に困惑はあっても嫌悪がない時分に気付く。これがアドリアンであったならば自分は明確に嫌悪感があっただろう。
浮かれてはいけないと思いながらも、目の前にいる音の執着がどこか嬉しく感じてしまう自分に、エリオットはやはり苦笑を浮かべた。



//////////////////////////////
次の更新→3/2 PM0:30頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
本日九州コミティア参加します。
///////////////////////////////
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【8話完結】勇者の「便利な恋人」を辞めます。~世界を救うより、自分の幸せを守ることにしました~

キノア9g
BL
「君は便利だ」と笑った勇者を捨てたら、彼は全てを失い、私は伝説の魔導師へ。 あらすじ 勇者パーティーの万能魔術師・エリアスには、秘密があった。 それは、勇者ガウルの恋人でありながら、家事・雑用・魔力供給係として「便利な道具」のように扱われていること。 「お前は後ろで魔法撃ってるだけで楽だよな」 「俺のコンディション管理がお前の役目だろ?」 無神経な言葉と、徹夜で装備を直し自らの生命力を削って結界を維持する日々に疲れ果てたエリアスは、ある日ついに愛想を尽かして書き置きを残す。 『辞めます』 エリアスが去った翌日から、勇者パーティーは地獄に落ちた。 不味い飯、腐るアイテム、機能しない防御。 一方、エリアスは隣国の公爵に見初められ、国宝級の魔導師として華麗に転身し、正当な評価と敬意を与えられていた。 これは、自分の価値に気づいた受けが幸せになり、全てを失った攻めがプライドも聖剣も捨てて「狂犬」のような執着を見せるまでの、再構築の物語。 【勇者×魔導師/クズ勇者の転落劇】 ※攻めへのざまぁ要素(曇らせ)がメインの作品です。 ※糖度低め/精神的充足度高め ※最後の最後に、攻めは受けの忠実な「番犬」になります。 全8話。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

処理中です...