40 / 119
糸5
しおりを挟む
キイトの怒りなどものともせず、宮臣の冷たい声が響く。
「言われなくとも、糸ならここにある。存分に見なさい。そして、自分の過ちを認めるのだ」
合図をされた宮守が、キイトのそばへと寄った。キイトは、宮臣の落ち着いた態度に不安を感じたが、構わず、差し出され布上の糸へと手を伸ばした。しかし、指が触れるまでもなく分かった。
「……どうして。これ、僕の糸だ」
糸は、キイトが紡いだ本糸だった。
それは、鏡で目にする自分の顔のように、はっきりと判断が出来る。指が凍えるように冷たい。糸を差し出す宮守は、あんなに必死に、自分へと声を掛け続けてくれたのに、いまはもう、励ましてはくれない。ただ、じっと目を伏せている。
恐ろしさと混乱に、目の前が真っ暗になる。
夜ではない暗さ、空っぽの闇。
「母さん……母さんなら、わかるよね? 信じて、僕じゃない」
キイトの手が力なく下がり、ヒノデを振り返った。
母ならば信じてくれるはずだ。しかし、母は前だけを見続け、キイトと目を合わせない。
目を合わせぬまま、ヒノデの口が開いた。
「認めなさい。キイト」
母の声が部屋に響く。
心臓が止まったようだった。
胸の内へと込み上げ続けていた、あらゆる感情が止まる。それはやがて重い悲しみとなって、ずしりと心を押し潰そうとしてくる。
母にまで、自分が愚かだと思われている。キイトはもう一度糸を見た、やはり自分の糸だ。
この糸が自分に絡まっていたと、人間たちは言う。
「……なんで、嘘をつくの?」
自分は間違っていないはずだ。同じ場所にいたはずの宮守に問うが、答えたのは宮臣だった。
「真実です」
(あぁ、この人、大っ嫌い)
キイトは重たげに、宮臣へと視線を向けた。
「よく聞きなさい。イトムシ・キイト。君が本糸を紡げたとしても、正式には王宮へと迎え入れていない。今ここで、己の起こした不祥事を否定し続けるのであれば、国へ仕えるに相応しくない器として、協議される。つまり、イトムシとして、必要とされなくなると言うことだ。それが嫌ならば、過ちを認めなさい」
(イトムシとして、必要とされなくなる……)
キイトはぎゅっと、拳を握りしめた。
イトムシとして生まれた、国に仕えるために育てられた、追放者を送るために生きていると、知っている。母と二人で国を守ると約束した。しかし自分の知っている真実と、まわりの言う真実が違っている。目の奥が痛むほど、混乱した。
(嘘をついているの? 嘘をつけばいいの? 僕は嘘がつけないのに? あれは僕の糸? 国に仕えられないとイトムシじゃない、イトムシじゃない僕って、何が出来るの?)
硬く握った拳が解けていく。
「僕は、」
喉が詰まる、視界が歪む。涙が溢れ流れていくのを、乱暴に拭った。泣きたくなんかなかった。幼くとも持っていた自尊心が、人の手で傷つけられていく。それでもキイトは選んだ。イトムシとしての自尊心よりも、母と共に送りを行う未来を。
「僕は……過ちを、認めます」
自分の言葉にえぐられた。涙はもう拭えないまま、頬を伝っていた。
(負けた。認めた。みんなの言うことを受け入れた、なのにちっとも楽じゃない。仲間外れは嫌だ、ごめんなさい……そうだ、謝らなきゃ。謝ってないから苦しいんだ)
「ごめ」
「謝らなくていい」
ヒノデの厳しい声が、キイトの謝罪を消し、部屋を打つ。
キイトは驚き顔を上げた。
いつもの黒く美しい瞳が、宮臣、宮守、そして国王を見る。強すぎる視線は、人をも通り越して、どこか違う者を見ているようだ。
ヒノデが、表情の浮かばない顔のまま続けた。
「過ちを認めればそれでいい。謝罪は不要です。私の教育不足ですわ、どうぞご勘弁を」
息子に向け、最後は人間たちへと言い放つ。それに宮臣が鷹揚に頷いた。
「良いだろう。では、中断されたイトムシ・ヒノデの質疑応答を再開する。イトムシ・キイトは、ここで休むように。糸の使用は禁止する」
「……」
キイトは宮臣から目を逸らし頷いた。これ以上、この灰色の男に傷付られたくなかった。
部屋から国王と宮臣が出ていく。もしかしたら母が、そっと自分だけに笑顔を見せ、「あれは全て宮臣の嘘。あの糸、本当はあなたの糸じゃないのよ」と言って、抱きしめてくれるのではないかと、淡く願った。しかしヒノデは、キイトに触れること無く部屋を出た。
無意識に、首へ巻かれた包帯へと手が伸びる。
最後に部屋を出ようとした宮守に、キイトは小さく声を掛けた。
宮守が無表情のまま振り返った。人と視線を合わす自信が無くなったキイトは、泣き濡れ、赤くなった目を下に向けたまま言った。
「……あの、助けてくれて、ありがとう」
「……」
宮守は黙ったまま、四つの指を胸に当て、最敬礼をキイトへと送った。
しかし、下を向いたままのキイトには、扉の締まる音だけが冷たく届いた。
「言われなくとも、糸ならここにある。存分に見なさい。そして、自分の過ちを認めるのだ」
合図をされた宮守が、キイトのそばへと寄った。キイトは、宮臣の落ち着いた態度に不安を感じたが、構わず、差し出され布上の糸へと手を伸ばした。しかし、指が触れるまでもなく分かった。
「……どうして。これ、僕の糸だ」
糸は、キイトが紡いだ本糸だった。
それは、鏡で目にする自分の顔のように、はっきりと判断が出来る。指が凍えるように冷たい。糸を差し出す宮守は、あんなに必死に、自分へと声を掛け続けてくれたのに、いまはもう、励ましてはくれない。ただ、じっと目を伏せている。
恐ろしさと混乱に、目の前が真っ暗になる。
夜ではない暗さ、空っぽの闇。
「母さん……母さんなら、わかるよね? 信じて、僕じゃない」
キイトの手が力なく下がり、ヒノデを振り返った。
母ならば信じてくれるはずだ。しかし、母は前だけを見続け、キイトと目を合わせない。
目を合わせぬまま、ヒノデの口が開いた。
「認めなさい。キイト」
母の声が部屋に響く。
心臓が止まったようだった。
胸の内へと込み上げ続けていた、あらゆる感情が止まる。それはやがて重い悲しみとなって、ずしりと心を押し潰そうとしてくる。
母にまで、自分が愚かだと思われている。キイトはもう一度糸を見た、やはり自分の糸だ。
この糸が自分に絡まっていたと、人間たちは言う。
「……なんで、嘘をつくの?」
自分は間違っていないはずだ。同じ場所にいたはずの宮守に問うが、答えたのは宮臣だった。
「真実です」
(あぁ、この人、大っ嫌い)
キイトは重たげに、宮臣へと視線を向けた。
「よく聞きなさい。イトムシ・キイト。君が本糸を紡げたとしても、正式には王宮へと迎え入れていない。今ここで、己の起こした不祥事を否定し続けるのであれば、国へ仕えるに相応しくない器として、協議される。つまり、イトムシとして、必要とされなくなると言うことだ。それが嫌ならば、過ちを認めなさい」
(イトムシとして、必要とされなくなる……)
キイトはぎゅっと、拳を握りしめた。
イトムシとして生まれた、国に仕えるために育てられた、追放者を送るために生きていると、知っている。母と二人で国を守ると約束した。しかし自分の知っている真実と、まわりの言う真実が違っている。目の奥が痛むほど、混乱した。
(嘘をついているの? 嘘をつけばいいの? 僕は嘘がつけないのに? あれは僕の糸? 国に仕えられないとイトムシじゃない、イトムシじゃない僕って、何が出来るの?)
硬く握った拳が解けていく。
「僕は、」
喉が詰まる、視界が歪む。涙が溢れ流れていくのを、乱暴に拭った。泣きたくなんかなかった。幼くとも持っていた自尊心が、人の手で傷つけられていく。それでもキイトは選んだ。イトムシとしての自尊心よりも、母と共に送りを行う未来を。
「僕は……過ちを、認めます」
自分の言葉にえぐられた。涙はもう拭えないまま、頬を伝っていた。
(負けた。認めた。みんなの言うことを受け入れた、なのにちっとも楽じゃない。仲間外れは嫌だ、ごめんなさい……そうだ、謝らなきゃ。謝ってないから苦しいんだ)
「ごめ」
「謝らなくていい」
ヒノデの厳しい声が、キイトの謝罪を消し、部屋を打つ。
キイトは驚き顔を上げた。
いつもの黒く美しい瞳が、宮臣、宮守、そして国王を見る。強すぎる視線は、人をも通り越して、どこか違う者を見ているようだ。
ヒノデが、表情の浮かばない顔のまま続けた。
「過ちを認めればそれでいい。謝罪は不要です。私の教育不足ですわ、どうぞご勘弁を」
息子に向け、最後は人間たちへと言い放つ。それに宮臣が鷹揚に頷いた。
「良いだろう。では、中断されたイトムシ・ヒノデの質疑応答を再開する。イトムシ・キイトは、ここで休むように。糸の使用は禁止する」
「……」
キイトは宮臣から目を逸らし頷いた。これ以上、この灰色の男に傷付られたくなかった。
部屋から国王と宮臣が出ていく。もしかしたら母が、そっと自分だけに笑顔を見せ、「あれは全て宮臣の嘘。あの糸、本当はあなたの糸じゃないのよ」と言って、抱きしめてくれるのではないかと、淡く願った。しかしヒノデは、キイトに触れること無く部屋を出た。
無意識に、首へ巻かれた包帯へと手が伸びる。
最後に部屋を出ようとした宮守に、キイトは小さく声を掛けた。
宮守が無表情のまま振り返った。人と視線を合わす自信が無くなったキイトは、泣き濡れ、赤くなった目を下に向けたまま言った。
「……あの、助けてくれて、ありがとう」
「……」
宮守は黙ったまま、四つの指を胸に当て、最敬礼をキイトへと送った。
しかし、下を向いたままのキイトには、扉の締まる音だけが冷たく届いた。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
あの素晴らしい愛をもう一度
仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは
33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。
家同士のつながりで婚約した2人だが
婚約期間にはお互いに惹かれあい
好きだ!
私も大好き〜!
僕はもっと大好きだ!
私だって〜!
と人前でいちゃつく姿は有名であった
そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった
はず・・・
このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。
あしからず!
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる