黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第三章 異 変 《Accident》

30 涙の理由

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「そっか……。まあ、嫌なものを、無理強いはしないけどね」

 少し残念そうに玲子は肩をすくめたあと、何かに気づき口の端を上げた。

「あ、イケメンズが、心配しておいでなすったよー」

――イケメンズ?

 玲子の視線の先には、バレーの試合が終わったのだろう、晃一郎とリュウが連れ立って歩み寄ってくるのが見えた。

 二人の間に、ホームルームの時のような不穏な空気は微塵も感じられず、楽しげに会話を交わしながら近づいてくる。

「へぇ。あの二人、そりが合わないかと思ったけど、意外と仲良しさん?」

 さすがの作家志望。玲子も、晃一郎とリュウ、二人の間に流れる微妙な空気を感じ取っていたらしい。意外そうに見張られた黒縁メガネの奥のつぶらな瞳が、愉快げに細められる。

「でも、残念。グレかけた優等生と謎の美少年転校生の狭間で揺れる、優花の恋模様が見られるって思ったのになぁ」

「玲子ちゃん……」

――誰が、グレかけた優等生で、誰が謎の転校生だ?
 第一、リュウくんは留学生だし。

 やっぱり、玲子はその方向で妄想をふくらませていたのかと、優花は肩の力ががっくりと抜けてしまう。

「鼻は再生したか、優花? って、まだ沈没したままみたいだな」

「大丈夫ですか、ゆーか? まだ少し顔が赤いですね」

 無礼千万な前者は晃一郎で、礼儀正しい後者はリュウのセリフだ。どう贔屓目に見ても、リュウの方が紳士的で優しい。普段の晃一郎ならば、どちらかというと、リュウのように心配げに声をかけてくれるのに。

――やっぱり、晃ちゃん、いつもと違う気がする。

 俺様で、少し意地悪な物言い。
 これじゃまるで……。

「おーい。本当に大丈夫か?」

 無反応な優花の頭を、晃一郎が手のひらでぐりぐりと無造作にかき回す。大きな手のひらの温もりを感じた、その途端だった。

 何かが、優花の中の琴線に触れた。

 なんだか分からない大きな感情のうねりが、せきを切ってあふれだす。

 ポロリ――。

「……あれ?」

 ポロポロポロリ。

 優花の頬の稜線を、涙の雫が伝い落ちる。いったんあふれだした思いは、涙となって後から後から零れ落ちて、とめどない。

「ちっょ、どしたの優花!?」

 ぎょっとしたように玲子が顔を覗き込んでくるが、優花自身もワケが分からないのだ。

 胸の奥が苦しくて、切なくて、ただ涙があふれた。

「あーあ。御堂ってば、何、優花をいじめてんのよ?」

 ジトリと、冷たい視線を投げつける玲子のセリフに、晃一郎は憮然と口を開く。

「別に、いじめてなんかない」
「だって、優花、泣いてるじゃないのよ?」

 尚も、責めるように睨む玲子とひたすら涙を零す優花へ交互に視線を走らせ、晃一郎は、困ったように鼻の頭をかいた。

「……悪い。今の、痛かったか?」
「ううん……」

 涙で濡れた頬を手の甲でゴシゴシぬぐい、優花は笑おうとしたが、うまくいかない。

――やだ、もう。
 なんで、こんなに泣いてるんだろう、私?

 自分で自分の感情がコントロールできないなんて、初めてで。情緒不安定も、いいところだ。

 わけが分からない。

 分かっているのは、この涙の原因が何なのか。

 その答えはたぶん、あの夢の続きにあるということだけ――。

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