イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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日常10

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「遊んだ糸は、きちんと回収したわね?」

 キイトにとってあれは遊びではない。しかし大人が、自分たちが関わっていないことを、全て遊びと呼ぶのは仕方がないことなので、黙ったまま顔を上げ、返事の瞬きを送った。

「糸はどんなものでも使えるわ。回収して糸輪にしておけば、何かあった時に手早く使える。もう一度紡いだ糸とより合わせれば、また違う性質の糸が出来る」

 母は左手首を見せた。
 象牙色の糸輪が、太く丸みをおび手首を守っている。
 よく見れば、糸が交になったり鎖状になったりと、複雑で美しい模様をみせていた。

「丸が連なる所は、硬い一本糸。縛り上げる時に使うの。でも人間にはだめよ、肌を裂いてしまう。この波状の糸はすぐに切れる糸、仕掛け糸の仮固定に使うわ。こんな風に、なるべく指の感覚だけで引き出せる形に縫い込んでおくの。さぁ。尊き『四原則よんげんそく』を」

 キイトは手を組み、日々唱えられるイトムシの四原則を口に出した。

「楽園を尊び、追放者を送ること。
 『淡い』、人間世界にある楽園の恩恵を守ること。
 夜が続く限り、イトムシもまた、続けていくこと。
 イトムシ同士の殺し合いをしないこと」

 幼い声で真剣に唱える。これを唱えるたび、いつかは母と共にこの国を守る立場になるのだと、身が引き締まった。
 唱え終わると、母は分厚い本を取り出した。イトムシの教科書だ。
 頁を開くと、様々な形と色を持った生き物が、紺と黒、青と紫の夜で、ひっそり息づく絵が現れた。本から、ひんやりとした夜風が流れてくる錯覚に落ち、キイトは目を細めた。

「夜の楽園よ。夜の奥方が支配する、慈しみと暗闇の庭。夜に守られ愛された者だけが、ここにいられるの」

 ヒノデは、熱い眼差しで絵を見つめる息子を見て、次の頁をめくる。鮮やかな色合いが交じり、不思議な生き物たちが描かれていた。

「夜の民が過ちを犯すと、この世界、『淡い』に追放される。私たちの言う『追放者』となる。追放者は、神にもなれる神聖な魂と力を穢し、この世界にやって来る。そして、太陽の光に狂わされ、理性を失くし、人間を襲いイトムシをも殺そうとする。私たちは生きるためにも、追放者を救うためにも、戦わなくてはいけない」

 次頁の絵は、太陽が牙を向け、容赦なく追放者の身を焦がすさまを描いていた。
 見開かれた目は、苦痛と恐怖で渦を巻き濁っている。そのまわりを白い者たちが囲い、幾つもの糸を巻き付けていた。
 白い者たちの両手が、崇めるように追放者へと伸ばされている。

「イトムシは尊き四原則の元、悲しい生き物の肉体を止め、『淡い』へ落された痛みと苦しみから解放し、楽園へと魂を送る。殺すのではなく、この子たちを『送る』のよ」
「僕も送れる?」
「送れるわ」
「母さんと一緒に送りをするんだよね?」

 キイトは母を見上げ、黒く艶めく瞳を揺らした。

「そう。でも、あなたにはまだ早い。個の性質を表す『本糸ほんいと』を紡げて、『歓迎かんげい』の儀を受けなくては、追放者とは渡り合えない」
「早く本糸を紡ぎたな。母さんと小石丸様、ずっと二人だけで戦って、送りをしているんだもん、大変だよ。この絵みたいに、イトムシがたくさんいれば、母さんだって休めるのに」

 息子の指が白い者たち――イトムシをなぞる。
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