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第三章 異 変 《Accident》
46 三つの異変
しおりを挟むワシャワシャワシャっと大きな手のひらで自分の前髪をかき回し、再びため息をついた後、晃一郎は意を決したように、もう一度口を開いた。
「質問を変える。今日、何かいつもと変わったことはなかったか?」
朝、起きた瞬間から、いや。起きる前から、変わった事尽くめの今日の出来事を思い出しながら、優花は、晃一郎の質問の意図が分からないまま、すうっと晃一郎の髪を指差した。
変なことダントツトップは、やはり、今目の前に居る幼なじみの目にも鮮やかなこの金髪頭だ。一瞬、うっと言葉に詰まった後、晃一郎は質問を続ける。
「俺のことはいい。他に変わったことは、なかったのか?」
「変わったこと、って言われても」
「大事なことなんだ。ささいなことでもいいから、思い出せ」
「う、うん……」
何だか分からないが、晃一郎の真剣すぎる眼差しに、優花は自分も真剣に考えなければならないと言う義務感に襲われ、一生懸命記憶の糸を手繰り寄せた。
「ええっと……」
とりあえず、晃一郎と手に手をとって逃避行。なんと、キスしちゃいました! な夢は置いといて。
まずは、一つ目。
「体育の時間に、顔面レシーブして、卒倒した」
優花は右の手のひらをパーに開き、数えるために親指を折りこむ。
二つ目、人差し指。
「うーんと、音楽室へ行く途中、誰かに押されて階段から落ちた……でしょ?」
三つ目、中指。
「リュウ君に告られた」
チラリと、晃一郎の渋い表情を盗み見て早口で言う。
それと、四つ目は――。
折り込もうとした薬指は、ためらうように途中で止まる。
ついさっきトイレで起こった怪異現象を思い出し、背筋にゾクリと悪寒が走った。
――こ、これは、気のせいかもしれないし。
うん、言う必要はないよね?
「こんな……感じ?」
「――それで、全部か?」
晃一郎は、優花の目を見据えて静かに問うた。声音は静かだが、言外に『もっとあるはずだ思い出せ!』と言うオーラが滲み出している。
だが、いくら考えても、思い出せないものは答えられない。
「う、うん。たぶん、全部だと思うけど……」
もごもごもごと、尻つぼみに消える優花の返事の後に、痛いくらいの沈黙が落ちた。
何かを迷うように揺れていた自分を見つめる晃一郎の茶色の瞳が、すうっと深い色味を帯びたように見えて、優花は、息を飲んだ。
ドキン、と鼓動が大きく跳ねる。
この人は本当に、自分の知っている『御堂晃一郎』なのだろうか?
普通に考えればわくはずのない疑念が、優花の鼓動を更に早めていく。
「晃、ちゃん?」
不安になって、優花は、良く知っているはずの、幼なじみの名を呼ぶ。晃一郎の表情が、痛みに耐えるかのようにわずかに曇った。
だが、それを振り切るように、ぎゅっと目を瞑り再び開けたとき、瞳に宿っていた迷いの成分は綺麗に払拭されていた。その変化を、息も出来ずに見守っていた優花の頬に、晃一郎は静かに左腕を伸ばすと、そっと手のひらで撫でた。
――え?
まるで壊れ物に触れるかのように、密やかに。
頬に伝わる、少し冷たく感じる長い指の感触が、優花の中の『何か』のスイッチを押す。
クラリ、と視界が傾いだ。
身体に纏わりつく、甘い花の香りが、にわかにその濃度を増す。
――あれ?
やだ、何これ、貧血?
クラクラと、揺れる世界。
「ごめんな……」
グルグル巡るのは呪文のように紡がれた言葉と、頬に触れた指の感触。そして、脳裏に浮かぶ一面の鮮やかなオレンジの色彩。
それはまるで、沈み行く夕日を抱く空のような、どこか切ない黄昏の色。
すうっと、吸い込まれるように意識が闇に落ちていく。足元から力が抜けて、カクンと膝が前に落ちる。その華奢な身体が床に倒れこむ間際、晃一郎が優花を抱きとめた。
「晃……ちゃ……?」
もう時間がないのだと、そう呟く晃一郎の声は、既に深い眠りに落ちた優花には届かなかった――。
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