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長・小石丸1
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○○○○○
「初めて本糸を紡いだ時を、覚えているか?」
二階から中庭を見下ろす石造りのバルコニー。そこに、老人と女性がいる。
老人はしっかりとした体つきで、背が高い。いまだ鍛えられている筋肉が、白い服の上からでも窺えた。
長い白髪は後ろで結ばれ、節くれだった指を組み、椅子へと背を預けている。その両腕には、太いロープほどの糸輪が通され、さながら真白い囚人のようだ。
厳しい人格を物語る、キリリとした眉も、細い目も、老人の足元に座る孫を見る時は、随分と和らいでいた。
朝顔のように、スカートを広げ座っているのはヒノデ。そして、白い老人は、小石丸。イトムシの長である。
バルコニーには柵が無く、開かれた視界に木々が緑を広げている。
それはほとんど小さな森になり、眺める相手を、怯ませるほどの生命力で溢れていた。
木々には、ノウゼンカズラに似た植物が蔓を巻き付け、鮮やかな橙色の花を咲かせている。視界一杯に広がる緑と橙。それがまるで、緑の湖に浮かぶ灯を上から覗き込んでいるようで、不思議な浮遊感をヒノデに抱かせた。
「覚えています。私が十四の時、雨が降っていたわ。私は雨の中で、時を忘れて立ち尽くしていました。あまりにも、世界が美しすぎて」
ヒノデはその時を思い出し、幸せそうに微笑む。
「あの時私は、夜に受け入れられたのです」
小石丸はヒノデの答えに同意し、ゆっくりと瞬きをした。薄い唇から出る声は、教える者の低く染み入る声だ。
「人は二度生まれる。一度目は、この世に生を受けた時、肉体の誕生だ。二度目は、自我の誕生。精神のゆりかごの中、この世に生まれた意味を知り、生まれた責任を果たそうと勤めはじめた時だ。石工は、石の値段の中に隠された、本当の価値と地の歴史を知り、パン職人は、日々の食事の中に隠された、命の犠牲を知る。それは、わしらイトムシも同じだ。人として生まれ、イトムシとして生きてゆく。楽園の恩恵を受けるだけの立場から、楽園と共に生きる、夜の生き物へと生まれ変わる。世界の本当の姿を目にした時から、わしらはイトムシとして、夜の世界に歓迎される」
「おじい様、キイトは特別な子です。私にはわかります」
小石丸は優しげに笑うと、自身の足元に、少女のように座っている孫の目を覗き込んだ。ヒノデの目は幻想の湖は見ておらず、強い信念と確信を持って煌めいていた。
「あの子は生れながらにしてイトムシであり、七つで本糸を紡いだ。世界が、私たちの知っている夜の世界が、あの子を望んだのです」
「母親の目には、自分の子供が特別に映る」
「違います。私は、母親の加護ある目線から言っているのではないの。イトムシの数が少なすぎる、イトムシへと成長できる者が生まれてこない。その中に生まれたあの子。なぜイトムシの数は減ってしまったのですか?」
「私たちは夜の生き物だ。夜に必要とされなければ、イトムシもまた数を減らそう」
「それでは、イトムシが必要ではない、いま、イトムシとして生れたあの子は?」
小石丸は黙ったままヒノデの目を見つめる。
「おじい様、追放者は昔と変わらず淡いにやってきます。それなのにイトムシの数だけは減る」
ヒノデの目に強さが増していく、夜の目に浮かぶ、星一つ一つが、硬い金剛石のようだ。
「それでは駄目だから、楽園へと送る者がいなくなってしまうから、キイトは生まれたのです。夜に望まれて、イトムシとして生まれたんです。そうではないの? おじい様」
「わしの考えとは違うな」
二人の間に冷たい何かが流れた。
「初めて本糸を紡いだ時を、覚えているか?」
二階から中庭を見下ろす石造りのバルコニー。そこに、老人と女性がいる。
老人はしっかりとした体つきで、背が高い。いまだ鍛えられている筋肉が、白い服の上からでも窺えた。
長い白髪は後ろで結ばれ、節くれだった指を組み、椅子へと背を預けている。その両腕には、太いロープほどの糸輪が通され、さながら真白い囚人のようだ。
厳しい人格を物語る、キリリとした眉も、細い目も、老人の足元に座る孫を見る時は、随分と和らいでいた。
朝顔のように、スカートを広げ座っているのはヒノデ。そして、白い老人は、小石丸。イトムシの長である。
バルコニーには柵が無く、開かれた視界に木々が緑を広げている。
それはほとんど小さな森になり、眺める相手を、怯ませるほどの生命力で溢れていた。
木々には、ノウゼンカズラに似た植物が蔓を巻き付け、鮮やかな橙色の花を咲かせている。視界一杯に広がる緑と橙。それがまるで、緑の湖に浮かぶ灯を上から覗き込んでいるようで、不思議な浮遊感をヒノデに抱かせた。
「覚えています。私が十四の時、雨が降っていたわ。私は雨の中で、時を忘れて立ち尽くしていました。あまりにも、世界が美しすぎて」
ヒノデはその時を思い出し、幸せそうに微笑む。
「あの時私は、夜に受け入れられたのです」
小石丸はヒノデの答えに同意し、ゆっくりと瞬きをした。薄い唇から出る声は、教える者の低く染み入る声だ。
「人は二度生まれる。一度目は、この世に生を受けた時、肉体の誕生だ。二度目は、自我の誕生。精神のゆりかごの中、この世に生まれた意味を知り、生まれた責任を果たそうと勤めはじめた時だ。石工は、石の値段の中に隠された、本当の価値と地の歴史を知り、パン職人は、日々の食事の中に隠された、命の犠牲を知る。それは、わしらイトムシも同じだ。人として生まれ、イトムシとして生きてゆく。楽園の恩恵を受けるだけの立場から、楽園と共に生きる、夜の生き物へと生まれ変わる。世界の本当の姿を目にした時から、わしらはイトムシとして、夜の世界に歓迎される」
「おじい様、キイトは特別な子です。私にはわかります」
小石丸は優しげに笑うと、自身の足元に、少女のように座っている孫の目を覗き込んだ。ヒノデの目は幻想の湖は見ておらず、強い信念と確信を持って煌めいていた。
「あの子は生れながらにしてイトムシであり、七つで本糸を紡いだ。世界が、私たちの知っている夜の世界が、あの子を望んだのです」
「母親の目には、自分の子供が特別に映る」
「違います。私は、母親の加護ある目線から言っているのではないの。イトムシの数が少なすぎる、イトムシへと成長できる者が生まれてこない。その中に生まれたあの子。なぜイトムシの数は減ってしまったのですか?」
「私たちは夜の生き物だ。夜に必要とされなければ、イトムシもまた数を減らそう」
「それでは、イトムシが必要ではない、いま、イトムシとして生れたあの子は?」
小石丸は黙ったままヒノデの目を見つめる。
「おじい様、追放者は昔と変わらず淡いにやってきます。それなのにイトムシの数だけは減る」
ヒノデの目に強さが増していく、夜の目に浮かぶ、星一つ一つが、硬い金剛石のようだ。
「それでは駄目だから、楽園へと送る者がいなくなってしまうから、キイトは生まれたのです。夜に望まれて、イトムシとして生まれたんです。そうではないの? おじい様」
「わしの考えとは違うな」
二人の間に冷たい何かが流れた。
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