イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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糸4

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 母の白い手が伸びてくる。キイトの首に手を添え、口を覗き、吐糸管を念入りに見た後に、気が済んだように目を覗き込まれた。
 キイトもそれに答え、母の目を見た。
 黒い目が視線を重ねる。夜空と夜の湖が、互いの存在を確認しあう。そんなイトムシ同士の交流に、冷たい宮臣の声が割って入ってきた。

「イトムシ・キイト。今回の件を教訓に、今後は糸の使い方をよく気を付けなさい」
「……?」

 キイトは突然何を言われたか分からず、母を見た。
 しかし、突然視線は逸らされた。

 いままで目を避けられた事など、只の一度と無かった。先程までとは打って変わった、イトムシにとっての明確な拒絶に、キイトは驚き傷付き、怯えて身を強張らせた。

 宮臣はそんな親子の様子など気にも留めず、言葉を続けてくる。

「君は、本糸を紡げた事に浮かれ、本糸で遊んだ。本糸の性質を知らず、断ち切り方を学ぶ前だったと言うのに。愚かにも、船に本糸をつなげ遊んでいたのだ」

 キイトは耳を疑った。そしてすぐに、宮臣を見つめた。

「君が招いた、愚かな事故だ」

 宮臣が冷たく言い下す。

「君が船を引き揚げた際、糸は風に乗り枝へと引っ掛った。ちょうど君の首と足に絡まったまま。宮守は君を助けようとしたが、混乱した君は、また別の糸を吐き、それが水路へと落ち、底の窪みへと引っ掛ってしまい事態は悪化……」
「あの、待ってください、そんな……」
「宮守が枝を打った時には、その糸に引かれて、水路へと落下。底に絡みついた糸により、身動きの取れぬ所を助け出された」
「ちがうっ!」

 この男は何を言っている? 覚えの無い、自身の軽薄な行いを淡々と説明される中、キイトは怒りで息もつけぬほどだった。

「待ってくださいっ、そんなんじゃない! 僕は本糸で遊んでいません。確かに船には糸をつなげていたけど……、それはいつも紡ぐ、普通の糸です。僕は、自分の糸に絡まったりしません!」

 侮辱され、身に覚えの無い行いを語られ、キイトは、憎む程の怒りで宮臣を睨むが、灰色の男は何食わぬ顔で続けた。

「自身の非を認めぬか。こちらには証人がいる」
「……」

 宮臣に促され、控えていた宮守が前へと出てきた。キイトを助けようと木に登った宮守だ。

「宮臣様の仰る通りでした。ひどく混乱されたイトムシ・キイト様は、糸を紡ぐ際、本糸で唇を切られたようでした」
「違うよ! 誰かが僕に糸を仕掛けたんだ。口は自分で切った、あなたに助けてもらおうと」

 宮臣が、それ見たことかとでも言うように肩をすくめた。ひどく気に障る仕草だ。

「賢い方法だが、宮守は全てを見ていた。そんな事をせずとも、助けに行く」
「っそうじゃなくって……!ちがうんだ」

 悔しさで胸が締め付けられる。
 生まれた誤解を解こうと口を開くが、感情だけが高ぶり、涙が溢れだした。キイトは慌てて下を向き、じっと耐えた。自分は確かに何者かに攻撃されたのだ。

「……僕は、そんなことしていない。あれは僕の糸じゃない、だって、あんなに強い糸を、僕は紡げない。紡げたとしても、自分で絡まるなんて馬鹿な真似は、絶対にない。本当だ」

 絶対にそうだ、自分は間違ってなんかいない。誤解を解きたい。下を向き言うキイトの耳に、宮臣のため息が届いた。かっと頬が熱くなり、ベッドを飛び降りると宮臣へと怒鳴った。

「糸を持ってこい! 僕の首に巻かれた糸だ。糸は誰が紡いだかはっきりわかる。人間のつく嘘なんて、すぐにばれるんだからな!」

 絶対的な方法を思いつき、キイトの熱い怒りが冷たいものへと変わっていく。
 彼はまだその名を知らないが、頭の中では既に、宮臣を糸で苦しめる方法を、何通りも編み出していた。
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