イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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粉屋5

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 ヒノデは朦朧とする意識の中で、自分を抱え、迫りくる怪物に固まってしまった、若い館士兵の目を見た。 
 恐怖、忠誠心、怯え、責務。様々な感情に吞まれまいとする、人間の目。
 そっと、彼の腕へと触れると、体がびくりと動く。

「私に任せて」
「っそんなことは!」

 ヒノデは、肩に受けたままの矢を引き抜くと、力いっぱい館士兵を突き飛ばした。
 糸を紡げる時間は無かった。矢を構える。頭痛がし、迫りくる追放者が、二匹、三匹にぶれる、大きく開けた口が迫る。

 小石丸は走り出そうとしたが、その足に、踏み締められていた追放者が噛み付き、邪魔をする。
 ヒノデの目前に、血走った黄色い目が現れる。
 ヒノデは視線をそらさず、矢を構え、追放者を向かえた。

(私はイトムシ、それが運命。……あ、)


 懐かしい気配を感じた。
 誰かが走って来る。
 追放者の頭上に、小柄な影が飛び込んで来た。


 影は宙で追放者の頭を掴むと、体を回転させ相手を振り上げた。追放者の体か浮かび回転する。
 影は、そのまま砕けた瓦礫の上に、追放者を叩きつけた。
 骨の砕ける音。追放者の体が大きく弾み、もう一度、どすりと落ちる。
 追放者は、頭を掴まれた際に糸を仕掛けられ、引かれ伸びた首と体は真反対の方向を向き、完全に事切れていた。

 追放者の魂は、一瞬で楽園へと送られた。

 追放者を送った強い糸が、従順に影の元へと戻る。

 ヒノデは影を見た、そこには少年の背中。
 しゃんとした、気持ちの良い姿勢が懐かしい。思い出よりも伸びた背に、しなやかな筋肉がついた手足が、厳しい師との三年間を伺わせる。
 短い黒髪が、うなじで夏の風に揺れた。

(三年……、長かったわ。顔を見せて、キイト)

 ヒノデは思わず名を呼びそうになる唇を結び、下を向いた。見つめすぎると、我が子を恋う、この思いが伝わってしまいそうで怖かった。

 小石丸は、突然現場へと現れ、追放者を瞬時に送ったキイトを睨みつけた。ぎりぎりと、糸に絞められるように心臓が痛む。

(三年……、長く時は与えた)

 小石丸は、黒い沼の目を少年から離さずに、踏んでいた追放者の頭から足を引いた。とたんに、放たれた追放者は、必死に小石丸から逃げ出した。
 追放者は切れた舌をだらりと垂らしたまま、水の気配を探り井戸へ走り出した。しかし、そこには少年のイトムシ、そして、傍らには仲間の死骸――。

「あア――!!」

 息ばかりの咆哮をあげ、追放者はキイトに飛び掛かった。六本の手足を少年の体に巻き付け、イトムシの中身を掻き出そうと暴れた。
 突然の襲撃。キイトは必死に追放者の腕を防ぎながら、本糸を仕掛けようとするが、上手くいかない。追放者の長い爪が、キイトの目へと迫って来た。

 きャあ――あアアぁきキャあ――

その時、広場中に高いの悲鳴がこだまし、キイトの足元にが広がった。

「……何故だ。ムシが湧いた」

 小石丸は、キイトの足元に広がるシミをじっと眺めたまま、己の心臓を握りしめた。糸を紡ぎ続けた心臓が痛む。
 ムシはもさりと動き、必死に応戦するキイトの足を伝いだした。ざわざわと体を上がり、腕へと伸びてゆく。そこでキイトは、ようやく腕が赤く染まっていくことに気が付き、ぎょっとした。

「何っ?!動いている?」
「あァ……ア」

 追放者も同時に、シミに気が付いた。
 追放者はいままで以上に暴れはじめたが、先ほどとは打って変わり、少しでもキイトから離れようとする暴れ方だった。
 少しでも赤いシミから距離を空けようと、追放者が顔をそらし、背をのけぞらせる。

(っここで逃したら、後ろにいる母さんが危ない!絶対に離さない)

 キイトが追放者を掴み逃がさないまま、ムシが指先から追放者へと渡っていった。
 その時、追放者の黄色い目が、逃げることを懇願するように、キイトの黒い目を捕えた。

「あァ」
「え? 君……」

 キイトは、はじめて追放者の目を受けた。

 追放者はキイトにすがっていた。
 助けを求めていた。
 夜の目をとおし、通じ合う気持ちに戸惑い、キイトは思わず手を放した。しかし、既に赤いシミ、追撃者のムシは、全て追放者の体へと移った後だった。
 ムシが追放者の顔面へと群がる。

「……ウぁアア!!」

 追放者は地面に転がり、六本の手足を暴れさせた。そして狂ったように己の顔をむしり続け、やがて動かなくなった。
 ざわざわと、赤いシミが追放者の口へと入っていく。
 あっと言う間の事だった。
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