24 / 119
夜の気配2
しおりを挟む
シロは桃を洗うと、皮ごと切り分け木の器へと移した。
「ささ、まずはこれを食べて待っていてくださいな、あら? 坊ちゃん?」
桃の器を持って食堂を覗くが、先ほどまでそばに居た、キイトの姿が見当たらない。
「かくれんぼかしら? どこなの坊ちゃん?」
夏の夕風が、ひらりと頬を撫でた。見ると、中庭への掃き出し大窓が開き、枠に縁どられた夏の庭が、一枚の絵のように輝いている。
庭を囲む木々は緑濃く、芝生は鮮やかなラソワのごとき早緑。沓脱石の向こう側、世界を区切るように水路が光を放ち、流れている。そんな濃密な夏の夕方の中に、探していた姿を見つけた。
「坊ちゃん……」
キイトが、遠い人のようにぼんやりと、裸足のまま中庭に立ち尽くしている。やけに、夏虫の声が大きく聞こえる。
シロは何処か神聖な空気を破れず、口を噤んだまま、キイトへと向かった。
何故か邪魔をしてはいけない気がしたが。庭全体が森のように濃い息吹で、キイトを囲んでいるかに見えた。それでも、キイトを部屋の中へ連れて行きたい気持ちも強くあった。
(坊ちゃんを席に着かせ、桃を食べさせてあげなくちゃ……。二人でヒノデちゃんの帰りを待とう、楽しいおしゃべりをしよう。恐ろしい事はすべて忘れて、いつもの素敵な夜を、みんなで迎えなくちゃ)
シロは庭へと出ると、キイトの肩へとそっと手を置いた。
「坊ちゃん」
キイトが前を見たまま呟く。
「知らなかった、世界って、すっごくきれいだ」
キイトが一歩前へと踏み出し、シロの手が、肩から滑り落ちる。
小さなイトムシは、黒い目を輝かせ幸せそうに笑った。夏の長いはずの夕方が、急速に夜の気配を濃くしだした。
「ささ、まずはこれを食べて待っていてくださいな、あら? 坊ちゃん?」
桃の器を持って食堂を覗くが、先ほどまでそばに居た、キイトの姿が見当たらない。
「かくれんぼかしら? どこなの坊ちゃん?」
夏の夕風が、ひらりと頬を撫でた。見ると、中庭への掃き出し大窓が開き、枠に縁どられた夏の庭が、一枚の絵のように輝いている。
庭を囲む木々は緑濃く、芝生は鮮やかなラソワのごとき早緑。沓脱石の向こう側、世界を区切るように水路が光を放ち、流れている。そんな濃密な夏の夕方の中に、探していた姿を見つけた。
「坊ちゃん……」
キイトが、遠い人のようにぼんやりと、裸足のまま中庭に立ち尽くしている。やけに、夏虫の声が大きく聞こえる。
シロは何処か神聖な空気を破れず、口を噤んだまま、キイトへと向かった。
何故か邪魔をしてはいけない気がしたが。庭全体が森のように濃い息吹で、キイトを囲んでいるかに見えた。それでも、キイトを部屋の中へ連れて行きたい気持ちも強くあった。
(坊ちゃんを席に着かせ、桃を食べさせてあげなくちゃ……。二人でヒノデちゃんの帰りを待とう、楽しいおしゃべりをしよう。恐ろしい事はすべて忘れて、いつもの素敵な夜を、みんなで迎えなくちゃ)
シロは庭へと出ると、キイトの肩へとそっと手を置いた。
「坊ちゃん」
キイトが前を見たまま呟く。
「知らなかった、世界って、すっごくきれいだ」
キイトが一歩前へと踏み出し、シロの手が、肩から滑り落ちる。
小さなイトムシは、黒い目を輝かせ幸せそうに笑った。夏の長いはずの夕方が、急速に夜の気配を濃くしだした。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる