ヤンデレ社長は別れた妻を一途に愛しすぎている

藍川せりか

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1巻

1-2

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 裕典は私の座っているソファの斜め前にあるソファに腰掛けて、こちらを見て微笑みかけてくる。なぜわざわざ元嫁にそんなににこやかに接してくるのか謎だ。
 長い足を組み、スーツ姿ではあるもののリラックスした様子の裕典からは、大人の男性の色気が駄々漏れしている。前までそんなフェロモンを放つような人じゃなかったのに、やけに色気づいていることにムカつく。
 彼を視界に入れないように、自分の持っているコーヒーに視線を落とした。

「何でうちの会社に来たの? 他にもたくさん会社はあるでしょ?」
「たまたまだよ、たまたま。琥珀堂の中に知り合いがいて、ヴィグレイシアの社長になって業績を伸ばしてほしいって頼まれたんだ」
「だからって……。社員の名簿に目を通したら私の名前があったでしょ? 断ればいいのに」

 裕典が有能な人だということは分かっているものの、わざわざ離婚した相手のいる会社に来なくてもいいじゃない。

「そこは関係ないでしょ。俺は単純にヴィグレイシアのことを気に入っただけ。日本に上陸して間もない無名に近いこのブランドを一流にしたいって思ったんだ」
「ふーん……」

 その情熱には共感できる。商品はいいものばかりだし、伸びしろは充分すぎるほどある。これから業績を伸ばして自分たちの手でヴィグレイシアを有名にできたら、やり甲斐や達成感を味わうことができるだろう。
 そういう仕事熱心なところは、今も変わらないんだなと感心する。

「茉莉花も俺と同じ気持ちだから、大手ブランドだったジョーカーを辞めてまでここに来たんだろ?」
「そうだけど……」
「だったら、一緒だ」

 だからって……元嫁がいる会社に就職することを、少しぐらい躊躇ためらってくれてもいいのに。それとも、別れた私に会うのを微塵みじん躊躇ためらわないほど、彼にとってはどうでもいい存在だったのか。
 そりゃそうか。出会って二ヵ月でスピード結婚して、一年で離婚したんだもんな。思い入れなんて何もないか。

「そういうわけだから、これからよろしく」
「悪いけど、必要以上に話しかけてこないでね。一社員に社長が話しかけてくるなんて、変に思われる。会社の人たちに離婚歴があることは隠していないけれど、相手があなただと知られるのは困るから」

 そう冷たく言い放ち、ソファから立ち上がる。裕典は私を見上げて、ふっと笑みを零す。

「肝に銘じておきます」
「お願いします」
「はーい」

 軽い返事に拍子ひょうしけしそうになる。本当に分かってる? と言いたくなるような返答にため息を漏らして、彼のもとから離れた。


 翌日の夜。
 仕事が終わり、オフィスを出て駅へ向かう。四駅先で下車し、そこから徒歩五分。駅近の高層マンションのエントランスを抜け、オートロックを解除してエレベーターホールへ向かう。
 女性が一人で住むにはハイグレードすぎるマンションの、広々としたエレベーターに乗り込んだ。目的の階を押し、スマホでニュースをチェックしながら、ふと昼間の出来事を思い出した。
 ――はぁ、夢だったらいいのに。
 離婚した相手が同じ職場にいるなんて、やりづらいにもほどがある。もう私に関わってこないでと言ったところで、会社にいれば何かと顔を合わせる。今日は社内を案内するためか、選ばれし社員が裕典と共にオフィスフロアにやってきた。
 分かるよ、分かるけど……!
 裕典は、誰が見ても一目瞭然いちもくりょうぜんで格好いい男性であるのは分かってる。背は高いし、顔もいいし、仕事もできる。色気あふれる大人の男性かと思えば、笑うとひとなつっこくて可愛い。そんな魅力的な独身男性がやってきたら、意識せずにはいられないのは分かるけど。
 それにしたって、うちの社員たち、裕典にメロメロすぎない!?
 突然現れた色男に夢中になりすぎだと憤慨ふんがいする。もちろんヴィグレイシアにも男性社員はいるけれど、既婚者が多いし、少ない独身男性は中性的だったり、美容好きのガチムチのゲイだったりと個性的な人が多い。
 そんな中、恋愛対象になる極上の男性がやってきたのだから、皆浮かれているのだろう。
 だいたい裕典も裕典だよ。昔はあんな風に色気を振りまくような奴じゃなかったのに。どちらかというと、真面目で女性慣れしていないタイプで、私は彼のそういう不器用なところが好きで結婚したのだ。
 それが今では、自分の男としての魅力を熟知していて、それをわざと振りまいて女性をとりこにしている風に感じる。仕草のひとつひとつがいちいち意味ありげで腹が立った。

「何なの、あいつ……」

 目的の階に着いたことを知らせる電子音が鳴り、現実に戻る。
 機嫌の悪さが足音にも表れているようで、一歩一歩踏み込む音が大きい。絨毯じゅうたんに衝撃が吸収されるような構造にもかかわらず、ドスドスとパンプスの音を響かせながら自宅に向かった。

「はぁ……」

 このマンションは、結婚したときに買った分譲マンションだ。一年前まで吉成だった表札は、離婚したあと横井に変わった。
 離婚が決まった際、このマンションを売ろうと提案したものの、裕典は承諾しなかった。せっかくインテリアにこだわったし、立地もいい。離婚の慰謝料代わりにこのマンションを貰ってくれと言われたのだ。
 ――別に、慰謝料なんていらなかったのに。
 とはいえ、家賃はかからないし、部屋のインテリアや構造も気に入っている。こんな広々としたマンションに住めるのは快適だし、正直有難かった。

「ただいまー」

 誰もいない玄関でそう呟いて、廊下を歩いていく。奥にあるリビングに着くと、電気をつけてお風呂の給湯器のボタンを押した。
 今日は疲れたから半身浴がしたいな。
 トレンチコートを脱ぎながら、寝室の近くにあるウォークインクローゼットへ向かう。
 そこでコートをハンガーにかけて、バッグを所定の場所に片付けた。
 バッグからスマホだけ取り出し、洗面所と脱衣所を兼ねたランドリールームでメイクを落とし始める。
 まずはコンタクトレンズを取って、ヘアバンドをしておでこを全開にする。
 アイメイク用のクレンジングをコットンに染み込ませて、優しくマスカラをオフした。ゴシゴシやるとまつ毛にダメージを与えてしまうから、目の周りの薄い皮膚を刺激しないように優しく。
 アイメイクを丁寧に落としたあとは、クリームタイプのクレンジングで、額や頬などをくるくると指の腹でマッサージしながらメイクを落としていく。

「はぁ……幸せ」

 濃厚でコクのあるテクスチャーのクリームで肌をマッサージしていると、ほんのりと甘い上品な香りに包まれる。この香りが好きで、ヴィグレイシアのクレンジングを愛用している。
 最上級のラインだけあって、それなりに値段の張る商品だ。化粧品会社に勤めていると、自社コスメを安く買えたりサンプルを貰えたりするから嬉しい。
 最後は浮かせたメイクをぬるま湯で洗い流して終了。

「ふう!」

 そうこうしているうちに、給湯器からお風呂が沸いたことを知らせる音楽が流れてきたので、服を脱いでバスルームへ入る。
 体を洗って浴槽にかった私は、ぼんやりと過去を思い出した。
 裕典のこと、少しずつ考えないようになってきていたのに……
 彼と再会したことで、嫌でも当時のことを思い出してしまう。
 出会って二ヵ月で結婚して、ほぼ恋愛期間ゼロ。うちの両親は事業で成功していて人当たりもいい裕典のことをすごく気に入って、「この人となら大丈夫ね」と言って結婚に賛成した。
 逆に最初乗り気だった私は、だんだん現実に引き戻されて「こんな勢いだけで結婚して大丈夫?」と、不安になっていった。
 両家の顔合わせも、結納も結婚式の準備も、周囲が本人たち以上にノリノリで進行していった。
 何ひとつ問題が起きることなく、恐ろしいほど順調に私たちの結婚は進んだ。ここまでくると、お互いのタイミングもよかったし、私たちは結婚するために出会ったのだと確信して、私の不安も解消されていった。
 結婚式を済ませ、この新築分譲マンションを購入し、私の好きなように家具を選ばせてもらって、新婚生活に浮かれていた。
 個人の部屋を作り、寝室は別。それぞれのプライベートを守ろうと提案した。部屋の数は多いし、使わず余らせておくくらいなら別々の部屋にしたほうが有効だし、ずっと一緒にいるのは疲れるだろうと思ってのことだった。
 裕典は「茉莉花のしたいようにしていいよ」と言って賛成してくれた。
 あのとき、寝室を一緒にすればよかったのかな。
 美容部員だった私は、化粧は濃いし、カラコンもしていて、すっぴんを見せたくない気持ちが大きかった。ヘアメイクを完璧にすれば自信を持った強い女性でいられるけれど、何もしていない状態の私はコンプレックスのかたまりなのだ。
 裕典に格好悪いところを見せたくなくて、自宅にいるのにいつも気を張っていた。そんな生活がだんだん窮屈きゅうくつになって、自室で過ごすことが増えていった。
 そのせいで、夫婦生活はなくなり、会話もほとんどしなくなった。気がついたときには、後戻りできないほどすれ違っていた。

「茉莉花の好きにしていいよ……か」

 最初から最後まで裕典はそう言った。
 結婚するときも、部屋を別々にしたときも、喧嘩になりそうなときも、離婚するときも。
 彼はいつもそう言って、私のしたいようにさせてくれた。
 私が心地よく過ごせるなら好きにしていいと言っているのだろうけど、そこに裕典の意見はないの? と寂しく感じていた。
 本当は、「離婚したくない」と引き留めてほしかった。……わがままだよね。だったら離婚なんて言い出さなきゃよかったんだから。

「はぁ……」

 お湯にかって、深いため息をつく。
 裕典の仕事が大変だったときも、私は自分の作った料理を食べてくれないことに怒ってばかりだった。忙しいながらに時間を見つけて掃除も洗濯もやってくれていたのに、私ばかりやっている気になって、裕典に感謝していなかった。
 私たちが離婚してしまったのは、私の我慢が足りなかったから。裕典は私に何も求めてこなかったし、好きなようにさせてくれていたのに、一人で怒って泣いて感情的になって離婚を決めた。

「我ながら、子どもすぎて嫌になる」

 だからもう恋愛などしない。同じ過ちを犯さないために、結婚もしない。
 一人で生きていくために、仕事でキャリアを積んで、しっかりと自立する。そう決めて、転職をして今に至るのに。
 再会しただけでこんなに落ち込むのなら、これから先どうなってしまうのだろうと不安になる。裕典のことを考えると、心が苦しくなるから嫌だ。できればあまり関わりたくない。
 湯舟から勢いよく立ち上がり、私は気持ちを切り替えた。


   ***


 裕典と再会して一週間後。
 オフィスにあるミーティングルームに、関西の新店舗スタッフに採用された五人を集めた。その前に立った私は、彼女らに説明を始める。

「おはようございます。私はヴィグレイシアのトレーナーをしております横井茉莉花と申します。今日から一週間、皆さんのトレーニングを担当しますので、よろしくお願いします」

 まだ店舗がオープンしていないのでスタッフ全員を集めることができたが、通常なら店舗から数人だけ呼び、ローテーションで研修をする。今回は新店オープンに合わせて、この新人たちをヴィグレイシアの立派なスタッフとして成長させるべく、一週間みっちりと座学とタッチアップの接客の練習をしていく。
 五人の新人の中にはすでに美容部員経験者もいるが、会社によってブランドイメージが全然違う。
 外資系の中でも、もともと有名なブランドが出している化粧品会社もあれば、ジョーカーのようにアーティスト色が強いところもある。スキンケアに力を入れているブランドや、ベースメイクだけに力を入れているブランド、可愛らしさを全面に出しているブランドなど様々だ。
 なので、経験者であっても一から自社のコンセプトをしっかりと理解してもらい、店頭でその魅力をお客様に伝えられるように教える。
 午前中の座学を終え、ミーティングルームからオフィスに向かって歩いていると、同僚の梓がこちらに歩いてきた。

「研修、お疲れさま~。関西の子たち、なかなか個性的だね」
「そうだね」

 関東と関西では好まれるメイクが違うとは思っていたけれど、関西の子たちはしっかりメイクが好きなようで、アイメイクに気合が入っている。

「昼からはタッチアップの練習だから、その辺を指導するつもり」
「茉莉花様は、ドSですからねー」
「誰がドSなのよ?」
「茉莉花様です」

 失礼な、と眉間にしわを寄せて梓をにらむ。
 地域によって売れるアイテムに違いがあるし、メイクの好みも変わるのは承知しているけれど、うちのイメージをしっかり理解した上で店頭に立てるよう教育するだけなのに、どうしてドSなのよ?

「見た目は愛らしい感じなのに、なかなか厳しいからなぁ」
「私、厳しいの?」
「はい、厳しいです。自分にも他人にも厳しい。いい意味で」
「いい意味なのかな……」

 確かに、思ったことはストレートに言うし、隠し事もしない。その代わりに、あとに残したりもしない。
 ちょっと男性っぽいところがあるとは思うけど……それは仕事に関してだけだし。

「あと、男性も絶対に寄せ付けないじゃない? 鉄壁っていうのかな。隙を与えない感じ」

 男性に連絡先を聞かれても絶対に言わないし、必要以上に仲良くしない。それはバツイチになってからそうなったのだ。もう恋したくないし、傷つきたくないから。

「恋愛なんてするつもりないし」
「えー? 何で。まだまだ若いのにもったいないよ」
「離婚してりたの。もう絶対に嫌だ」
「ええ~」

 梓は独身で、まだまだ結婚に憧れを持っているから、いつもそう言ってくる。でも私は、もう男性と深い関係になりたいと思わない。
 それに……まだ完全に立ち直れてないし。
 廊下を歩き、エレベーターホールまで来たところで、私たちは立ち止まる。もうすぐフロアに到着しそうなので、雑談しながらしばらく待っていた。
 すると到着したエレベーターの中から裕典が男性秘書と出てきて、私は思わず顔を強張こわばらせた。

「……っ」
「お疲れさまです!」

 梓は裕典を見るなり、キラキラと輝く目をして挨拶あいさつをしたが、私は無表情でうつむいた。
 うわ……っ、最悪。
 できるだけ顔を合わせたくないのに、同じ会社なだけあって、数日に一回程度はどうしても出くわしてしまう。

「あ、えーっと……君は確か……」
「広報の大貫です!」
「ああ、大貫さん。お疲れさまです。あと、横井さんもお疲れさま」

 どうして梓の名前は出てこないのに、私の名前はさらっと言っちゃうかな。そこは知らないふりでいいでしょ? 怪しまれるじゃない!
 眉間にしわを寄せながら裕典をにらみつける。なのに、当の本人は悪気なくさわやかな笑顔を向けてきた。
 その笑顔……腹立つ。絶対わざとやってる。

「横井さん、今日から新店舗のスタッフたちの研修なんだってね。新人さんたちはどうですか?」
「えっ」

 まさか会話を振ってこられるとは。他の人のいる前で不意打ちに話しかけられて、動揺して一瞬言葉を詰まらせてしまった。

「ああ、えっと……そうですね。皆さん、いい人材だと思います。まだ始まったばかりですが、うちのブランドのファンで、たくさんの人たちに広めようという意気込みを感じます」
「そうですか。それはよかった。よろしくお願いしますね」
「はい」

 そう言うと、裕典は歩き出し、秘書と共に社長室へ向かっていった。私と梓は頭を下げてその後ろ姿を見送る。

「はぁ……」
「きゃーっ、茉莉花、名前覚えられているじゃない。何なに、何か覚えてもらえるようなことあったの?」

 普通に考えたら、一介の社員が来たばかりの有能社長に名前を覚えられているなんてなかなかないことだ。特に女性社員は、裕典のことをイケメンでハイスペックな憧れの男性として見ているのだから余計だろう。
 元妻の私からすれば、これは完全に嫌がらせなんだけど。

「何もないよ。たまたまでしょ」
「ほんと? でもいいなー、あんな風に話しかけてもらえて」
「いらないよ、そんなの。新オープンする店舗があるから、気になってるだけじゃない?」

 私の横で興奮する梓をなだめていると、エレベーターから同僚の渕田ふちだ遥人はるとが降りてきた。

「よぉ、お疲れ」
「お疲れさまー」

 渕田くんは、私たちと同じ時期に入社した社員だ。某有名企業の営業を経験し、メイク業界にやってきた。化粧品のことやヴィグレイシアのことは知らなかったみたいだけど、日本にまだ来たばかりの海外ブランドに興味を持って入社したのだという。
 今は営業として、うちのブランドを引っ張っていってくれる頼もしい存在だ。うちの会社の中で、ゲイでもなくオネエでもない、最近いるような美容系男子でもない男性だ。

「今、社長と秘書に会ったでしょ」
「会った、会った! 茉莉花ってば、社長直々じきじきに声をかけられていたんだよ。いいよねー」
「よくないってば。どう思われているか分かんないし。値踏みされているみたいで気分悪い」

 ちゃんと仕事しているんだろうな? と間接的に圧をかけられているみたいで嫌だ。

「俺も一緒にエレベーターに乗っていたんだけど、何か自信に満ちあふれていて、オーラがすごかった。デキる男は違うなー」
「別に大したことないでしょ」

 面白くなくて、ふん、と鼻を鳴らして、二人の意見を一蹴いっしゅうする。仕事はできるかもしれない。でも一緒に生活をしていた私からすると、プライベートのときの裕典は、その辺にいる男性と同じだ。休日なんて、スウェット姿で眼鏡をかけてボーッとしていた。
 彼は決して隙のない完璧な男ではない。皆、神様みたいに思っているみたいだけど、そんなことはないから。
 私が冷たく言い放つと、渕田くんは嬉しそうに微笑む。

「さすが茉莉花様。その一刀両断な感じ、好きだわ~」
「その茉莉花様って言うの、やめてよ」
「そういうとこ、そういうとこ。好きー」

 渕田くんは営業だし、相手をめていい気分にさせるのが上手なのだろうけど、私に冷たくされるとよろこぶので変な奴だと思っている。
 そういう意味では、普通の人じゃないのかも? やっぱりうちの会社の人は変わった人が多いのかもしれない。

「茉莉花様は、社長のこと、いいと思ってないの? うちの女性社員、みーんな社長にメロメロじゃん。大貫さんもでしょ?」
「もちろん、ワンチャンあるなら、絶対にいく!」
「茉莉花様は?」

 二人の視線が私に集まって、ぐ……と言葉に詰まる。
 元嫁にそんなことを聞くか? と心の中で呟いたあと、きっぱりと言い放った。

「いいと思ってない。興味なし。私のタイプじゃない」
「そっかー、よかった」

 渕田くんは、ほっと胸を撫で下ろして気の抜けた表情で微笑む。何がそんなに嬉しいんだか。

「渕田は茉莉花が好きだからね~」
「ミーハーじゃなくて、芯の強いところがモロタイプ。俺のこと、彼氏にして~」
「しないから、絶対。彼氏いらないし」
「ああー、好きだー」

 毎回こういうやり取りをするのだけど、これは一体何のコントなのだろう。いつも渕田くんが大袈裟おおげさに私の恋人になりたいと懇願して、私が即答で断り、それを笑う同僚たちという流れ。
 実害はないし話のノリとして、特に気にしないようにしている。渕田くんは周りを盛り上げるためにこんな調子で私に絡んでくるのだし。

「冗談ばかり言ってないで、仕事に戻るよ」
「はーい」

 休憩を切り上げて、私は新人研修に戻る。研修中、突然ミーティングルームに裕典が現れて新人たちの様子を見ていったのだけど、いきなり社長が現れたものだからザワついた新人たちの集中力が切れてしまった。
 こっちはカリキュラムを組んでやっているのに、中断されると迷惑なんですけど!
 怒りの眼差しを裕典に向けても、微笑みかけられるだけ。私は怒っているのに、何で裕典には伝わらないの。意思疎通できないから離婚に至ったんだと実感しながら、怒り心頭で退勤した。


 会社を出た足で、私は会社の近くにある百貨店の化粧品フロアに向かう。かぐわしい香水の香りのするゾーンに入ると、贅沢ぜいたくな気持ちになっていやされる。さっきまでのイライラが消えて、幸せな気持ちで満たされた。
 はぁ~……この空間は、やっぱり最高。
 たくさんの化粧品があって、いい香りがする。ここにいるだけで美意識が刺激されるし、いろいろな商品に目移りしてしまう。
 最近のプチプラコスメは優秀だと聞くけれど、やっぱり私はデパコス、いわゆる百貨店で販売されているデパートコスメが好きだ。他ブランドの人気の商品をいくつか購入し、雑誌やネットで見ていた新作コスメをチェックしながら、お目当てのブランドへ足を進める。

「いらっしゃいませ~って、あれ。茉莉花」
友香ゆうかぁ~っ」


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