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25、理性の檄と、揺らぐ信仰
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王都南部――。
聖女フェルミナの“神託による施し”が始まった広場には、既に数百を超える民衆が集まっていた。
清楚な白衣の従者たちが銀貨を配り、信仰の歌が絶え間なく流れる。
まるで祝祭のようなその空気の中、リリアーヌ・グランディールはひとり馬車を降りた。
華やかな衣でも、白いヴェールでもない。
彼女がまとうのは、深い藍色の外套。
それは威厳と沈黙を象徴する色。
「――公爵令嬢だぞ!」
誰かが声を上げ、群衆がざわつく。
勿論声を上げたのはリリアーヌが予め差し向けていた人間の一人だ。
フェルミナの奇跡を信じて集まった者たちの中に、明らかな緊張が走る。
(見せつけてやろうじゃない。誰が“幻想”ではなく“現実”を背負う人間かを)
彼女が壇上に上がると、広場は一瞬にして静まり返った。
「皆様、今この場に集まりし市民たちへ――」
透き通った声が、風を切って空へと舞う。
「あなた方は、飢えていたのではなく、“不安”だったのではないでしょうか。明日も分からぬ人生。飢えも貧困も、病も苦しみも……そのすべてが『この国が自分たちを見ていないのでは』という、不安の果てにあるものです」
彼女の言葉に、誰かが息を飲んだ。
「ですが――信仰にすがればすべてが救われるという考えは、間違いです」
ざわめきが起こる。
それでも、彼女は微笑を崩さず、毅然と続ける。
「銀貨は一度きり。神託は気まぐれ。ですが、政治とは違う。国家とは――“毎日食卓に並ぶパンを作ること”です。“井戸に水を引くこと”、そして“子どもに明日を与える”こと。
それは、神ではなく、人が行うべき義務であり、誇りです」
沈黙。誰もがその意味を飲み込もうとしていた。
「この場で配られる施しが、あなたたちを救ったと錯覚しているのなら……。それは飢えよりも恐ろしい“思考の飢え”ですわ」
その瞬間、民衆の中にいたひとりの老人が、銀貨を握りしめたまま膝をついた。
「……ならば、公爵令嬢様。お前さんは、どうするつもりだ」
リリアーヌは微笑んだ。
「我がグランディール家は、本日より、王都全域に公的食料配給所を三十か所設置します。ただし――これは“施し”ではありません」
一拍、間を置いて、リリアーヌは声を強めた。
「配給の対象となる方々には、“自治再建支援計画”への参加をお願い致します」
群衆がざわめく中、彼女は堂々と続ける。
「瓦礫の撤去、下水道の清掃、王都の整備、保育の補助、簡易の読み書き教室の開設など……。これはすべて、王都を再建するために必要な働きです。そしてあなた方の働きが新たな王都を築いていくのです」
その言葉に、広場の空気が変わった。
「働いた分、食料を。そして先には給金を。働くことで、誇りを取り戻す。それは“神の奇跡”ではなく、“人の手”によって成される奇跡です」
老いた男が、ぎこちなく立ち上がった。
「……できるだろうか、わしらに……そんなこと」
「……働くって、そんなに大層なことじゃねえんだな」
誰かがぼそりとつぶやいた。
「物運びや掃除なら……俺にもできるかもしれねえ」
リリアーヌはその言葉に、小さく頷く。
「誇りとは、大きな旗ではなく、小さな選択の積み重ねですわ」
リリアーヌはその声に笑みを返す。
「できますわ。あなたが生きてここに立っているなら。それこそが、立派な“力”ですもの」
やがて、民衆の中から拍手が起きた。
そして、何人かの若者が列を作り始めた――
「俺、書きたいんだ。読み書き、できるようになりたい」
「俺、怪我したおじいちゃんの代わりに力仕事する!」
フェルミナが民を“神の下”に集めたのなら、
リリアーヌは“未来へ向けて”歩かせる提案をしてみせる。
施しは所詮施しでしかない。先に待つのは今と同じ日常だ。
そこに気づけるものは、そういない。
その考えにいくほど余裕がないからだ。
(さあ、聖女様。ここに私は明確な反旗を翻すわよ……あなたはどうでるかしら?)
“今だけ”を救うのが奇跡なら、
“明日”を変えるのは――人の意志。
リリアーヌは、その一歩を踏み出させた。
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聖女フェルミナの“神託による施し”が始まった広場には、既に数百を超える民衆が集まっていた。
清楚な白衣の従者たちが銀貨を配り、信仰の歌が絶え間なく流れる。
まるで祝祭のようなその空気の中、リリアーヌ・グランディールはひとり馬車を降りた。
華やかな衣でも、白いヴェールでもない。
彼女がまとうのは、深い藍色の外套。
それは威厳と沈黙を象徴する色。
「――公爵令嬢だぞ!」
誰かが声を上げ、群衆がざわつく。
勿論声を上げたのはリリアーヌが予め差し向けていた人間の一人だ。
フェルミナの奇跡を信じて集まった者たちの中に、明らかな緊張が走る。
(見せつけてやろうじゃない。誰が“幻想”ではなく“現実”を背負う人間かを)
彼女が壇上に上がると、広場は一瞬にして静まり返った。
「皆様、今この場に集まりし市民たちへ――」
透き通った声が、風を切って空へと舞う。
「あなた方は、飢えていたのではなく、“不安”だったのではないでしょうか。明日も分からぬ人生。飢えも貧困も、病も苦しみも……そのすべてが『この国が自分たちを見ていないのでは』という、不安の果てにあるものです」
彼女の言葉に、誰かが息を飲んだ。
「ですが――信仰にすがればすべてが救われるという考えは、間違いです」
ざわめきが起こる。
それでも、彼女は微笑を崩さず、毅然と続ける。
「銀貨は一度きり。神託は気まぐれ。ですが、政治とは違う。国家とは――“毎日食卓に並ぶパンを作ること”です。“井戸に水を引くこと”、そして“子どもに明日を与える”こと。
それは、神ではなく、人が行うべき義務であり、誇りです」
沈黙。誰もがその意味を飲み込もうとしていた。
「この場で配られる施しが、あなたたちを救ったと錯覚しているのなら……。それは飢えよりも恐ろしい“思考の飢え”ですわ」
その瞬間、民衆の中にいたひとりの老人が、銀貨を握りしめたまま膝をついた。
「……ならば、公爵令嬢様。お前さんは、どうするつもりだ」
リリアーヌは微笑んだ。
「我がグランディール家は、本日より、王都全域に公的食料配給所を三十か所設置します。ただし――これは“施し”ではありません」
一拍、間を置いて、リリアーヌは声を強めた。
「配給の対象となる方々には、“自治再建支援計画”への参加をお願い致します」
群衆がざわめく中、彼女は堂々と続ける。
「瓦礫の撤去、下水道の清掃、王都の整備、保育の補助、簡易の読み書き教室の開設など……。これはすべて、王都を再建するために必要な働きです。そしてあなた方の働きが新たな王都を築いていくのです」
その言葉に、広場の空気が変わった。
「働いた分、食料を。そして先には給金を。働くことで、誇りを取り戻す。それは“神の奇跡”ではなく、“人の手”によって成される奇跡です」
老いた男が、ぎこちなく立ち上がった。
「……できるだろうか、わしらに……そんなこと」
「……働くって、そんなに大層なことじゃねえんだな」
誰かがぼそりとつぶやいた。
「物運びや掃除なら……俺にもできるかもしれねえ」
リリアーヌはその言葉に、小さく頷く。
「誇りとは、大きな旗ではなく、小さな選択の積み重ねですわ」
リリアーヌはその声に笑みを返す。
「できますわ。あなたが生きてここに立っているなら。それこそが、立派な“力”ですもの」
やがて、民衆の中から拍手が起きた。
そして、何人かの若者が列を作り始めた――
「俺、書きたいんだ。読み書き、できるようになりたい」
「俺、怪我したおじいちゃんの代わりに力仕事する!」
フェルミナが民を“神の下”に集めたのなら、
リリアーヌは“未来へ向けて”歩かせる提案をしてみせる。
施しは所詮施しでしかない。先に待つのは今と同じ日常だ。
そこに気づけるものは、そういない。
その考えにいくほど余裕がないからだ。
(さあ、聖女様。ここに私は明確な反旗を翻すわよ……あなたはどうでるかしら?)
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