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17、王宮の呼び出し——対峙の時
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馬車の揺れに身を任せながら、リリアーヌは静かに目を伏せた。
王宮の召喚を無視するつもりはないが、それは 「王宮の思惑通りに動く」 という意味ではない。
むしろ—— 王宮が何を仕掛けてくるのか、直接探る機会 だ。
「……考え込むなんて珍しいな、リリアーヌ」
向かいに座るヴィクトールが、飄々とした口調で声をかける。
「緊張してるのか?」
「まさか」
リリアーヌは微笑みながら、そっと目を開けた。
「ただ、王宮がどう動くのか、少しばかり興味があります」
「まあ、向こうが仕掛けてくるのは間違いないだろうな」
ヴィクトールは窓の外を見ながら、ゆるく肩をすくめる。
「王宮に逆らう姿勢を明確にした上で、シュトラール王国と交渉を進めたお前が、今さら王宮の意向に従うとは思っていないだろう」
「ええ。ですが、彼らも“従わせる手段”を準備しているはずでしょう?」
王宮に戻れば、まず ルドルフ王太子と対峙する ことになるだろう。
だが、問題は 国王がどのような決断を下しているか だ。
(この婚約破棄が、ただの「一貴族令嬢との縁切り」ではなくなっていることを、国王陛下がどう捉えているのか……)
魔族の脅威が迫るこの時期に、王宮内部での権力闘争が激化するのは 愚の骨頂 だ。
リリアーヌが王宮に呼び出された理由は、 婚約破棄の後始末ではない 。
むしろ—— 王宮が失態を取り繕うための政治的な駆け引きの場 となる。
「それにしても、あの愚王が何を考えているのか……」
ヴィクトールが面白そうに笑いながら、指を組む。
「少しばかり楽しみになってきたよ」
リリアーヌは微笑みながら、視線を窓の外へ向けた。
王宮の壮麗な塔が、次第に近づいてくる。
王宮の門が開かれ、馬車がゆっくりと進む。
案内されたのは 王宮の謁見の間 。
すでに内部では 王太子ルドルフをはじめとする王族、王宮の要人たちが待ち構えていた 。
(やはり……これは単なる“対話”ではなく、“対決の場”ね……たかが小娘一人にご苦労様なことね)
扉が開かれると同時に、ルドルフが立ち上がった。
「リリアーヌ!」
低く響く声には、怒りが滲んでいる。
青みがかった金髪に、怜悧な顔立ち。
それだけ見れば“理想的な王族”といえたかもしれない。
——だが、彼は愚かだった 。
(さて、どんな言い訳をするのかしら?)
リリアーヌは冷静に歩みを進め、玉座の前で優雅に一礼した。
「王宮よりのお召し、光栄に存じます」
穏やかに微笑む彼女を見て、ルドルフはさらに眉をひそめる。
「貴様……この状況を理解しているのか?」
「もちろん。わたくしが正式に婚約を破棄され、その後の処遇についてお話し合いをするために呼ばれたのと思っておりますが?」
ルドルフは一瞬、言葉に詰まった。
(思った通り……王宮は「私がどう動くか」を探りたがっている)
この場は、 王宮が主導権を握っているように見えて、実際は違う 。
なぜなら—— 王宮がここまで急いで動いたのは、リリアーヌの存在が想定外の脅威になったから だ。
「ルドルフよ」
低く、威厳に満ちた声が響く。
「まずは冷静になれ」
国王フリードリヒ三世が、王太子を静かに諫めた。
(……なるほど。王宮の中でも意見が割れているようね)
国王は、一見すると 理性的な王 だった。
だが、政治的な手腕は決して強くない。
それが ルドルフを王太子に据えた結果、この国の未来が揺らいでいる 理由でもある。
「リリアーヌ・グランディール」
国王は彼女に向き直り、ゆっくりと口を開いた。
「そなたがシュトラール神聖王国と正式な交渉を進めていると聞いた」
リリアーヌは微笑を崩さぬまま、頷く。
「ええ。シュトラール神聖王国より、正式な婚約の申し出をいただきました」
「お前……私というものがありながら……!」
ルドルフが声を荒げた。
(馬鹿もここまで来ると……いっそ面白いわね)
自分と婚約破棄を、と言い出したくせにルドルフはまだリリアーヌが自分のものだと勘違いしているらしい。
そんなルドルフを国王が手で制する。
「それは、ヴェルンハルト王国を離れる意志があると見なしてよいのか?」
「いえ」
リリアーヌははっきりと答えた。
「わたくしは、ヴェルンハルト王国に生まれ、育った身。この国の未来を思わぬはずがありません」
「ならば、なぜシュトラールと交渉を?」
「お忘れでしょうか?」
リリアーヌは、わずかに口元を歪めた。
「王太子殿下が、わたくしとの婚約を破棄なさったからではございませんか?」
ルドルフが顔を赤くする。
「それは……!」
「ですが、陛下」
リリアーヌは視線を国王に向けた。
「それは、王宮としてもお認めになったことと存じますが……」
国王の目がわずかに細められる。
「……何が言いたい?」
「もし、わたくしが“ヴェルンハルト王国の一貴族令嬢”としての立場を剥奪されるのであれば、わたくしには“次の道”を選ぶ権利があると存じます」
ルドルフの表情が固まる。
貴族たちの間にもざわめきが広がる。
(——つまり、わたくしはまだ「公爵令嬢」であり、「この国にいる権利」を持っている)
王宮が彼女を抑え込もうとすれば、 「不当に貴族の権利を剥奪しようとした」と批判されかねない 。
(さて、どうするのかしら?)
国王の瞳が、静かに揺らいだ。
王宮は 「リリアーヌを切り捨てた」とするのか、それとも「王宮に再び迎え入れる」とするのか ——。
どちらに転んでも、 王宮の権威は揺らぐ 。
リリアーヌは微笑みながら、ゆっくりと国王の次の言葉を待った。
王宮の召喚を無視するつもりはないが、それは 「王宮の思惑通りに動く」 という意味ではない。
むしろ—— 王宮が何を仕掛けてくるのか、直接探る機会 だ。
「……考え込むなんて珍しいな、リリアーヌ」
向かいに座るヴィクトールが、飄々とした口調で声をかける。
「緊張してるのか?」
「まさか」
リリアーヌは微笑みながら、そっと目を開けた。
「ただ、王宮がどう動くのか、少しばかり興味があります」
「まあ、向こうが仕掛けてくるのは間違いないだろうな」
ヴィクトールは窓の外を見ながら、ゆるく肩をすくめる。
「王宮に逆らう姿勢を明確にした上で、シュトラール王国と交渉を進めたお前が、今さら王宮の意向に従うとは思っていないだろう」
「ええ。ですが、彼らも“従わせる手段”を準備しているはずでしょう?」
王宮に戻れば、まず ルドルフ王太子と対峙する ことになるだろう。
だが、問題は 国王がどのような決断を下しているか だ。
(この婚約破棄が、ただの「一貴族令嬢との縁切り」ではなくなっていることを、国王陛下がどう捉えているのか……)
魔族の脅威が迫るこの時期に、王宮内部での権力闘争が激化するのは 愚の骨頂 だ。
リリアーヌが王宮に呼び出された理由は、 婚約破棄の後始末ではない 。
むしろ—— 王宮が失態を取り繕うための政治的な駆け引きの場 となる。
「それにしても、あの愚王が何を考えているのか……」
ヴィクトールが面白そうに笑いながら、指を組む。
「少しばかり楽しみになってきたよ」
リリアーヌは微笑みながら、視線を窓の外へ向けた。
王宮の壮麗な塔が、次第に近づいてくる。
王宮の門が開かれ、馬車がゆっくりと進む。
案内されたのは 王宮の謁見の間 。
すでに内部では 王太子ルドルフをはじめとする王族、王宮の要人たちが待ち構えていた 。
(やはり……これは単なる“対話”ではなく、“対決の場”ね……たかが小娘一人にご苦労様なことね)
扉が開かれると同時に、ルドルフが立ち上がった。
「リリアーヌ!」
低く響く声には、怒りが滲んでいる。
青みがかった金髪に、怜悧な顔立ち。
それだけ見れば“理想的な王族”といえたかもしれない。
——だが、彼は愚かだった 。
(さて、どんな言い訳をするのかしら?)
リリアーヌは冷静に歩みを進め、玉座の前で優雅に一礼した。
「王宮よりのお召し、光栄に存じます」
穏やかに微笑む彼女を見て、ルドルフはさらに眉をひそめる。
「貴様……この状況を理解しているのか?」
「もちろん。わたくしが正式に婚約を破棄され、その後の処遇についてお話し合いをするために呼ばれたのと思っておりますが?」
ルドルフは一瞬、言葉に詰まった。
(思った通り……王宮は「私がどう動くか」を探りたがっている)
この場は、 王宮が主導権を握っているように見えて、実際は違う 。
なぜなら—— 王宮がここまで急いで動いたのは、リリアーヌの存在が想定外の脅威になったから だ。
「ルドルフよ」
低く、威厳に満ちた声が響く。
「まずは冷静になれ」
国王フリードリヒ三世が、王太子を静かに諫めた。
(……なるほど。王宮の中でも意見が割れているようね)
国王は、一見すると 理性的な王 だった。
だが、政治的な手腕は決して強くない。
それが ルドルフを王太子に据えた結果、この国の未来が揺らいでいる 理由でもある。
「リリアーヌ・グランディール」
国王は彼女に向き直り、ゆっくりと口を開いた。
「そなたがシュトラール神聖王国と正式な交渉を進めていると聞いた」
リリアーヌは微笑を崩さぬまま、頷く。
「ええ。シュトラール神聖王国より、正式な婚約の申し出をいただきました」
「お前……私というものがありながら……!」
ルドルフが声を荒げた。
(馬鹿もここまで来ると……いっそ面白いわね)
自分と婚約破棄を、と言い出したくせにルドルフはまだリリアーヌが自分のものだと勘違いしているらしい。
そんなルドルフを国王が手で制する。
「それは、ヴェルンハルト王国を離れる意志があると見なしてよいのか?」
「いえ」
リリアーヌははっきりと答えた。
「わたくしは、ヴェルンハルト王国に生まれ、育った身。この国の未来を思わぬはずがありません」
「ならば、なぜシュトラールと交渉を?」
「お忘れでしょうか?」
リリアーヌは、わずかに口元を歪めた。
「王太子殿下が、わたくしとの婚約を破棄なさったからではございませんか?」
ルドルフが顔を赤くする。
「それは……!」
「ですが、陛下」
リリアーヌは視線を国王に向けた。
「それは、王宮としてもお認めになったことと存じますが……」
国王の目がわずかに細められる。
「……何が言いたい?」
「もし、わたくしが“ヴェルンハルト王国の一貴族令嬢”としての立場を剥奪されるのであれば、わたくしには“次の道”を選ぶ権利があると存じます」
ルドルフの表情が固まる。
貴族たちの間にもざわめきが広がる。
(——つまり、わたくしはまだ「公爵令嬢」であり、「この国にいる権利」を持っている)
王宮が彼女を抑え込もうとすれば、 「不当に貴族の権利を剥奪しようとした」と批判されかねない 。
(さて、どうするのかしら?)
国王の瞳が、静かに揺らいだ。
王宮は 「リリアーヌを切り捨てた」とするのか、それとも「王宮に再び迎え入れる」とするのか ——。
どちらに転んでも、 王宮の権威は揺らぐ 。
リリアーヌは微笑みながら、ゆっくりと国王の次の言葉を待った。
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