イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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糸5

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 キイトの怒りなどものともせず、宮臣の冷たい声が響く。 

「言われなくとも、糸ならここにある。存分に見なさい。そして、自分の過ちを認めるのだ」

 合図をされた宮守が、キイトのそばへと寄った。キイトは、宮臣の落ち着いた態度に不安を感じたが、構わず、差し出され布上の糸へと手を伸ばした。しかし、指が触れるまでもなく分かった。

「……どうして。これ、僕の糸だ」

 糸は、キイトが紡いだ本糸だった。

 それは、鏡で目にする自分の顔のように、はっきりと判断が出来る。指が凍えるように冷たい。糸を差し出す宮守は、あんなに必死に、自分へと声を掛け続けてくれたのに、いまはもう、励ましてはくれない。ただ、じっと目を伏せている。

 恐ろしさと混乱に、目の前が真っ暗になる。
 夜ではない暗さ、空っぽの闇。

「母さん……母さんなら、わかるよね? 信じて、僕じゃない」

 キイトの手が力なく下がり、ヒノデを振り返った。
 母ならば信じてくれるはずだ。しかし、母は前だけを見続け、キイトと目を合わせない。
 目を合わせぬまま、ヒノデの口が開いた。

「認めなさい。キイト」

 母の声が部屋に響く。
 心臓が止まったようだった。

 胸の内へと込み上げ続けていた、あらゆる感情が止まる。それはやがて重い悲しみとなって、ずしりと心を押し潰そうとしてくる。
 母にまで、自分が愚かだと思われている。キイトはもう一度糸を見た、やはり自分の糸だ。
 この糸が自分に絡まっていたと、人間たちは言う。

「……なんで、嘘をつくの?」

 自分は間違っていないはずだ。同じ場所にいたはずの宮守に問うが、答えたのは宮臣だった。

「真実です」
(あぁ、この人、大っ嫌い)

 キイトは重たげに、宮臣へと視線を向けた。

「よく聞きなさい。イトムシ・キイト。君が本糸を紡げたとしても、正式には王宮へと迎え入れていない。今ここで、己の起こした不祥事を否定し続けるのであれば、国へ仕えるに相応しくない器として、協議される。つまり、イトムシとして、必要とされなくなると言うことだ。それが嫌ならば、過ちを認めなさい」

(イトムシとして、必要とされなくなる……)

 キイトはぎゅっと、拳を握りしめた。

 イトムシとして生まれた、国に仕えるために育てられた、追放者を送るために生きていると、知っている。母と二人で国を守ると約束した。しかし自分の知っている真実と、まわりの言う真実が違っている。目の奥が痛むほど、混乱した。

(嘘をついているの? 嘘をつけばいいの? 僕は嘘がつけないのに? あれは僕の糸? 国に仕えられないとイトムシじゃない、イトムシじゃない僕って、何が出来るの?)

 硬く握った拳が解けていく。

「僕は、」

 喉が詰まる、視界が歪む。涙が溢れ流れていくのを、乱暴に拭った。泣きたくなんかなかった。幼くとも持っていた自尊心が、人の手で傷つけられていく。それでもキイトは選んだ。イトムシとしての自尊心よりも、母と共に送りを行う未来を。

「僕は……過ちを、認めます」

 自分の言葉にえぐられた。涙はもう拭えないまま、頬を伝っていた。

(負けた。認めた。みんなの言うことを受け入れた、なのにちっとも楽じゃない。仲間外れは嫌だ、ごめんなさい……そうだ、謝らなきゃ。謝ってないから苦しいんだ)
「ごめ」
「謝らなくていい」

 ヒノデの厳しい声が、キイトの謝罪を消し、部屋を打つ。
 キイトは驚き顔を上げた。
 いつもの黒く美しい瞳が、宮臣、宮守、そして国王を見る。強すぎる視線は、人をも通り越して、どこか違う者を見ているようだ。
 ヒノデが、表情の浮かばない顔のまま続けた。

「過ちを認めればそれでいい。謝罪は不要です。私の教育不足ですわ、どうぞご勘弁を」

 息子に向け、最後は人間たちへと言い放つ。それに宮臣が鷹揚に頷いた。

「良いだろう。では、中断されたイトムシ・ヒノデの質疑応答を再開する。イトムシ・キイトは、ここで休むように。糸の使用は禁止する」
「……」

 キイトは宮臣から目を逸らし頷いた。これ以上、この灰色の男に傷付られたくなかった。
 
 部屋から国王と宮臣が出ていく。もしかしたら母が、そっと自分だけに笑顔を見せ、「あれは全て宮臣の嘘。あの糸、本当はあなたの糸じゃないのよ」と言って、抱きしめてくれるのではないかと、淡く願った。しかしヒノデは、キイトに触れること無く部屋を出た。

 無意識に、首へ巻かれた包帯へと手が伸びる。

 最後に部屋を出ようとした宮守に、キイトは小さく声を掛けた。
 宮守が無表情のまま振り返った。人と視線を合わす自信が無くなったキイトは、泣き濡れ、赤くなった目を下に向けたまま言った。

「……あの、助けてくれて、ありがとう」
「……」

 宮守は黙ったまま、四つの指を胸に当て、最敬礼をキイトへと送った。
 しかし、下を向いたままのキイトには、扉の締まる音だけが冷たく届いた。
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