イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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日常8

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 やがてキイトの集中力が切れ、二人の腹の虫が騒ぎだした頃に、シロが昼食を持ってやってきた。
 二人が歓迎した昼食は、焼き立てのパン、芝ナッツ、燻製肉くんせいにくに卵、水瓜の漬物、それに冷製スープだった。御加水の水差しには、レモンが浮かんでいる。
 ナナフシが嬉しそうにそれらを眺め、生意気な口調で言った。

「なんだ、デザートが無いや」
「冷たい水羊羹みずようかんがあります。食べ終わって食器を洗ったら、食堂で召し上がりなさいな。さ、坊ちゃん、まずはシロの目の前で、御加水を飲んでいただきますよ」

 シロは、ナナフシの生意気を楽しみながら、キイトへと椀に並々と注いである御加水を差し出した。先ほど、ヒノデが口にしたのと同じ御加水だ。
 キイトがそれを飲み干すと、シロは満足そうに頷き、台所へと帰って行った。

「いま飲んだ御加水は何だ?」

 ナナフシが、パンに肉やら卵やらを詰め込み、キイトへと尋ねた。
 ナナフシは食べることが好きなのだ。出来る事ならば一度、自分の思うままに料理をしてみたい、と語ったことがある。いまの御加水も、何か別の味つけがあると思ったのだろう、そうキイトは見当をつけ答えた。

「地下から汲み上げた御加水だよ。楽園の恩恵を強く受けた水が、台所の水盤へ出ているんだ。イトムシは、なるべくたくさん飲まなくちゃいけない。良い糸が紡げるようにね」

 ナナフシは二つ目のパンに手を伸ばした。
 キイトは、芝ナッツの実とヒゲの部分を分け口へと入れる。もやしのようなヒゲの部分を、残すも残さないも好みだが、ヒゲをまとめて食べるのが好きなので、卵皿の脇へと並べて置く。実のこってりとした味を楽しんだ後に、苦いヒゲを食べると、口がさっぱりとするのだ。

「味は?」
「地下の御加水のあじ」
「俺、飲んだことないからわかんねぇよ」

 五つ積まれたパンのうち、三つ目に手が伸びる。

「台所に流れているよ、後で飲む?」
「うーん、別に毒じゃねぇしなぁ」

 ナナフシが考え深げな顔をしていると、庭奥から「ばふばふ」と複数のが聞こえた。教育館の子供たちだ。
 彼らは、犬の鳴き真似で仲間を呼び合う。
 ナナフシが高い生垣を振り返った。仲間に呼ばれて行ってしまうのだろう。  
 片づけは一人だな、とキイトは、騒がしい犬の鳴き声を聞いた。

「いま行くっての。じゃ、キイト、また今度な」

 そう言うが早いか、ナナフシはスープを一気に飲み、四つ目のパンに、漬物と整列した芝ナッツのヒゲを詰め込むと、その味の想像が出来ないパンを上着のポケットに突っ込んだ。そして、犬たちが騒ぐ、高い生垣へと走って行き、そばに生える木を伝う。

「わぉん!」

 ナナフシは一声鳴くと、身軽く垣根を飛び越えた。飛び越えざま、キイトに片手を上げる。

 ナナフシが消えた生垣の向こうから、ひときわ低く吠える声が聞こえ、キイトは眉を寄せた。

(コーダだ……。また、あいつか)

 ナナフシ以上に、よく焼けた肌の少年が目に浮かぶ。
 ナナフシといつも一緒に行動するコーダは、教育館の上着の袖を捲り上げ、太い腕を見せびらかせている。黒く日に焼け、目だけをぎらつかせた姿は、さながら黒い大型犬のようだ。会えば必ず、鬱陶しそうにキイトを睨む。そしていつだって、率先してナナフシを回収しに来るのだ。
 キイトは、その態度と睨む目つきが気に入らず、こちらからは絶対に口を聞いてやらないと心に決めていた。
 
 生垣の外で、ナナフシの声とはしゃぐ犬の鳴き声、そして軽やかな足音が遠ざかって行った。

「……ばう」

 キイトは一人で犬の鳴き真似をしてみた。答える仲間はいない。イトムシの子供は、この国に一体しかいないのだから。
 キイトは、分かりきっていることを試す自分が馬鹿らしくなり、残りの昼食に専念した。

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