前世で僕を裏切ったはずの恋人が、生まれ変わっても離してくれない

めがねあざらし

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16、偽りの服従(後)

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リアンが移されたのは、カイオスの寝室。
その片隅に腰を下ろし、指先をそっと見つめる。

(ここに移されて……もう数日か)

カイオスの監視は相変わらず厳しかった。
だが、塔とは違い、いくつかの私物が運ばれていた。

(宝石箱が、ここにある)

あの古びた鏡付きの宝石箱。
塔を出るとき、侍女たちが運んだ荷物の中に混ざっていたのだ。

カイオス自身は、その存在を気にも留めていなかったのだろう。
まるで無関心を装うように、寝室の隅に置かれていた。

(まさか……こんな形で戻ってくるとは)

リアンは、そっと箱の鏡面に指を滑らせる。
表面は冷たく、何の反応もない。

今は、侍女たちが出入りする時間。
まずは誰もいない時を見極めねばならなかった。

机の上では、ノアが小さく囀る。
鳥籠も、同じように寝室へと運び込まれていた。

(……まだ僕は檻の中。けれど——)

計画の第一段階は、確かに成功した。
その実感が、かすかに胸を軽くする。

カイオスの不在。
それは、思いがけず早く訪れた。

「陛下は?」

朝食の際、控えめに侍女へ尋ねると、彼女は丁寧に答えた。

「本日は、外へ視察に向かわれました。お戻りは夜になるかと」

それから間もなく——部屋は無人となった。

(今なら……)

リアンは、慎重に寝室の様子を見渡す。
目的の宝石箱は、変わらぬ姿でそこにある。

(カイオスには、ただの箱にしか見えていないんだ)

——だが自分にとっては、希望への鍵。

リアンは指先で鏡面に触れる。

その瞬間、薄く波紋のようなゆらぎが広がった。

「……リアン」

鏡の奥に現れたのは、ネヴェリア。

「カイオスは?」

「視察に出た。侍女もいない。今なら話せる」

リアンの声に、ネヴェリアは満足そうに唇を緩めた。

「ふふ……上手くやったのね。では、次の段階へ進みましょう」

リアンは無言のまま彼女を見つめた。
その瞳に宿る光は、もはや迷いを含んでいなかった。

「……このままでは、何も変わらないわ」
「あなたは、ここで朽ち果てるしかない」

「……どうすればいい」

リアンの問いに、ネヴェリアの指が鏡の奥からすっと伸びる。
その動きは、まるで誘うように優美だった。

「前と同じ方法よ」
「……前と?」
「ええ。あなたの血を捧げるのよ。私に」

リアンは、静かに唾を飲み込む。

(また、あれを……)

かつて、彼女と契約したあの夜。
指を切って血を差し出した、その記憶がよみがえる。

「……刃が要る」

リアンは周囲を見回した。
宝石箱の中には何もない。

(どこかに……)

視線を彷徨わせると——
鳥籠の奥、机の上に短剣があるのを見つけた。

きっと、侍女の置き忘れか、カイオスの無頓着な一面か。
偶然で幸運なその判断。

(……助かった)

リアンは、一瞬だけ躊躇いながらも手を伸ばす。

(迷うな。僕の自由のためなら——)

短剣を握ると、鉄のような重みが掌に伝わる。
ネヴェリアは優しく囁いた。

「それでいいの。怖がらないで」

リアンは息を吸い込み、刃を指先へと滑らせる。

——スッ……。

皮膚が裂け、鮮血が刃を濡らした。

(これで……)

赤い滴が、ぽたりと鏡へ落ちる。
波紋のように広がった鏡が、やがて深紅に染まった。

「……よくできたわ、リアン」

ネヴェリアの目が、妖しく光る。

「これで、あなたは“完全に”私のもの」

胸の奥に、小さなざわめきが灯る。
それが不安なのか、期待なのか——リアンにはまだ分からなかった。

けれど、確かに次の扉が開いたのだ。




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