23 / 119
夜の気配1
しおりを挟む
○○○○○
キイトはゆっくりと瞼を開けた、体が重たい。
まわりを伺うと、薄暗い部屋に、カーテンの隙間から光が入っている。起き抜けのせいか、喉がひどく渇いていた。それに喉が擦れ、吐糸管が詰まるような感じもする。
(今日は糸が紡ぎにくいだろうなぁ)
そうぼんやりと思った矢先、突然、昨夜の出来事が蘇った。足音、男、糸、母さん――……はっきりと目が覚め、飛び起きて毛布を払う。
キイトが毛布を払った際に、シロが置いたぬいぐるみが落ちた。しかしキイトはそれには気付かず、昨夜の恐怖を思い出す薄暗さが不快で、窓へと走りカーテンを勢いよく開けた。
太陽の光が部屋を照らし出し、薄暗さが消えると、ほっと息を吐いた。
体を動かしてわかったのだが、起きてしまえば不思議と身が軽い。頭もすっきりとし、目の奥が清々とする。ただ、喉は相変わらず渇いていた。
(とにかく御加水を飲まなきゃ……。喉が詰まって痛いや)
キイトは水を求め台所へと向かった。
イトムシ館から館士兵達の姿は消えていたが、キイトの目と感覚には、いまだ大勢が出入りした後のよそよそしさが、薄らと残って見えた。食堂を通り、台所の水盤へと真っ直ぐに進む。そこでキイトは、すんっと鼻を鳴らした。
(あれ? 御加水って匂いがあったんだ)
鼻腔に、瑞々しく爽やかな香りが流れ込み、直感的にそれが御加水だと分かった。
台所の奥にある台上の水盤に向かうと、より水の香りは濃くなった。
絶えず零れる水盤の淵に、直接口を付け、喉を鳴らし御加水を飲む。冷たい御加水が、喉と吐糸管から体へと沁みわたり、生き返るようだ。
いままで御加水をこんなにも美味しく感じたことは無かった。
キイトはその日初めて、この特別な地下水の味を堪能した。
「あら、坊ちゃんたら、そんな飲み方なさって」
キイトは水盤から口を離すと、台所へと入って来たシロへ振り返り、ぐいと袖で口を拭った。シロはその動作にふくふくと笑い、キイトの正面へとしゃがみ込んだ。
「寝坊助さん、もう夕方ですよ。お腹へったでしょう? シロがいまおいしい……あ」
シロは突然、言葉を忘れた。
キイトと目を合わせた瞬間、夕方の台所も、夏に騒ぐ虫の声も遠のき、急に深い夜が訪れたように感じたのだ。
キイトの黒い目が、夜の深みを呑み込んだように、とらえどころのない暗さでシロを覗いている。周りの音が消える。囲む気配が変る。肌を温める光が遠のき、滑らかな暗さが覆いかぶさって来る――。
「お腹へった」
「え? あぁ……あら、ごめんなさいね、なんだかぼんやりしちゃって……。そうそう! お腹すいたでしょうね、いま、シロがおいしい物を作りますからね!」
シロは、「何か消化の良い物を」と言いながら慌てて動き出した。
キイトは、くるくると動くシロの背を見上げて首を傾げた。シロと目があった瞬間、シロの生き生きとした瞳がとろりと下がり、どこか遠く、全く違う世界を見ているようだった。キイトが気を引くように空腹を訴えると、とたん、何時もの、楽しく騒がしげな瞳が動き出した。
シロは昨夜の事で疲れているのだろう、そう思った。それよりも、シロは夕方と言った、では、昼は何処へ行ったのだろう? キイトは台所の窓から外を見た。太陽は下がり、薄い黄金と青空、染まりつつある茜色。きれい。そうじゃない。寝すぎた。
「ヒノデちゃんは朝方、小石丸様の所へ行ったままなの。心配ねぇ……。桃! クロが市場で、美味しい桃を見つけたのよ、そのまま食べる? それとも御加水でくたくた煮にしましょうか? いえ、ひたひた漬けも涼しいわね」
シロのお喋りを背に、キイトは台所を抜け出し庭へと出た。夕方まで眠り込んでいたのが勿体なく、何だか損をした気分だった。
キイトはゆっくりと瞼を開けた、体が重たい。
まわりを伺うと、薄暗い部屋に、カーテンの隙間から光が入っている。起き抜けのせいか、喉がひどく渇いていた。それに喉が擦れ、吐糸管が詰まるような感じもする。
(今日は糸が紡ぎにくいだろうなぁ)
そうぼんやりと思った矢先、突然、昨夜の出来事が蘇った。足音、男、糸、母さん――……はっきりと目が覚め、飛び起きて毛布を払う。
キイトが毛布を払った際に、シロが置いたぬいぐるみが落ちた。しかしキイトはそれには気付かず、昨夜の恐怖を思い出す薄暗さが不快で、窓へと走りカーテンを勢いよく開けた。
太陽の光が部屋を照らし出し、薄暗さが消えると、ほっと息を吐いた。
体を動かしてわかったのだが、起きてしまえば不思議と身が軽い。頭もすっきりとし、目の奥が清々とする。ただ、喉は相変わらず渇いていた。
(とにかく御加水を飲まなきゃ……。喉が詰まって痛いや)
キイトは水を求め台所へと向かった。
イトムシ館から館士兵達の姿は消えていたが、キイトの目と感覚には、いまだ大勢が出入りした後のよそよそしさが、薄らと残って見えた。食堂を通り、台所の水盤へと真っ直ぐに進む。そこでキイトは、すんっと鼻を鳴らした。
(あれ? 御加水って匂いがあったんだ)
鼻腔に、瑞々しく爽やかな香りが流れ込み、直感的にそれが御加水だと分かった。
台所の奥にある台上の水盤に向かうと、より水の香りは濃くなった。
絶えず零れる水盤の淵に、直接口を付け、喉を鳴らし御加水を飲む。冷たい御加水が、喉と吐糸管から体へと沁みわたり、生き返るようだ。
いままで御加水をこんなにも美味しく感じたことは無かった。
キイトはその日初めて、この特別な地下水の味を堪能した。
「あら、坊ちゃんたら、そんな飲み方なさって」
キイトは水盤から口を離すと、台所へと入って来たシロへ振り返り、ぐいと袖で口を拭った。シロはその動作にふくふくと笑い、キイトの正面へとしゃがみ込んだ。
「寝坊助さん、もう夕方ですよ。お腹へったでしょう? シロがいまおいしい……あ」
シロは突然、言葉を忘れた。
キイトと目を合わせた瞬間、夕方の台所も、夏に騒ぐ虫の声も遠のき、急に深い夜が訪れたように感じたのだ。
キイトの黒い目が、夜の深みを呑み込んだように、とらえどころのない暗さでシロを覗いている。周りの音が消える。囲む気配が変る。肌を温める光が遠のき、滑らかな暗さが覆いかぶさって来る――。
「お腹へった」
「え? あぁ……あら、ごめんなさいね、なんだかぼんやりしちゃって……。そうそう! お腹すいたでしょうね、いま、シロがおいしい物を作りますからね!」
シロは、「何か消化の良い物を」と言いながら慌てて動き出した。
キイトは、くるくると動くシロの背を見上げて首を傾げた。シロと目があった瞬間、シロの生き生きとした瞳がとろりと下がり、どこか遠く、全く違う世界を見ているようだった。キイトが気を引くように空腹を訴えると、とたん、何時もの、楽しく騒がしげな瞳が動き出した。
シロは昨夜の事で疲れているのだろう、そう思った。それよりも、シロは夕方と言った、では、昼は何処へ行ったのだろう? キイトは台所の窓から外を見た。太陽は下がり、薄い黄金と青空、染まりつつある茜色。きれい。そうじゃない。寝すぎた。
「ヒノデちゃんは朝方、小石丸様の所へ行ったままなの。心配ねぇ……。桃! クロが市場で、美味しい桃を見つけたのよ、そのまま食べる? それとも御加水でくたくた煮にしましょうか? いえ、ひたひた漬けも涼しいわね」
シロのお喋りを背に、キイトは台所を抜け出し庭へと出た。夕方まで眠り込んでいたのが勿体なく、何だか損をした気分だった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
孤児が皇后陛下と呼ばれるまで
香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。
目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸
3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。
「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。
絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。
王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。
最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。
私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。
えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない?
私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。
というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。
小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。
pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。
【改稿版について】
コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。
ですが……改稿する必要はなかったようです。
おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。
なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。
小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。
よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。
※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。
・一人目(ヒロイン)
✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前)
◯リアーナ・ニクラス(変更後)
・二人目(鍛冶屋)
✕デリー(変更前)
◯ドミニク(変更後)
・三人目(お針子)
✕ゲレ(変更前)
◯ゲルダ(変更後)
※下記二人の一人称を変更
へーウィットの一人称→✕僕◯俺
アルドリックの一人称→✕私◯僕
※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる