悪役令嬢の逆襲！ 婚約破棄で覚醒したチート能力で国を乗っ取ります

２、公爵令嬢は黙っちゃいない

広間に、重く張り詰めた沈黙が流れる。
貴族たちは王太子の言葉を理解しきれずにいた。
公爵令嬢リリアーヌ・グランディール——ヴェルンハルト王国随一の名門であり、王太子妃となるべく育てられた女性が、突如「いじめ」の加害者として告発される。
しかも、相手は「神に選ばれし聖女」を名乗る少女だという。
しかし——。
王太子ルドルフが高らかに宣言するほどに、違和感が膨らんでいく。

「リリアーヌ、お前の行いは神の御心に反している！」

声には確信があったが、その主張を裏付けるものがない。
フェルミナは王太子の腕の中で身を縮め、震える声で訴えた。

「……ずっと、耐えてきましたの……わたくし、リリアーヌ様にお会いするたびに冷たい言葉を浴びせられ、……侮辱されて……！」

頬を伝う涙が、蝋燭の灯に煌めく。
その演技は見事なものだった。
一部の貴族は「まさか……」と息を呑み、視線をリリアーヌへと向ける。
しかし、大半の者は眉をひそめた。

「……証拠は？」

ぽつりと、誰かが呟いた。
その小さな疑問が、次第に波のように広がっていく。

「本当に、公爵令嬢がそのようなことを？」
「第一、聖女と公爵令嬢が直接顔を合わせる機会などあったのか？」
「そもそも、聖女の身分は？」

ルドルフの表情に、かすかな影が差す。
だが、それに気づいていないのか、フェルミナはさらに言葉を重ねた。

「わたくしの言葉が信じられませんの？神の御心を疑うのですか？」

まるで、この場の全員が「信じて当然」と言わんばかりの口調だった。
それでも、貴族たちは容易には頷かない。
王族と公爵家の婚姻は、国家の基盤を支えるものだ。
一方的な言葉だけでそれを破棄しようとするなど、あまりに軽率すぎる。
そして、沈黙を保っていたリリアーヌが、ゆるりと口を開いた。

「まあ……そうですの？」

落ち着いた声音。
感情の揺らぎなど、微塵も感じられない。
王太子が眉をひそめる。
しかし、リリアーヌは気にも留めず、ゆったりとした仕草でフェルミナへと視線を移した。

「では、そのいじめの証拠を拝見できますか？」

広間の空気が、一瞬で変わる。
まるで、静寂の中に鋭い刃が投げ込まれたようだった。
フェルミナの動きが、わずかに硬直する。

「えっ……？」
「あなたが言うには、わたくしは何度もあなたを侮辱し、傷つけたのですわね？」

リリアーヌは微笑んだまま、穏やかに言葉を続ける。

「それほどのことがあったのならば、記録や証言の一つでもあるはずですわ」

フェルミナの顔から、血の気が引いていく。
貴族たちの視線が、一斉に彼女へと注がれる。

「まさか、証拠はない……なんてことは？」

リリアーヌは、くすりと笑った。
その優雅な微笑みが、フェルミナの焦りをさらに募らせる。

「……そ、それは……」
「あら？」

フェルミナは唇を噛み、助けを求めるようにルドルフを見上げる。
しかし、王太子もまた、返答に詰まっていた。
王宮に仕える者たちの間で、公爵令嬢リリアーヌが問題を起こしたなどという話は一度も聞いたことがない。
そして、リリアーヌが次に放った言葉が、とどめとなった。

「そもそも、わたくしがあなたとお会いしたのは——今日が初めてでは？」

フェルミナの息が止まる。
広間が、凍りついたように静まり返った。
貴族たちが、一斉にルドルフとフェルミナを見つめる。

「どういうことです？」
「今、初めて会った……？」
「では、先ほどの話は……？」

沈黙の中で、リリアーヌは静かに微笑む。

（お粗末すぎるのよね……どうやって会ってもいない人間を虐めるのよ……この二人はおつむがつるんてんかしら？）

「殿下」

ゆるりと、王太子へ視線を移す。

「王族としての責任とは、どのようなものだったでしょう？」

問いかける声は、どこまでも優雅だった。
しかし、その瞳には冷ややかな光が宿っていた。