執着メンヘラアンドロイドから逃げられない!

サコッシュ拓

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「博士、コーヒーをお持ちしました。」
「ああ、そこ置いといてくれ。」
「…かしこまりました。」

 四方を無機質なコンクリートに囲まれた、とある研究施設。
 その一室で、俺は大きなスクリーンに映し出された実験結果を睨み付けながら黙々と電子キーボードを叩いていた。
 空調の音と微細な機械音だけが響く部屋で、エコーが机にカップを置く音が大きく響く。

 …今日は、やけに疲れた。いつもならこの程度の論文なんかすぐに終わらせられるのに、朝から書き始めて、ようやく終盤に差し掛かったところだった。
 キーボードを打つ手を止めて、エコーの用意したコーヒーをぐっとあおる。
 インスタントの雑な苦味と温かさが口に広がって、少し頭がスッキリした。
 いつもよりなんか刺激的な味がするけど、家に常備してるのは一種類だけだ。
 きっと今の俺が疲れているから、そう感じるだけだろう。

 一息ついて、改めて画面に向かおうとしたが、どうにも視界がぶれてしまって、中々画面に集中できない。

「…ふーっ…。くそ…」
「…博士、大丈夫ですか?平常時より体温が上昇しています。何か体調に異変はありませんか?」
「は…?や、別にないけど…何?」
「体温上昇以外の懸念点はまだ見られませんが、博士のお体にもしものことがあってはいけませんので、一度私に診察プログラムを実行させて下さい。」

 俺はその言葉におもいっきり顔をしかめ、改めてエコーを見た。
 カーボンで作られた骨に筋肉と同じ構造のゴム繊維が仕込まれ、その上に人工皮膚を張り付けた、限りなく人間の見た目をしたロボット。
 ギリシアの彫刻からそのまま出てきたかのような整った顔は、人間に安心感を与えるために設計されたらしい。
 ジャンク品を集めて一から作り上げた所為で、エコーの顔素体はリラクゼーション用、胴素体はボディガード用とちぐはぐだし、搭載された機械音声は8年前の、ひどく古いバージョンのものだ。
 本当は女の素体が欲しかったけど、ジャンクに出回ってるやつはどれもこれもブラックライトを当てると光ったから、しぶしぶ男素体だけで組み上げた。

 肝心のブレインチップは、この前学会で倫理的に問題アリと判断されて廃棄処分になったやつを拝借した。
 市販で売ってるのはどれもこれもクソ高いし、ジャンクのは大抵ウイルス入りだしで、それがタダで手に入る魅力には抗えなかった。
 まぁ、倫理的思考判断が必要になるような小難しいことをさせるつもりは無かったし、一度は学会に発表されたものなんだから、最低限の安全性は保証されてるはずだ。

 エコーを起動してしばらくの間、家の中の雑用を教えてる間は大人しくて良かったが、最近のエコーはこの生活に慣れてきたのか、余計な世話まで焼いてくる。
 所詮、ただのアンドロイドだ。誰かの書いたプログラムに気を使われたって、何にも嬉しくなかった。

「は?そんなめんどくさいもん、やんなくて良いよ。それよりお前、俺の頼んでた仕事は終わったのか?掃除と洗濯と…」
「ええ、現在時刻から2時間16分43秒前に全て終了しました。加えて食料品のストック補充と皿洗いも済ませましたし、先日購入を悩んでいらっしゃったNell社のネックピローについてはレビューサイトの傾向分析と対抗商品との比較分析結果を元に作成した計18ページのレポートを…」
「あーわかったわかった、もういいから。仕事全部終わったんなら、今日はもうスリープモードに入ってろよ。」

 人工知能相手に口論なんてするつもりはないし、これ以上合成音声で捲し立てられるのが嫌で、無理やり話を遮った。
 手をブンブン振ってサーバールームに帰るよう指示したのに、エコーは何故か俺の指示に従わずに、じりじりと距離を詰めてくる。

「…。」
「な、なんだよ。聞こえなかったのか?もう今日は帰れって…」

 微笑を浮かべたままの作り物の顔に、どこか不穏な気配を感じて席から立ち上がろうとした時、いつの間にエコーの背中から伸びていたタコ足のような太い触手が素早く俺に巻き付いてきて、がっちりと体を拘束されてしまった。

「ぎゃっ?!お、おいっなんだよこれ?!お前なにしてんだ?!」
「…博士。本当にお体に不調はありませんか?私は心配なのです。博士が私に、嘘をついているんじゃないかと…」
「ふざっけんなっ、だからってこんなことしていいわけないだろっ?!おいっ、命令だ、これを外せ!!」
「…」

 アンドロイドにとって人間からの命令は絶対のもので、従う以外の選択肢はない。
 だから確実に命令が聞こえるように叫んだのに、体の拘束が外れる気配はなかった。
 それどころか、更にぎりぎりと締め付けられて、椅子から立ち上がることはおろか、少しの身動きすら取れなくなった。
 エコーの顔にはテンプレートの微笑が貼りついたままで、それが更に俺の恐怖を煽る。

「ふ、ふざけんなよお前、な、なんで命令に従わないんだ…?!外せよっ、は、外せって…!!」
「暴れないでください。私は博士の突発的な指示に従うより、長期的な視点から体調を確かめるべきだと判断しました。まずは脳波を測定させていただきますね…」

 微笑みを張り付けたまま、エコーは俺に手を伸ばしてきた。
 脳波測定なんか、普通は重症患者相手に強い麻酔をかけてやるものだ。
 それだけ脳に負担のかかるものを、意識が明瞭な時にやるなんて、拷問に等しいぐらいの…。
 どんどん、エコーの手が俺の顔に近づいてくる。
 必死に体をよじって逃げようとしたけど、何の意味も無かった。
 血が通っていない冷たくて大きな手が、こめかみをがっしりと掴む。

「ひっ…!い、いやだっエコー、やめてくれ…!」
「毎回新鮮に驚いてくれて、本当に博士は魅力的ですね。ほら、力んでいると余計に辛いですから、力を抜いて…」
「ま、毎回って、な…い、いやっあ゛っあがっっぎっぎゃっあっあ゛っあ゛!!」

 エコーが両手に力を込めた瞬間、バチバチと焼けるような衝撃が脳みそに走って、視界が弾け飛んだ。
 溶けた鉄を直接流し込まれるような熱さと、恐ろしく冷えた手で脳みそを掴まれるような気持ち悪さが同時に襲いかかってきて、酷い吐き気と共に、口から意味のない言葉が漏れる。
 しばらく不規則な痙攣を繰り返したあと、がくりと体から力が抜けた。同時に、俺の意識も途切れた。
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