前世で僕を裏切ったはずの恋人が、生まれ変わっても離してくれない

めがねあざらし

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12、籠の鳥は檻の中 (後)

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 曇り空と同じく鈍く重たい時が、塔の中で静かに積み重なっていく。

 リアンは、寝台の傍の椅子に腰かけたまま、窓の外に遠く目を向けていた。
 風も、空の色も、手が届かない。
 まるで絵の中の景色を眺めているような、現実味のない静けさだった。

 そこへ、扉が軋む音が響いた。
 ガチャリ──鉄の音。

 リアンは、ゆっくりと振り返る。
 扉の向こうに現れたのは、やはりカイオスだった。
 当然のように、何のためらいもなくこの空間に足を踏み入れてくる。

「……何の用だ」

 いつものように吐き捨てるような声。
 返事はない。ただ、彼は静かに歩を進めてくる。

 その手に提げられていたのは、小さな鳥籠だった。
 中で白い小鳥が、ふわふわとした羽根を膨らませ、リアンの方を無垢な目で覗き込んでいた。

「……これは?」

 自然と警戒心が滲む。
 カイオスの行動は、どこまでも一貫していて、そして予測できない。

「お前のものだ」

 淡々と告げられる。

「お前が寂しくないようにと思ってな」

 言葉の内容に、リアンは思わず眉をひそめた。

(……閉じ込めておきながら、“寂しくないように”だと?)

 矛盾に満ちた優しさ。
 それは甘い毒にしか思えなかった。
 縛り、閉じ込め、逃げ場を奪ったくせに。
 そのくせ、こんなものを与えてくる。
 孤独を慰めるためか? 罪悪感のつもりか?

 リアンの胸の奥が、ざらりとささくれ立つ。

(わかってない……こいつは、何も……わかっていない……!)

 そんな苛立ちを見透かしたように、カイオスがふいに鳥籠の扉に手をかける。
 その仕草は、無造作で——けれど、どこか挑発めいていた。

「いらないなら放すか?」

 軽く呟かれたその言葉に、リアンの指先がぴくりと動いた。

「——っ!」

 リアンの身体が咄嗟に動いていた。
 無意識のままに、腕が伸び、鳥籠を自分の胸へと抱き寄せる。

 それを見たカイオスの口元が、わずかに笑んだ。

「……気に入ったか?」

 悔しいほど、自然に、腕の中で鳥籠を守っている自分に気づいてしまう。

「……ありがとう、とは言わない」

 リアンの声は低く、掠れていた。

「言わなくていい」

 満足げにそう言ったカイオスの指が、リアンの頬をそっと撫でる。
 やわらかな感触が、酷く冷たく思えた。

「お前が、私の与えるものを受け入れるだけで十分だ」

 リアンは唇をきゅっと結ぶ。
 この鳥には、罪はない。
 けれど、カイオスの“優しさ”を受け取る自分が、どうしようもなく惨めに思えた。

 でも……この小鳥だけは、本当に、自分のものであるような気がした。

 鳥は、リアンの指先をつつくようにして、小さく鳴いた。

「……お前の名前、どうしようか」

 囁くように呟けば、小鳥は小首を傾げて返事のような声をあげる。

「……ノア」

 リアンの声に、鳥は「チュン」と可愛らしく鳴いた。

「ノア……気に入った?」

 そう言いながら、リアンは鳥籠を大切そうに机の上へと置いた。
 その小さな命に、意識のすべてが向かっていた。
 まるで、ここにカイオスという存在がいないかのように——

「……ノア」

 優しく指を伸ばす。
 触れる寸前、その瞬間——

「……リアン、私を見ろ」

 低く、地を這うような声が背後から響いた。

「——っ!」

 腕が、強く引かれる。

「なっ……何を……!」

 問いかける間もなく、背中が冷たい壁に打ちつけられる。

 次いで、熱を帯びた身体が押し寄せた。
 カイオスの腕が、絡みつくようにリアンの全身を封じ込める。

「お前は……私のものだ。リアン……」

 目の前に迫る顔。
 呼吸が触れ合う距離。
 リアンの唇が、強く引き結ばれる。

 だが──カイオスは構わず、そのまま顔を寄せてくる。
 リアンの唇に、乾いた音も立てずに、自らの唇を重ねた。

 ——淡く、けれど確かに。
 囁きの代わりに伝わる熱と意志。

「っ……」

 リアンは抵抗するように顔を背けようとする。
 だが、それを見越していたかのように、カイオスの腕が背中に回り、リアンの身をしっかりと支えた。

 片手はそのまま夜着の裾へと滑り、ゆっくりと指を差し入れる。
 冷たい空気が、肌の奥へと入り込んだ。
 それだけで、リアンの身体がびくりと跳ねる。

 太腿の内側をなぞるような指先。
 そこには荒々しさも力任せな押し付けもないのに、やけに体温を奪っていく。

 ぞくり、と背筋に走った感覚が、今でも鮮明だ。
 熱ではない。冷たさでもない。
 ただひたすらに「快感」という名の毒が、皮膚の内側から染み込んでくる。

「んっ……」

 零れた声に、リアン自身が驚いた。
 こんなふうに感じたくなんてなかった。
 身体は嘘をついても、カイオスの手は、すべてを暴いてしまう。

 唇が、また重ねられた。
 今回は深く、逃がさないように。
 湿り気を帯びた熱が、絡むように、じわじわと意識を溶かしていく。

(嫌だ……!)

 リアンは、必死に首を振った。
 そのたびに、銀色の髪が揺れ、頬をかすめる。

「……っふ……触る、な……!」

 気力を振り絞って言う。
 だが、カイオスは静かに笑っていた。
 その目には、怒りも欲望も浮かんでいない。ただ確信と執着だけ。

「リアン、お前はここから逃げられない」

 囁くように、耳元で告げられる。
 その言葉はまるで呪いのようにリアンの胸に落ちた。

 視界がじわじわと暗くなる。
 意識を手放しかけたその瞬間、カイオスの囁きが、最後の杭のように深く刺さる。

「お前がどれだけ私を拒んでも、私は構わない。何度でも、お前をこうして抱きしめる」

 囁きと体温と──沈みゆく意識が重なり、リアンの心はまた、軋むように傷んだ。

カイオスの囁きと、密着する体温。
 それが、じわじわとリアンの意識を引きずり込んでいく。

 けれど——
 心は、まだ抗っていた。

 このまま流されてはいけない。
 ここで終われば、本当に自分は壊れてしまう。

「……やめろ……」

 リアンは、カイオスの胸を押し返そうと両手を突く。
 だが、その腕にはまるで力が入らない。
 足枷のせいで逃げ場もなく、身じろぎするたび、冷たい鎖が鈍く鳴った。

 逃げなければ。
 この男の手から、息のかかる距離から——。

 だが次の瞬間、リアンの腰が突然浮く。
 視界が大きく揺れ、身を包んでいた温もりが一瞬だけ離れた。

「……っ⁉」

 気づいた時には、カイオスの腕がリアンの腰を強く抱えていた。
 まるで玩具のように軽々と持ち上げられ、逃げる隙など一切与えられない。

「や……っ、放せ!」

 リアンの抗議も虚しく、カイオスは無言のまま、寝台へと一歩踏み出す。

 空気が変わった。
 寝台に近づくにつれて、部屋の中の温度が緩やかに上昇するように感じた。

 ——何かが始まる予感。

 それは、抗うほどに濃く、重く、背後から覆いかぶさるようだった。
 カイオスはそのままリアンの身体を寝台の上へと、ほとんど投げるように置いた。

 ふわり、と跳ねた布の感触。
 続いて、自身の体が沈む音。

「っ、く……!」

 起き上がろうとした瞬間、カイオスの影が覆い被さってきた。
 広げられた両腕がリアンの頭上に落ちる。
 そのまま、身動きを封じられる形で、身体を囲い込まれる。

「……どこへ行くつもりだ?」

 低い囁きが耳元をくすぐる。

 その声に、リアンの心臓が高鳴った。
 怒りでも、恐怖でもない。
 もっと曖昧で、触れてはならない感情が、皮膚の内側でじくじくと疼き始めていた。

(逃げられない……でも……)

 潤んだ視界の中で、カイオスの金の髪が揺れていた。
 眼差しはどこまでも冷静で、それでいて熱を孕んでいる。

 ゆっくりと、指先が夜着の裾へと再び這い寄った——



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