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3、そうして公爵令嬢は去っていく
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広間に漂う沈黙が、まるで空間そのものを圧し潰すようだった。
誰もが、言葉を失っていた。
公爵令嬢リリアーヌ・グランディールが、余裕の微笑みを浮かべながら「今日が初対面である」と告げた瞬間、それまでフェルミナの言葉を信じかけていた貴族たちの疑念は、一気に確信へと変わった。
「では、先ほどの話は……?」
「嘘……なのか?」
ざわめきが広がる。
フェルミナは唇を噛み、ルドルフを見上げた。
王太子もまた、何か言い返そうと口を開きかけるが、適当な言葉が出てこない。
その様子を見つめながら、リリアーヌは優雅に微笑むと、スカートの裾をつまみ、ゆっくりと膝を折った。
完璧なカーテシー。
それは、王族や貴族の場において最も格式高い礼儀作法。
どこまでも優雅で、淀みなく、隙のない所作だった。
「今までお世話になりましたわ、殿下」
透き通る声が響き渡る。
広間の空気が張り詰める中、その一言はひどく静かで、けれど確かな力を持っていた。
貴族たちは息を呑む。
それは、本来なら婚約破棄を言い渡した側が発するべき言葉ではない。
だが今、この場にいる誰もが理解していた。
——王太子ルドルフが「婚約破棄を言い渡した側」ではない。
——むしろ、「婚約破棄されたのは王太子のほうだった」のだと。
「……り、凛々しくていらっしゃる……」
誰かが、思わず漏らした。
その一言が、広間の空気を決定的なものにする。
ルドルフは顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
「ま、待て!お前、それでいいのか!?婚約が破棄されるんだぞ!?」
苛立ちと困惑が滲む声。
だが、リリアーヌは微動だにしない。
優雅な微笑みをたたえたまま、静かに立ち上がる。
「ええ、もちろんですわ。殿下はそちらのご令嬢をお選びになった。それを捨てられた私に変えるなどとてもとても。今にも胸が張り裂けそうですから失礼いたしますわね。うふふ」
ルドルフの顔が、さらに引きつる。
それをよそに、リリアーヌはくるりと踵を返した。
まるで、もうこの場に用はないとでも言うように。
スカートの裾がふわりと揺れる。
貴族たちは思わずその姿を目で追った。
「あ、あの……!」
焦ったようにフェルミナが声を上げる。
「お待ちくださいませ!わたくし、そんなつもりでは……!」
しかし、その言葉はリリアーヌの耳には届かない。
彼女は一度も振り返らず、広間の扉へと向かっていく。
誰もが見惚れるような、まっすぐな歩みだった。
その背中を見送りながら、貴族たちの間で密かな囁きが交わされる。
「……これ、王太子殿下のほうが捨てられたんじゃないか?」
「間違いないな。公爵令嬢のほうが余裕がありすぎる」
「それにしても、婚約破棄された女性があんなに美しく去るものか?」
もはや、この場において「敗者」が誰であるかは明白だった。
ルドルフとフェルミナは、完全に取り残されていた。
そんな広間の空気を背に、リリアーヌは扉の前で一瞬だけ足を止める。
ゆっくりと振り返り、最後に一言だけ告げた。
「殿下、どうかお幸せに」
柔らかな微笑み。
その言葉の真意を、どれほどの者が理解しただろうか。
ルドルフの顔が、見る間に青ざめる。
そして、リリアーヌは扉を押し開き、王宮を後にした。
冷たい外気が頬を撫でる。
夜空に瞬く星が、これからの未来を映し出すかのように輝いていた。
「さて、これで自由の身……まずは何をしようかしら?」
静かな夜に、銀の髪が優雅に揺れる。
リリアーヌ・グランディールの新たな物語が、ここから始まる——。
誰もが、言葉を失っていた。
公爵令嬢リリアーヌ・グランディールが、余裕の微笑みを浮かべながら「今日が初対面である」と告げた瞬間、それまでフェルミナの言葉を信じかけていた貴族たちの疑念は、一気に確信へと変わった。
「では、先ほどの話は……?」
「嘘……なのか?」
ざわめきが広がる。
フェルミナは唇を噛み、ルドルフを見上げた。
王太子もまた、何か言い返そうと口を開きかけるが、適当な言葉が出てこない。
その様子を見つめながら、リリアーヌは優雅に微笑むと、スカートの裾をつまみ、ゆっくりと膝を折った。
完璧なカーテシー。
それは、王族や貴族の場において最も格式高い礼儀作法。
どこまでも優雅で、淀みなく、隙のない所作だった。
「今までお世話になりましたわ、殿下」
透き通る声が響き渡る。
広間の空気が張り詰める中、その一言はひどく静かで、けれど確かな力を持っていた。
貴族たちは息を呑む。
それは、本来なら婚約破棄を言い渡した側が発するべき言葉ではない。
だが今、この場にいる誰もが理解していた。
——王太子ルドルフが「婚約破棄を言い渡した側」ではない。
——むしろ、「婚約破棄されたのは王太子のほうだった」のだと。
「……り、凛々しくていらっしゃる……」
誰かが、思わず漏らした。
その一言が、広間の空気を決定的なものにする。
ルドルフは顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
「ま、待て!お前、それでいいのか!?婚約が破棄されるんだぞ!?」
苛立ちと困惑が滲む声。
だが、リリアーヌは微動だにしない。
優雅な微笑みをたたえたまま、静かに立ち上がる。
「ええ、もちろんですわ。殿下はそちらのご令嬢をお選びになった。それを捨てられた私に変えるなどとてもとても。今にも胸が張り裂けそうですから失礼いたしますわね。うふふ」
ルドルフの顔が、さらに引きつる。
それをよそに、リリアーヌはくるりと踵を返した。
まるで、もうこの場に用はないとでも言うように。
スカートの裾がふわりと揺れる。
貴族たちは思わずその姿を目で追った。
「あ、あの……!」
焦ったようにフェルミナが声を上げる。
「お待ちくださいませ!わたくし、そんなつもりでは……!」
しかし、その言葉はリリアーヌの耳には届かない。
彼女は一度も振り返らず、広間の扉へと向かっていく。
誰もが見惚れるような、まっすぐな歩みだった。
その背中を見送りながら、貴族たちの間で密かな囁きが交わされる。
「……これ、王太子殿下のほうが捨てられたんじゃないか?」
「間違いないな。公爵令嬢のほうが余裕がありすぎる」
「それにしても、婚約破棄された女性があんなに美しく去るものか?」
もはや、この場において「敗者」が誰であるかは明白だった。
ルドルフとフェルミナは、完全に取り残されていた。
そんな広間の空気を背に、リリアーヌは扉の前で一瞬だけ足を止める。
ゆっくりと振り返り、最後に一言だけ告げた。
「殿下、どうかお幸せに」
柔らかな微笑み。
その言葉の真意を、どれほどの者が理解しただろうか。
ルドルフの顔が、見る間に青ざめる。
そして、リリアーヌは扉を押し開き、王宮を後にした。
冷たい外気が頬を撫でる。
夜空に瞬く星が、これからの未来を映し出すかのように輝いていた。
「さて、これで自由の身……まずは何をしようかしら?」
静かな夜に、銀の髪が優雅に揺れる。
リリアーヌ・グランディールの新たな物語が、ここから始まる——。
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