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日常7
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キイトは「ダメかぁ」と呟き、青空を仰ぐと『毛羽』と呼ばれるごく短く、空気に溶ける弱い糸をふっと吐き、風へと流す。
そんな、逸らされた白い喉へとナナフシが笑った。
少年らしい明るい笑い声に顔を戻すと、ナナフシがようやく書き物の手を止め、こちらを見ていた。
「キイト。人に流されんな。お前は糸を仕掛けるのが楽しいから糸を紡いだ。慌てる大人を見て、面白いとは思わなかった。糸の仕掛け具合さえ上手くいけば、お前は機嫌がいい。今回はそれでいいんだ」
「……」
それでいいのだろうか? キイトは瞳を揺らめかせナナフシの目を覗いた。それを受けたナナフシは、正確にキイトの感情を解くと頷いて見せた。
「――いいか、キイト。俺はお前を使って、仲間を苦しめる大人に罰を与えた。イトムシは貴重だからな、誰もお前を強くは叱れない。まぁ……、ヒノデ様があぁ言ってきたのは、誤算だったな。忙しいあの人の耳に入るなんて思わなかった。巻き込んで悪かったな、キイト」
友人が突然頭を下げた。
キイトはぎょっとして、組んだ手を放し、おろおろと宙を泳がせる。
「ナナフシが謝るなよ、僕は僕の考えの無さにうんざりしただけで」
「や、それも俺が考えた。イトムシは嘘がつけないし、悪いことはしないって言う優等生だ。だから、あのケチくせぇ男の素性を明かさず、ただわくわくするような、新しい糸の使い方を提案したんだ。案の定、お前は糸に夢中だった。絶対バレる無駄な嘘も、後悔の言い訳もせずに済んだろう? その点は俺に感謝してもいいんだぜ。だけど、コウズミに謝るのは無しだ。お前はただ利用され、巻き込まれただけ。俺らとコウズミのゴタゴタによ」
(俺ら……か、なんだ、僕は入ってなかったのか)
悪戯が成功した時に、一緒に歓声を上げた名も知らぬ子供たちを思い出した。皆、教育館の子たちだ。
「コウズミの野郎は、こっちの顔がはっきり分っている。つまり、教育館がやったってことぐらいピンときてら、それでいい。じゃなきゃ、懲らしめになんねぇからな」
「……」
キイトの目の動きを観察しながら、ナナフシが言う。
幼いイトムシの目は、夜の湖に、寂し気な灰色の雲が映っているようだ。イトムシの感情は、率直に目へと現れる。
「……もちろん、お前には感謝している。俺とお前が手を組めば、人間なんてチョロイもんだ。だろ? キイト」
とたん、キイトの目がきらきらとさざめく。
「うん! そうだ、手を組めばね!」
目が口ほどに喜びを語る。仲間外れでも、ナナフシさえ自分を頼りにしてくれれば、それでいい。
素直に称賛を受け取る幼いイトムシの額を、ナナフシは鉛筆で叩き笑った。
「単純。まったくこれだから世間知らずは」
馬鹿にしたように言われても、キイトは機嫌よく糸紡ぎを再開している。しばらくそうした後に、ふとキイトが聞いた。
「ってことはナナフシ。この糸も悪いことに使うの?」
糸を紡ぎながらそう聞くと、彼は再び鉛筆を動かしはじめ、キイトを見ずに答えた。
「まさか、純粋な探求心さ」
「そっか。探求心か」
「知らぬが他宗教の神様」
そんな、逸らされた白い喉へとナナフシが笑った。
少年らしい明るい笑い声に顔を戻すと、ナナフシがようやく書き物の手を止め、こちらを見ていた。
「キイト。人に流されんな。お前は糸を仕掛けるのが楽しいから糸を紡いだ。慌てる大人を見て、面白いとは思わなかった。糸の仕掛け具合さえ上手くいけば、お前は機嫌がいい。今回はそれでいいんだ」
「……」
それでいいのだろうか? キイトは瞳を揺らめかせナナフシの目を覗いた。それを受けたナナフシは、正確にキイトの感情を解くと頷いて見せた。
「――いいか、キイト。俺はお前を使って、仲間を苦しめる大人に罰を与えた。イトムシは貴重だからな、誰もお前を強くは叱れない。まぁ……、ヒノデ様があぁ言ってきたのは、誤算だったな。忙しいあの人の耳に入るなんて思わなかった。巻き込んで悪かったな、キイト」
友人が突然頭を下げた。
キイトはぎょっとして、組んだ手を放し、おろおろと宙を泳がせる。
「ナナフシが謝るなよ、僕は僕の考えの無さにうんざりしただけで」
「や、それも俺が考えた。イトムシは嘘がつけないし、悪いことはしないって言う優等生だ。だから、あのケチくせぇ男の素性を明かさず、ただわくわくするような、新しい糸の使い方を提案したんだ。案の定、お前は糸に夢中だった。絶対バレる無駄な嘘も、後悔の言い訳もせずに済んだろう? その点は俺に感謝してもいいんだぜ。だけど、コウズミに謝るのは無しだ。お前はただ利用され、巻き込まれただけ。俺らとコウズミのゴタゴタによ」
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悪戯が成功した時に、一緒に歓声を上げた名も知らぬ子供たちを思い出した。皆、教育館の子たちだ。
「コウズミの野郎は、こっちの顔がはっきり分っている。つまり、教育館がやったってことぐらいピンときてら、それでいい。じゃなきゃ、懲らしめになんねぇからな」
「……」
キイトの目の動きを観察しながら、ナナフシが言う。
幼いイトムシの目は、夜の湖に、寂し気な灰色の雲が映っているようだ。イトムシの感情は、率直に目へと現れる。
「……もちろん、お前には感謝している。俺とお前が手を組めば、人間なんてチョロイもんだ。だろ? キイト」
とたん、キイトの目がきらきらとさざめく。
「うん! そうだ、手を組めばね!」
目が口ほどに喜びを語る。仲間外れでも、ナナフシさえ自分を頼りにしてくれれば、それでいい。
素直に称賛を受け取る幼いイトムシの額を、ナナフシは鉛筆で叩き笑った。
「単純。まったくこれだから世間知らずは」
馬鹿にしたように言われても、キイトは機嫌よく糸紡ぎを再開している。しばらくそうした後に、ふとキイトが聞いた。
「ってことはナナフシ。この糸も悪いことに使うの?」
糸を紡ぎながらそう聞くと、彼は再び鉛筆を動かしはじめ、キイトを見ずに答えた。
「まさか、純粋な探求心さ」
「そっか。探求心か」
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