イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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夜の気配2

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 シロは桃を洗うと、皮ごと切り分け木の器へと移した。

「ささ、まずはこれを食べて待っていてくださいな、あら? 坊ちゃん?」

 桃の器を持って食堂を覗くが、先ほどまでそばに居た、キイトの姿が見当たらない。

「かくれんぼかしら? どこなの坊ちゃん?」

 夏の夕風が、ひらりと頬を撫でた。見ると、中庭への掃き出し大窓が開き、枠に縁どられた夏の庭が、一枚の絵のように輝いている。
 庭を囲む木々は緑濃く、芝生は鮮やかなラソワのごとき早緑。沓脱石くつぬぎいしの向こう側、世界を区切るように水路が光を放ち、流れている。そんな濃密な夏の夕方の中に、探していた姿を見つけた。

「坊ちゃん……」

 キイトが、遠い人のようにぼんやりと、裸足のまま中庭に立ち尽くしている。やけに、夏虫の声が大きく聞こえる。
 シロは何処か神聖な空気を破れず、口を噤んだまま、キイトへと向かった。
 何故か邪魔をしてはいけない気がしたが。庭全体が森のように濃い息吹で、キイトを囲んでいるかに見えた。それでも、キイトを部屋の中へ連れて行きたい気持ちも強くあった。

(坊ちゃんを席に着かせ、桃を食べさせてあげなくちゃ……。二人でヒノデちゃんの帰りを待とう、楽しいおしゃべりをしよう。恐ろしい事はすべて忘れて、いつもの素敵な夜を、みんなで迎えなくちゃ)

 シロは庭へと出ると、キイトの肩へとそっと手を置いた。

「坊ちゃん」

 キイトが前を見たまま呟く。

「知らなかった、世界って、すっごくきれいだ」
 
 キイトが一歩前へと踏み出し、シロの手が、肩から滑り落ちる。
 小さなイトムシは、黒い目を輝かせ幸せそうに笑った。夏の長いはずの夕方が、急速に夜の気配を濃くしだした。
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