前世で僕を裏切ったはずの恋人が、生まれ変わっても離してくれない

めがねあざらし

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3、朝の檻 (前)

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白いカーテン越しに、朝の光が静かに差し込んでいた。
リアンは微かにまぶたを震わせ、目を覚ます。

(……朝……?)

昨夜は、ほとんど眠れなかった。
カイオスの腕に抱かれたまま、身動きも取れずに夜を過ごした。
解放された記憶は、一度もない。

(……苦しいわけではなかった)
ただ、重い。
胸の奥が、押しつぶされそうだった。

そして何より——彼の体温が、あまりにも熱かった。

リアンはそっと身体をずらす。
そのわずかな動きに、背後から声が届いた。

「目が覚めたようだな」

低く落ち着いた声。
けれど、その響きはどこか絡みつくように耳に残る。

「……はい」

できるだけ感情を含めない声で返す。

(今すぐにでも、ネヴェリアと話したい……)

そう思った瞬間、カイオスの腕が静かにほどかれた。
だが、油断する間もなく彼は告げる。

「朝食を共にしよう」
「……え?」

思わず振り返る。
王と王妃が朝食を共にするのは不自然なことではない。
だが、リアンの育った家では見慣れない光景だった。

(なぜ、私と?)

カイオスの表情には何の疑念も浮かんでいない。

「昨夜はよく眠れなかっただろう。少しでも体力を取り戻すべきだ」
「……お気遣いありがとうございます。でも——」
「夫婦で食事を取るのは、当たり前のことだ」
「……」

(……妻としての立場を強調したい?)

昨夜の視線を思い出す。
そこにあったのは、“王妃”への扱いとは別の、もっと濃い何かだった。

だが、考えすぎかもしれない。
リアンは首を小さく振り、答える。

「……支度をします」

そう言って寝台を降りる。
カイオスは頷き、ゆったりと身支度を整え始めた。

(……今なら行ける)

今、彼の意識が自分から離れているうちに、部屋を出てネヴェリアと話す。
なぜ昨夜の出来事がこんなにも胸に残るのか、確かめたかった。

リアンは音を立てないように扉へ向かう。
静かに、扉に手をかけて——

「……どこへ行く?」

心臓が跳ねた。

声と同時に足音。
気づけば、カイオスはすぐ背後にいた。

「……っ」
「どこへ行くつもりだ?」

振り返らずに答える。

「こちらに私のものはないので、一度部屋で身支度を……」
「そうか」

カイオスは扉を閉じた。背後で、ためらいのない音。

「ならば、侍女を呼べばいい。お前が行く必要はない」
「……いえ、ですが——」
「何か、不満か?」

その声音に怒気はない。
けれど、背筋にひやりとしたものが走った。

(なぜ……なぜ、ここまで私の行動を縛ろうと?)

リアンの頭に、ネヴェリアの言葉が過る。

——『愛なんて、呪いよ』

(あの「誓う」という言葉も……呪いだったのか)

そっと目を伏せる。

「……いえ。わかりました」

扉に触れていた手を引き、もう一度開くことはなかった。



朝食の席は、大広間ではなく王宮の一室に用意されていた。
六人ほどが座れる小さなテーブル。
カイオスとの距離は、思ったよりも近い。

カイオスは落ち着いた動作で食事を進めている。
リアンの前にも美しい朝食が並ぶが、手が伸びなかった。

視線を感じる。時折、向かいの王がこちらを見ているのだ。

(……どうして、こんなことに)

昨夜、カイオスの腕の中でただ息を潜めていた。
今もまだ、記憶と感情が混線している。

けれど、時が経つごとに──
前世の自分と今の自分が、少しずつ重なり合っていくのがわかる。

だからこそ。
向かい合う彼に、無闇に近づきたくなかった。
しかし、カイオスはその距離を静かに詰めてくる。
そしてリアンは、ふと疑問を口にした。

「……陛下」
「なんだ?」
「私は、この国の王妃となりましたが……側妃を迎えるおつもりはないのですか?」

カイオスの手が、ぴたりと止まる。

「……側妃?」
「ええ」

慎重に言葉を選ぶ。

「王族にとって、跡継ぎを残すのは重要なはず。ですが私、たった一人では……」

カイオスは三十を目前にしている。
なのに側妃も愛妾も持たず、あまりにも静かな身辺。

そんな王、見たことがない。

「お前が産めばいい」
「──っ?」

リアンの喉が詰まる。

「……私が、産む……?」
「そうだ」

平然と頷くカイオス。

「アクアフィナの王族は人魚の血を引く。だから男体でも子を宿せる。違うか?」

リアンの指先が、冷たくなっていく。

確かにそれは真実。
だから“神秘の王族”と呼ばれることもあった。
そしてその体質が、正妃として嫁ぐ理由にもなっていた。

だが問題はそこではない。

「……それでも、側妃を持ったほうが確実では?」

カイオスはカップを置き、明確に否定した。

「必要ない」
「なぜ……?」
「お前は若く、健康だ。それで十分だろう」
「それは……そうかもしれませんが……」
「今から憂う理由などない」

(……!)

リアンの胸が、ざわめく。

(この人は……最初から、私だけを望んでいたのか)

そんな政略結婚、あり得るのだろうか。
いや、もはや政略ですらないのかもしれない。

「……周囲の反発もあるのでは?」
「それがどうした?」

言い切る声は、まるで揺らがない。

「私は最初から、誰も迎えるつもりはなかった。お前を除いて」

静かに響くその言葉に、リアンの息が止まる。

「まるで……最初から、私と結婚する運命だったような言い方ですね」
「……そうだな」

カイオスは微かに笑った。

「まるで運命だったかのように」

(──っ)

リアンは、カイオスを睨むように見つめる。

(ふざけるな……)

「誓う」と言ったのに。
「ずっと一緒だ」と言ったのに。
最後には──

(私は捨てられた。そして、泡になった)

指先に力が入り、震える。

「それは……おかしいですね」
「何がだ?」

リアンは、静かに微笑んだ。

「……前は、私を捨てたのに」

カイオスの瞳が、鋭く細められる。

「……何の話だ?」

一瞬の静寂。
その視線は、何かを探るようにリアンを見据えていた。

(……探っている?)

「いえ、なんでも」

そっと視線を逸らす。
けれど、胸の奥の痛みは薄れなかった。

(私を捨てたはずなのに……なぜ、今さら)

それは問い詰めることのできない疑問。
過去を知っているのかさえ、わからない。

ただ、心に沈んだ重みが、リアンの食欲を奪い続けていた。
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