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第十六話 咨詢

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「大濠くん、その後・・・知人さんはどんな感じ?もしかしなくても、そのことで悩んだりしてない?」

今日も今日とて、周囲が逃げるほどに気迫が漏れまくりな三成を連れ出したのは、同僚の久嗣だ。周囲が三成の様子に恐れ慄いていたことと、何より自分がアドバイスをしたという責任感もあった。
そんなわけで、先日と同じカフェへと二人で来ていて、向かい合って座っており、久嗣が首を傾げると三成が深い溜息を吐いた。

「お前は聡いな・・・。その通りだ・・・」
「いや、まあ・・・で、どうしたの?もしかして、うまくいかなかった?」

聡いも何も、三成は嘘が下手というか嘘がつけない性格なのだろうと久嗣は把握している。そもそもこうして態度に出てしまうのだ。仕事に支障をきたすことは絶対にないのが、救いではあるがーーそれどころか倍速で仕事が早くなるのだから、その点においては久嗣も舌を巻くーー。
問われたことに三成は一度自分の手元へと視線を落としてから、彷徨わせ、一つ息を吐いてから顔を上げた。

「・・・・・・切腹ものの失態を犯した、そうだ」
「え、切腹?切腹って、それは、君・・・それはまた随分と・・・えぇ・・・、その、まさか勢い余って・・・?」

日常的に『切腹』なんて言葉を今日日、聞くことは珍しい。しかし久嗣の目の前にいる男は神妙な態度であり、冗談でないことが伝わってくる。まさか強姦?と戦々恐々な気持ちが生まれてくる。何せ、助長するように仕向けたのは他でもない自分であるので。

「・・・押し倒しはしたが、逃げられた。・・・今は電話にも出てもらえない」

三成からの答えに、久嗣は緩く安堵の息を吐いた。
どうにかーーそれはもう犯罪一歩手前ではあるがーー踏みとどまれたようだ。

ーーしかし、大濠くんから逃げられる女性っているんだねぇ・・・相当、強くない?その子。

内心、変なところに久嗣は驚いてしまう。仮にだが、何かのアクシデントで久嗣が三成に制圧された場合、久嗣はとてもじゃないがその手から逃げられる気はしない。ジムなどで見てわかる話だが、偉く体幹も良ければ体躯も出来上がっているのだ、三成は。多少、護身術の覚えがある久嗣であるから分かるのかもしれないが。
だが、事態が深刻であるのは間違いない。どうしたものか、と考える久嗣に三成が続けた。

「しかし、わからんことがある。相手はお・・・いや、知人のことが好きで、似た人物と付き合っていると言うんだ」

不可思議そうに三成は首を傾げた。

「へぇ・・・その知人さんに振り向いてもらえる可能性がないから別の人と、ってことなんだよね?」

結構入り組んだ話だな、と久嗣が思っているところに、三成は頷いた。

「そうなるな。いけすかない感じの男だった・・・で、だ。知人は、なら自分でいいではないかと言ったが、相手はもう遅いと言う・・・。実に、わからん。俺も好きで、俺が好きならばそれは両想いだろう?」

どこまでも三成は三成で一直線だ。好きだと認識すればひたむきに其方に走り続ける。純情ではあるのだろう。ただ、それも行き過ぎると愚かさにも繋がる。

「うーん・・・でも、さ。その子って不真面目な子なの?」

少し考えるように唸って、久嗣が眉を顰めた。
いいや、と三成は首を振る。

「その子にしてみれば、身代わりとはいえ自分で選んだ人なんでしょう?これはさ、例え話だけど・・・例えばだよ?大濠くんが何か動物・・・犬でも猫でもいいけどさ、飼ったとするよね?」
「ああ」
「その子を可愛がってて、もう一匹欲しくなったとするでしょう?」
「ああ。二匹だと俺が留守中にしても寂しくないしな」
「まあ、うん。それでさ、一匹目を捨てる?」

久嗣の話に、は?と今度は三成が眉を顰めた。

「せんだろう、そんなこと。どちらも大事にするだろう?」
「まあ、そうだよね。だからさ、人を犬猫に例えるのもあれなんだけど・・・いくら思いが通じ合ってるとわかったとはいえ・・・右から左には、付き合った人間を捨てることは出来ないんじゃないかな?真面目な子なら尚更ね。だから、遅い、ってことなんじゃないかな?」
「・・・・・・・・・」

ちょうどいいタイミングで目の前に運ばれてきた珈琲を久嗣は一口飲んだ。三成は話に理解はできたようだが、いまだに眉を顰めたまま首を左に右に傾けている。
それは、まあそうだろうな、と久嗣にも理解はできる。久嗣には大事にしている婚約者とその弟がいるが、仮にどちらかが自分が好きなのに他の人間と付き合う、なんてしようとするならば、それを知った時点で実力行使で閉じ込める駄目な自信しかない。拉致した上で監禁生活をまったなしだ。逆に好きでないと言われれば、ある程度折り合いをつけて逃すかもしれないが。久嗣は久嗣で自分がいかに偏愛が強い人間かはわかっているので、気持ちがわからないわけではないのだ。

「しかし、だ。しかしだぞ?自分の心に忠実でないのはいかんだろう?いつか破綻しないか?その身代わりとは」
「どうだろうね・・・その子がどれだけ君、いや、知人さんを想っているかにもよるけれど。あれだよね?押し倒したってことは、告白はしたんでしょう?」

もう一口、珈琲を飲みながら久嗣は首を傾げた。三成は、考えるように視線を巡らした後、顔を上げて真顔になる。

「・・・言ってないな・・・」

ぽつりと、答えた。
はじめ、久嗣は三成の答えが理解できず、目を瞬かせた。は?と言葉が勝手に落ちる。

「・・・好きとは、言ってないな」

もう一度、三成は言った。そこで漸く、三成の言葉が理解できて、久嗣はカフェの天井を仰いだ。嘘でしょう、と呟きながら。そうしてから数秒、大きく息を吐き出した後に、三成へと向き直る。

「まずは、ちゃんと告白すべきだと思うよ。僕は。ただ、そういうことならば警戒心はあるかもしれないから・・・次はお昼、人の目があるところで話せませんか?とか。あまりお勧めはしないけど、それが無理ならばメッセージとか。とにかく、行動じゃなくまず言葉から伝えないと。行動はそこからじゃないかなぁ・・・君の、知人さんの真摯な気持ちを伝えられたら、もしかしたら・・・ってことはあるかもしれない」

お互いに俺だ知人だ君だ、と繰り返しているので既にごっちゃで、久嗣はやや面倒だなぁ、と思いながらも三成にそう告げる。三成は暫く考えた後に、

「そうだな、電話は・・・出てもらえないし・・・別の理由もあって、したくない。メッセージか、どうにか会える機会を待ってみる」

三成が思い出したのは、姫鷹に電話した時のことだ。漸く通話になったかと思えば、こともあろうに電話の向こうから聞こえたのは姫鷹の艶っぽい声だった。自身に経験はないが、あれが所謂情事の最中の声だとわからないほど初心でもない。いま思い出してもはらわたが煮えくりかえりそうだ。俺の姫鷹さんに触れやがって、と。そこに既に強い独占欲が生まれていることに三成は気付いていないが。
そんなこととは露ほども知らない久嗣が、何度目か頷いた。

「うまくいくといいね、大濠くん」
「そうだな・・・」

二人でそう言い合って、珈琲を一口飲む。
既に久嗣の呼び方は『知人さん』ではなかったが、お互いにそこに突っ込むことはなかった。



姫鷹が三成からのメッセージを受け取ったのは、大学から央亮の家に帰りついた夕方のことだった。まだ央亮は仕事から戻っていないのか、その姿は室内にはなかった。コートを脱いでから、トートバッグと一緒にソファの上に置いて、通知表示を指先で押した。

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先日は立場も弁えず大変な失礼をしました。申し訳ありません。
今一度話し合う機会を頂きたいです。
信用は無くなったと思いますが、是非ともお願い申し上げます。

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まるで仕事でミスをしたような真面目なそれに姫鷹は苦笑を漏らした。

ーー・・・立場なんて・・・初手で突き離さなかった俺の甘さだよ。ばか三成・・・。

そう思いながら、メッセージをスクロールする。いつもならば最後に『三成』と名前が書かれているのがないことをなんとなく不思議に思って指先滑らせると、何行か空けた最後の行に、

--------------------

姫鷹さんのことが、好きです。

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とあって、姫鷹はそれを凝視した。
あの行動の後だ。その気持ちを伝えてくることは予想はしていたものの、いざそれが目の前にあることに、やはり驚きは隠せなかった。
どきり、と胸が鳴って、鼓動が早くなる。姫鷹の頬が勝手に熱くなる。

ーーくそ・・・。央亮がいるというのに、三成からのアクションがあればすぐに俺は・・・本当に、情けない・・・。

三成への気持ちがまだ胸の中に燻り続けていることに、姫鷹は溜息を吐いた。まだ揺れ動く自分を受け入れてくれている央亮に浮かぶのは申し訳ないという気持ちばかりだ。もう少しすれば、と自分に言い聞かせるように首を振った時、玄関の方から扉が開く音がした。
姫鷹は慌てて、スマホの画面を暗転させて、それを半ば投げるようにバッグへと放り込んだ。それと同時に、央亮がリビングへと入ってきて、後ろから姫鷹を抱きしめた。

「ただいま、姫」
「あ、央亮・・・おかえり、俺もさっき帰ったところだよ」

なんとか心を落ち着けながら、抱きしめてくる央亮を姫鷹が振り返る。
央亮はにっこりとしながら、姫鷹の首筋に顔を埋めた。外気に触れて少し冷たいその肌に、姫鷹が身を揺らす。

「俺の姫。離れている間、ずっと会いたかったよ。姫は?俺に会いたかった?」

央亮は姫鷹の肌の上に口付けながら、小首を傾げた。抱きしめてくる手が、姫鷹の腰や腹部をゆっくりと撫でて、服の裾を捲って直接触れてくる。あ、と小さな声を漏らしながら姫鷹は頷く。

「ん・・・俺も・・・。あ、央亮、だめ・・・」

やんわりと肌の上を、央亮の冷たい手が這い、指先が胸元に届きそうなところで、姫鷹がそれを阻止するかのように服の上から止めた。ふふ、と央亮が背後で笑う。

「漸く家に帰れて姫鷹の顔を見れたんだからさ。少しぐらい悪戯させてよ?ね?」
「ばか央亮・・・」

元々、姫鷹は求められることが嫌いではない。それどころか、求められれば期待に応えてしまいたくなるのが今の姫鷹だ。求められ、それに応えて自身の存在を確認できる。それは性的嗜好をひた隠しにしてきた故の承認欲求の現れとも言える。なので、央亮からそう言われると逆らう気が削げ落ちてしまい、その身を任せた。
それをよく知っている央亮は、姫鷹のその姿にほくそ笑みながら、侵入させた指先で過敏な胸の突起を摘む。

「んっ・・・」
「可愛いね、姫。ね、クリスマスはどうしようか?何か、欲しいものはある?」

微かな甘い衝撃に姫鷹が声を喘がせていると、央亮が首筋を甘噛みしながら、問いかけをしてきた。

「クリスマス・・・?あ、もうそんな季節・・・」

姫鷹は、そういえば、と思い出す。街を歩いていても、今はそんな装飾でいっぱいだったな、と。

「そ。どこか出かけるのもいいし・・・ベタに食事をして夜景でも見に行こうか?恋人らしい夜でしょ?」

央亮は首筋から耳へと口を移動させつつ、姫鷹の耳朶を喰んだ。そうしながら指先で、主張をしてきた突起をコリコリと転がす。姫鷹が肩を震わせた。

「あ、ふ・・・っ・・・いいよ、それで・・・あ、央亮が欲しいものは・・・?」

段々と自身の身体が快感に染まっていくのを感じつつも、姫鷹がそう返すと、央亮は目を瞬かせた。

「俺が欲しいもの?そうだなぁ・・・あ、ねぇ。お揃いのピアス、なんて、どう?」

ここに、と姫鷹の耳朶をもう一度央亮が甘噛みする。
姫鷹の耳にピアスホールはない。今までそういうことを考えたことのなかった姫鷹は、僅かに目を見開く。

「ピアス・・・・・・」
「そ。俺がプレゼントするよ?」

ちゅ、と今度は耳全体に央亮がキスをする。指先が動いて硬くなった突起を摘み上げると、姫鷹の身体の中に刺激が走り抜け、あん、と小さな悲鳴をあげて背中を軽くしならせた。はぁ、と熱くなりつつ息を姫鷹は吐き出して、央亮の腕の中で身を捩らせる。央亮は邪魔をすることなく、胸にあった手を浮かせて抱きしめる手を少しばかり緩めた。

「・・・いいよ。央亮が、あけてくれるなら・・・」

身体の向きを央亮の腕の中で変えながら、姫鷹は央亮へと向かい合い、その両手を首へと回す。これも三成への思いを断ち切るきっかけとなるなら、それも良い。
向き合った姫鷹の身体を改めて央亮が抱きしめ、姫鷹は自分から央亮の唇に自分のそれを重ね合わせた。



甘い時間を過ごして、生活の時間も過ぎ去った後、二人は寝室のベッドの上に居た。既に姫鷹は寝入っているようで、央亮がそれを注意深く観察する。
姫鷹の寝息と通常時の呼吸音は既に把握しているものの、念には念をいれて、だ。それが確かに睡眠による呼気だと確認してから、央亮は姫鷹の髪をゆるりと撫でて、ベッドから立ち上がった。
寝室の端、ソファの傍、サイドテーブルの上で充電中になっている姫鷹のスマホを手に取る。ロックを解いて、画面を表示させると、メッセージのアプリが立ち上げられたままだった。三成からのメッセージがそのままの、それ。

「不用心だなぁ・・・ま、そこも可愛いけどねぇ」

央亮の小さい声に苦笑が混じり、そのメッセージを読んだ央亮の目が細められた。

「おやおや・・・三成くんたら、俺の姫を口説いてくれちゃって・・・返信はなし、か。姫は浮気性だからなぁ・・・さて、どうしようか?」

央亮の声が、静かな部屋に落ちる。姫鷹は、それを知らない。
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