前世で僕を裏切ったはずの恋人が、生まれ変わっても離してくれない

めがねあざらし

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4、朝の檻(後)

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ほどなくして、食事が終わると、カイオスは執務のために席を立った。

その隙を狙い、リアンは私室へ向かう廊下を足早に歩く。

(私は──僕、は……ここにいてはいけない)

カイオスの言葉が、脳裏でこだまする。

『お前がいればいい』
『側妃は必要ない』

(なぜ、そんなことを言う?前は……あんなにも簡単に、僕を捨てたくせに)

指先が微かに震える。

(また泡になるのか?……違う。今度は……違う)

背筋を伸ばし、リアンは歩調を早めた。胸に宿るのは、恐れではなく、決意だった。

(このままじゃ、また同じことが起こる)

憎しみと、愛しさがせめぎ合う。
その均衡が愛しさに傾く瞬間が、リアンには何よりも恐ろしかった。

「リアン、どこへ行くつもりだ?」

——凍るような声音に、心臓が跳ね上がる。

目の前には、カイオスが立っていた。

「——っ」

反射的に足を止め、リアンは呼吸を整える。

(どうして……執務に行ったはずじゃ……)

「……私室に戻ろうかと。いつまでも食事の場にいるわけにもいきませんから」

努めて冷静に答えるが、カイオスは道を塞いだまま微動だにしない。

「何か、用があるのか?」
「……特に」
「なら、戻らずとも私と一緒にいればいい」

返答と同時に、カイオスの手がリアンの腕をとらえる。

「……!」

「慣れる時間も必要だろう?」

その声音には、優しさにも似た柔らかさが滲んでいた。けれどそれは、心地よさではなく、逃げ場を塞ぐものだった。

(この人は……僕を、逃がす気なんて……)

カイオスの言葉が、心の奥に潜む怒りを突き上げる。

「……お構いなく」
「そうはいかない」

返答は静かだったが、決して譲らない圧が込められていた。

「お前は、私の妻だ」
「——っ」

リアンの瞳が鋭く細められる。

「……妻?」

睨み返すように、視線をぶつけた。

「よく言いますね」

その声には、抑えきれない憤りが滲む。

「あなたは、かつて『誓う』と言った」

言いかけた瞬間——カイオスの手が伸び、リアンの手首を掴み、力強く引き寄せた。

「——っ!」

一瞬で距離が潰される。
息を呑む間もなく、カイオスの腕の中に閉じ込められた。

「……っ、離してくださいっ!」

身を捩っても、逃げられない。
鋼のような腕に縛られて、身動きすらままならなかった。

「リアン」

囁きのような、けれど耳の奥まで届く低い声。

「……お前は、覚えているのか?」

呼吸が止まりかけた。背筋に、冷たい電流が走る。

「……何のことです?」

声が震えるのを必死に抑える。だが、カイオスの目は一瞬たりとも逸らされなかった。

「お前が……私を憎んでいるのなら」

そっと指先が頬をなぞる。なぜか、その動きすら熱を帯びているように感じられた。

「仕方がない」
「——っ」
「だが、それでも……お前を手放す気はない」

内臓を握られたような感覚が、胸を満たす。

(この人は……なぜ、ここまで……!)

頭の中がぐしゃぐしゃにかき乱されていく。言葉にならない衝動が、胸を満たす。

「……離してください」
「嫌だ」

即答だった。
重ねられた言葉が、まるで檻のようにリアンを囲っていく。

「お前は、私のものだ。二度と手放さない」

囁きが、耳の奥をくすぐったその瞬間——唇が、触れた。

「——っ!」

熱い。
カイオスの唇が、リアンのものを塞ぐ。
瞬間、すべての空気が止まったような感覚に包まれる。

(何を……)

抗おうとした次の刹那、唇の奥へと舌が押し入ってきた。

「んっ……!」

口腔をくすぐるぬめりとした感触。
驚きと怒りで顔を背けようとするも、後頭部を押さえられ、逃げ場を封じられる。

ぬるりと絡みつく舌が、粘膜を舐め、吸いつき、吐息を奪っていく。

(やめろ……!離せ……!)

身体が無意識に震え始めた。
最後に名残を惜しむように唇を吸い、カイオスはようやく口を離す。
リアンの唇は、濡れそぼり、荒い呼吸だけが漏れていた。

「……っ……何を……」
「口づけだが?」

カイオスの声音は落ち着き払っていた。

「ふざけ、るな……!」

怒気を込めて睨みつける。
けれどカイオスの腕は、いまだ頑なにリアンを放そうとしなかった。

「お前は……本当に、覚えているのか?」

問いかけられたその言葉は、甘く、けれど確かに狂気を孕んでいた。

「覚えているに決まっている……!僕は、お前に捨てられたんだ……!」

喉奥から迸る怒声が、胸の奥を焼いた。
カイオスの瞳が細められる。その表情には、微かな期待と……悦びの影が滲んでいた。

(こいつは……)

リアンは息を呑む。
——まるで、憎まれることすら悦んでいるような……そんな眼だった。

「ええ、憎んでいますとも……!」

憎悪をぶつけるように声を放つ。

「あなたは僕を捨てた。誓いを破って、僕を泡にした……!信じていたのに!愛していたのに!」

叫んだ瞬間、カイオスの腕に力がこもる。
胸元に伝わるその熱が、ますますリアンの心を締めつける。

「……それで?」
「……は?」

リアンの目が見開かれる。
けれどカイオスは静かに問うた。

「それで、お前はどうする?」

穏やかな声だった。けれど、その奥には狂気じみた決意が見え隠れしている。

「憎んでいるのなら、私を殺すか?」

リアンの手が震える。
その指先を、カイオスがゆっくりと取り上げた。

そして、自らの首元へ押し当てる。

「……っ!」

そこに、脈打つ熱い鼓動がある。生の証。

「私を殺せるのなら……お前の勝ちだ」

心の奥に沈殿していた感情が、ぐつぐつと煮え立つ。

「……なんで」
「……?」
「なんで……そんなことを言うんです……!」

問いかけた声が震えた。
カイオスの瞳に宿るのは、哀しげな光。

(……なんだ、この目は……)

リアンは思わず目を閉じた。

「……離してください」
「嫌だ」

食い気味の即答だった。

「っ……!」
「お前を手放すつもりはない。たとえ、お前が私を憎んでいたとしても」

再び、リアンの手が優しく包み込まれる。
その温もりは、あまりに強くて、痛いほどに熱かった。

(……憎んでいるのに……)

リアンの心臓が乱打を始める。
この腕の中にいると、溶かされそうになる。
逃げなければ。また同じ過ちを繰り返す。

「離してください!」

声を張り上げ、全身の力を振り絞ってカイオスを突き放そうとする。
だが、まるで岩のように動かない。

「……嫌だ」

その声音は低く、決然としていた。

「今更……お前を手放すつもりはない。たとえ、お前がどれほど私を拒もうと」

リアンの腰が引き寄せられる。

「私は、お前を逃がさない」
「っ、離せ……!」

必死に暴れるリアンを、カイオスは逃さない。
次の瞬間、リアンの身体は強引に抱き上げられ、視界がぐらりと揺れた。




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